第38話 ミナイル防衛戦

 開戦の火蓋は真夜中に切られた。


 夜目の効くモンスターが街の中に侵入したら手がつけられなくなる。

 まずアーチャー達が火矢を放ち、壁の外の草原を焼いて灯りを増やした。


 しかし、先月の戦いで一度焼き払った草原の灯りは知れている。

 松明頼りの薄暗い灯りの中、前衛部隊とモンスターの群れが衝突した。


「うおおおおおおおおおおおっっ‼︎ この先は一歩も通さねえぞおおおおおおおっ‼︎」


 ドンの雄叫びが轟く。

 レベル5のタンクであるドンが巨大な金棒を振りまわし突撃すれば並のモンスターは虫けら扱いされ蹴散らされる。

 血煙を上げながら咆哮を上げるドンに普段の呑気な雰囲気は微塵もない。


「よし! ドンに続けぇーーーーっ‼︎」


 巨漢で突破力のあるドンの活躍にみんなが奮い立った。


 しかし、前衛の部隊は軍と冒険者を合わせて100名足らず。

 モンスター達もそれを分かっているのか前衛部隊には目もくれず、門や壁を破壊しようと群れを分散させる。


「させるかぁーーーっ‼︎」


 クイントが同時に三本の矢を番え、一斉に放つ。

 その一矢一矢が必殺の威力を誇る会心の射撃。

 壁を越えようとした鳥型のモンスターを次々と撃ち落としていく


 だが、敵の進撃は続く。


 人間の三倍ほどの身の丈がある牛頭のモンスター、ミノタウロス。

 それらが前衛部隊をすり抜けて門に取り付こうとしていた。

 レベル2以下の冒険者ではとても歯が立たない強敵だ。

 圧倒的なパワーと耐久性を持つヤツらを仕留めるのはソーサラーの役どころだ。


「魔術師隊構え!」

「ファイア・エル・ランス!」


 第一列の魔術師から放たれたのは中級の火炎系魔術。

 炎でできた槍がミノタウロスの身体を貫き、そのまま燃え上がらせて絶命させる。

 牛の焼ける匂いが立ち込めて、思わず涎が出そうになった。


「余裕かましてるじゃん。ベッドの上でもないのに蕩けた表情浮かべちゃって」


 アリサがそんな軽口を叩いてきた。

 無視してそっぽを向いていると、ニールが落胆したような声で話しかけてきた。


「にしても魔術師ってのは情けねえな。二、三回魔術を発動させたら燃料切れだ。防衛戦じゃ使い物にならねえ」


 彼の文句も理解できる。

 ダンジョンアタックをする冒険者パーティは状況次第で引き返すこともできるし、魔術師の温存もできる。

 だが、このような防衛戦において継戦能力の低い彼らは極めて扱いづらい。大物殺しの一発屋として発展していった魔術師育成のツケがここに出ている。


「……アーウィンさんが居てくれたら、もう少しは楽だったんだろうけどな」


 オレの呟きをニールは聞こえないふりをしてあしらう。

 そして、両手にナイフを持って壁の端に足を掛ける。


「前衛と門の間に隙間ができちまっている。俺が片付けるからお前らは上にいろ」

「大丈夫か? かなり数が多いぞ」


 へっ、と口を歪めてニールは笑う。


「こんなもん。初めての冒険の時の事を思えばピンチのうちに入らねえよ‼︎」


 壁を蹴ってニールは飛躍し、門に迫っていた巨大なトロルを斬殺する。

 地面に降り立ってからは踊るようにナイフを振り回して迫り来るハイゴブリンやブラッドハウンドを切り刻んでいった。

 これは今夜のうちにレベル追いつかれそうだな————などと、考えていたその時だった。


「ま……魔術攻撃がくるぞ⁉︎」


 えっ————と一瞬言葉の意味を理解しそびれた。

 次の瞬間、オレがいる壁の逆側の麓から竜巻が巻き起こった。

 竜巻は石が積まれた壁を崩しながらこちらに向かってくる。


「逃げろおおおおおおおっ‼︎」


 誰かがそう叫ぶと壁の上は阿鼻叫喚となった。

 後衛部隊が慌てて壁を駆け降りる。

 レベルの低い者はまともに着地できず負傷して地面に転がった。


「チッ‼︎」


 オレは剣を鞘に一旦納め、神経を集中させる。

 そして石材を巻き込む竜巻が間合いに入った瞬間————


「せやああアアアアアアッっっ‼︎!」


 一閃———竜巻を切り裂き、魔術を無効化した。


「おおっ‼︎ さすが‼︎」


 オレの後ろに控えていた連中が安堵の声を上げる。だが、


「言ってる場合か‼︎ 壁が崩された‼︎ 地面に落ちた弓士や魔術師なんてただの的だぞ‼︎ 早く助けにいけ‼︎」


 オレが怒鳴り散らすと、連中は蜘蛛の子を散らすように救出と穴の空いた壁の防御に向かった。

 だが、オレはまだ壁の上にいる。

 ピリピリとした緊張感が全身の神経を活性化させ、感覚が鋭敏になる。


 動揺を帯びた喧騒とむせかえるような血の匂い。

 それらの渦から、一直線にこちらに向かってくる殺意を感じ――――疾い‼︎


 咄嗟に剣を顔の前に立てた。

 直後、岩がぶつかるような激しい衝撃を受け止める。

 ギリギリとオレの剣を押し込もうとしているのは全身が朱色の人型のモンスターの爪だった。


「オマエ……ツヨイナァ……」

「喋った⁉︎」


 毒々しい青色の口の中にはノコギリのような歯が並んでいて、背中にはコウモリのような羽がある。

 人々が思い浮かべる悪魔さながらの姿と高い戦闘能力、さらには魔術や人語を使えると来たら穏やかではない。


「お前こそ……! この群れのボスか⁉︎」

「ボス……ジャアナイ。オレワ、リーダー、ダッ‼︎」


 引き締まった身体から放たれる打撃の速度はニール並。

 しかも手には爪がついている。

 あんなものまともにくらえばただじゃ済まない!

 必死で剣を振るい攻撃を捌く。

 そうしていると後方から文字通り射抜く視線を感じたので、飛び込むようにして身体を地面に這わせた。


 次の瞬間————後方から飛んできた矢が一瞬前までオレの頭があった場所を通過し、赤い奴の胸に突き刺さった。

 矢の羽からそれがクイントの特注品だと一眼で分かる。


「レオ! 大丈夫か⁉︎」

「ああ! 問題ないっ‼︎」


 起き上がると同時に剣戟を放つ。

 腕に伝わる重みと直後に訪れる開放感、手応えがあった。

 赤い奴の両腕を切り飛ばしたのを視認して勢いづく。

 すかさずトドメを、と仕掛けたが奴は翼を広げ飛び上がりオレの間合いから離れた。

 しかし、


「バカめ。いい的だ!」


 クイントが矢を放ち追撃する。

 空を滑るように飛ぶツバメすら射ち落すクイントの射撃。

 あの図体で避けられるわけがない————と思っていたが、


「ウインド・エラ・ウォール!」


 人語よりも遥かに流暢に繰り出された呪文詠唱は突風の壁を作り出した。

 風の壁は矢を吹き飛ばした上にこちらに向かってきた。

 風切りが間に合わない!


「踏ん張れっ‼︎」


 オレが声を上げるも後ろの弓士や魔術師が吹き飛ばされ壁から地面に落ちた。


「ケヤキャキャキャキャ‼︎」


 赤い奴は汚らしく笑い、切断された腕を瞬時に生やす。

 胸に突き刺さった矢を抜き取りケロッとした顔でこっちを凝視してきた。


「思いの外強いぜ。ここはニールやグラニアも呼んでコンビネーションで――」

「そんな余裕ないよ」


 後衛部隊は半壊し城壁は破壊された。

 もはや作戦なんて役に立たない。

 総力を挙げて街を守る乱戦の始まりだ。


「こいつはオレが仕留める。クイントは地面に落とされた連中の援護を頼む」

「お前…………まぁ、そう言うだろうな! デカイ口叩いたんだ! やられたら承知しねえぜ!」


 クイントはそう言って城壁を降っていった。


「オマエラ、マケル。ニゲナイ……バカダッ‼︎ ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ‼︎」


 赤い奴が青い口内を見せつけるように大口を開けて笑う。

 その態度に苛立ちながらオレは剣を突きつけ睨みつける。


「人の感情はバケモノには難しいみたいだな。オレたちはバカをやってるんじゃない。勇気を振り絞ってるんだ」

「ユウキ?」


 ああ、前にもこのやりとりをしたっけな。


 怖いもの知らずのバカだった俺たちは失敗した。

 あそこで死んでいれば名のない新人パーティが調子に乗った末路として、冒険者の注意喚起に役立てられていたことだろう。

 だけどあの人が救ってくれた。

 本当にあと数秒遅れていれば取り返しのつかないことになっていた。

 まさに奇跡だと感動したもんだ。

 でもさ、何度も死線を越えて分かったんだよ。

 勇気を振り絞って戦う人の元に奇跡や救済は訪れるって。


「勇気ってのは……どんな状況でも笑って前を向くってことだよ‼︎」


 強く足を踏み込んでオレは突っ込んでいった。

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