第33話 青春の終わりに
いつものように飲んで騒いで、酔い潰れたみんなを抱えて帰ったのは真夜中だった。
そして、またしてもレオと二人きりになった。
「酒の席で真面目なのは損だよな。いつもこうやって後始末をさせられる」
「アハハ、オレは助かってるよ。酔えないタチだからねー」
「ん? あんなに盛り上げといて?」
「場の空気に酔うタイプなんだよ。みんなで過ごす時間は少しでも楽しい方がいいじゃない」
深夜でも屈託ない笑顔を振りまくレオ。
眩しすぎるよ、まったく。
「アーウィンさんも大分オレたちに染まってきたよね。イイ傾向だ」
「冗談。誰がお前らなんかに」
「そういう悪態つけるようなとこ。オレはさ、悪口の一つでも面と向かって言えるくらいがイイ関係だと思うんだよ」
「ジュードと僕の関係は最悪だったけどね」
もうジュードは終わりだ。
手を失くした魔術師に大成は望めない。
事件は内密に処理されたが、その罰から免れられるわけじゃない。
ただの左遷だけじゃなく降格もされるだろう。
普通の降格とはわけが違う。
トーダイ出身のエリート様が不祥事を起こし、力も失って下っ端に混じるんだ。
冒険者ギルドに逃げてきた僕と同様、いやそれ以上に苛烈な仕打ちが待っているだろう。
奴の顛末について考えていると、レオが控えめに声をかけてきた。
「アーウィンさん。もしかしてなんだけどさ、ジュードが落ちぶれるのをザマァとは思ってないんじゃない?」
「……ホント、お前には負けるよ」
レオはいつだって、僕以上に僕を理解してくれる。だから心を開いてしまうんだ。
「アイツのことは嫌いだよ。出会って早々に酷いことを言われたし、痛い目にも遭わされた。アイツに邪魔されなかったらもう少し学院の生活もマシだったろうし、修行に集中できただろう。この町で再開した時、運命を呪ったよ。アイツはいいサンドバッグが手に入ったと思っただろうけど」
うだつの上がらない人生を歩む僕に並走するような苦々しい記憶。
消し去れるのなら消し去りたい。
だというのに……
「この最悪の天敵が僕にとっては青春の象徴だったのかもしれないと思うんだ。自分の人生の大きなところを占めている時代の中心が抜けてしまったような気になって……喪失感がある」
独りよがりな感傷だ。
自分でその引き金を引いたくせに罪悪感から逃れるように自分も傷ついていると吐露する。
こんなにも情けなく卑怯な僕に、レオは困ったように首を少し傾げて微笑む。
「アーウィンさんの人生はアーウィンさんだけでできていない。性格の悪い天敵も人生の一部分だった……ということだよね。それは分かるよ。思い出なんて大抵誰かと一緒にいる時間のことだし。でもさ、大切な思い出とそうでない思い出があって、ジュードのそれはそうでない方だ。彼をあなたの思い出の真ん中に居座らせてやる必要なんてない」
そう言ってレオは立ち上がると僕のそばに立って、抱えるように僕の頭を抱き寄せた。
「アーウィンさんの青春は今だろう。そしてその中心にいるのはオレだ。あんなヤツ忘れちゃえ。なっ」
……僕は女性が好きだ。
ヒッチだったりレオナだったり、普通に見目の良い女性に惹かれる。
だけど、なぜだろうか。
レオに触れられる度に今まで知らなかったような興奮や満足感に包まれてしまう。
向こうは心底友愛の気持ちで抱きしめてくれているのに自分の下劣さが恥ずかしい。
「…………ハア、こんな事されたら女の子はメロメロだろうなあ。嫉妬するよ。意外と胸板が分厚くて弾力もあるし」
気恥ずかしさを誤魔化すように軽口を返し、レオの胸にスリスリと頬ずりしてみた。あーーー、どうしてかなあ? 本気で落ち着くぅ――
「ば、バカァッッ‼︎」
ゴキン、と強烈なゲンコツが頭頂部に突き刺さった。
悶絶する。
なんだか、さっきレオの声が妙に可愛かった気がするけど…………いや、そんなことより!
「痛あああああああ‼︎頭がえぐれたああ⁉︎」
「ご、ゴメン! つい……」
「つい、じゃないよ! レベル上がる前だったら頭割れてるぞ!」
「だから悪かった――――え? レベル?」
しまった、という感情が顔に出てしまった。
「実はカナイドから帰ってすぐ、ギルドで調べてもらってその時に分かったんだ」
「めちゃくちゃ前じゃん! どうして言わなかったの⁉︎」
「……いや、言おうと思ってたんだけど言う機会を逃しちゃって」
「めでたいことを逃しちゃダメだよ! よしっ! みんな起こしてレベルアップ祝いを————」
「そうなるから黙っていたんだよ! いいよ! 次の仕事が終わった後にどうせ飲みにいくだろ。そのついでくらいで!」
「あ、でもお祝いはしてほしいんだね。ふふーん、人付き合いもレベルアップしてるじゃない」
そう言われると少し気恥ずかしい。
たしかに以前の僕ならば「お前らの酒を飲む理由に使うな!」とでもボヤいていただろう。
「じゃ、次の仕事を早々に決めちゃおうよ」
「わかってる。明日こそギルドで仕事をもらってくるよ」
そう言ってガシッと僕たちは拳をぶつけ合った。
先に結論から言うと、僕がレベル2に上がったお祝いは行われることはなかった。
イルハーンはこうなることを見越していたのかもしれない。
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