第27話 伯爵との問答

 やがて屋敷の主人であるアルベルト・クライン伯爵が開会を告げる挨拶をした。

 かの伯爵は三十過ぎの偉丈夫。

 ガッチリとした身体に纏われた軍服は雄壮さを際立たせ貴族というより武人の色が濃い彼の姿をより大きく見せていた。


「近年、ミナイル周辺でモンスターの活動が活発化している。また、新発見のダンジョンの報告も上がった。円環の理における騒乱期の始まりという見立てが現実味を帯びてきた。故に世界に冠たるトーダイ学院で学びし我々は民を束ね、この苦難に最前で立ち向かわねばならない!」


 見た目から想像した通りのバリトンボイスで長演説をするクライン伯爵。

 一部の参加者は聞き飽きているのかダレている様子だが、僕にとっては眼が冴えるような内容だ。


 騒乱期――――この世界には円環の理といわれるモンスターの発生周期がある。

 その周期はおよそ三百年の間に安定期→活性期→騒乱期→鎮静期と巡る。

 現代は活性期後期とされており、三十年以内に騒乱期に移る可能性が高いと僕の在学中に聞かされていた。

 こんなに早い騒乱期の到来は予想外で、それによって発生する種々の問題は数えきれない。

 その中でも一番厄介なのが、


「都市の城塞化が間に合わない……」


 ポツリ、と僕の隣にいるレオナくらいしか聞こえないほど小さな呟きだった。それなのに————


「ほう。腐っても我らが同窓生。貴様の危惧しているとおり、都市の城塞化は長い期間を要する大事業。我がミナイルにおいても完成まで三年はかかる」


 クライン伯爵は僕に視線を向けて語りかけてきた。

 当然、会場中が僕に注目する。


「して、貴様が我が立場ならどうやってこの窮地を凌ぐ? 答えてみせよ」


 この街一の権力者から仕向けられた突然の問答。

 答えを間違えれば良くて赤っ恥。機嫌を損ねれば街に居場所がなくなる。

 まさか、これもジュードが仕組んだのか?

 いや、そんなことよりも気の利いた答えを返さないと…………だけど、最近の政局や軍の事情はほとんど頭に入っていない僕に総督を満足させられる回答なんてできるわけない。

 どうしよ————


「アーウィンさんならできる! 頑張れ!」


 突然、レオナが声を上げた。

 あどけなさの残る少女の場にそぐわぬ応援はこっけいで周りの笑いを誘った。

 だけど、不思議と僕の焦りや不安が治まっていく。


 僕はできることしかできない。

 だけどその中に答えはあるかもしれないから、全力で取り組む。

 いつだってそうしてきた。


「僕なら……軍を遠征させ、発見済みの中規模ダンジョンの攻略を急がせます。モンスターの多くはダンジョンから生まれ出ます。奴らの繁殖を抑制し、騒乱期の始まりを遅らせます」

「ほう。斬新だな。この問いはすでに何人かにしておってな。答えは二つに分かれた。一つは本国に使者を送り、物資と資金の援助を受け城塞化を早めると言う者。もう一つは軍備を増強し、城壁の代わりに防衛戦力でモンスターを迎え撃つと言う者。貴様はそのどちらとも違うが、何故だ?」

「特定地域だけを襲う災害やスタンピードの類なら本国も支援できるでしょうが、騒乱期となれば全国から支援要請が寄せられます。ミナイルだけをえこ贔屓してもらえるとは思えません。後者も難しいでしょう。軍が予算を割けば一般兵の数は増やせるでしょうが、モンスターの大軍には数ではなく質で向かわねば、いたずらに被害を拡大するだけです。環境が過酷ならば街への帰属意識の低い兵士はこの街を捨てて逃げるでしょう」

「ふむ……なるほど。貴様は我輩が本国に話も通せず、雑兵ごときも手懐けられないという前提で考えておるのか」


 ピリッと、空気が変わったのを肌で感じた。まずったかもしれない。

 だけど、知らないよ!

 あんたがどれだけ力持っているのかとかさあ!

 僕は貴族でも無いんだし……あっ⁉︎ そうか‼︎


「先程、伯爵は『私が伯爵のお立場ならば』と、おっしゃられました。私はこの通り、非才の身ですので立場があったとしても国に無理な話を通す自信も、強引に兵士を従わせることもできません。ですので、誰にでもできる手段を選んだだけです」


 僕がしれっとそう言い切ると、伯爵はむぅ、と唸った。

 いまだ! ここで畳みかけろ!


「伯爵の治世の甲斐あってこの街はモンスター討伐に関わる様々な商売で活気に満ちており、それらに吸い寄せられるように冒険者の数も質も揃っています。イルハーンなどは別格ですが、彼を初めとするトップ層の冒険者たちならばダンジョンの攻略をも請け負えます。領内のモンスターの発生場所を各個撃滅していけば、街を襲撃される可能性は低くなる。街がダメージを受けなければ士気も落ちず、戦い続けることができる。騒乱期が本格的に訪れる前の今しかできない策ですが……今までの善政で培ったこの街の力を最大限に活用した策です」


 相手の持ち上げ、ってこういう感じでいいんだったか?

 クイントやレオたちなら上手くやるんだろうけど————


「ククク……洒落臭いな。おおかた最近できたお友達の影響だろうが、まあ及第点をやろう」


 不敵に笑いながら僕と伯爵の間に割り込むように現れたのは、

「イ、イルハーン…………さん⁉︎」


 普段の戦装束とは違い、パーティの場に即したジャケットやタイを身につけているのですぐに気づけなかったが間違いなくミナイル冒険者ギルド一の有名人にして最強の男イルハーンだ。

 伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をして彼に文句を言う。


「意外だな、イルハーン。他人の会話に割り込んでくるほどおしゃべり好きだったか?」

「会話というのは刃を突きつけながら行うものではないでしょう。ましてその刃すら他人に渡されたものならさっさとしまうべきだ」


 まるですべてを見通しているかのようにイルハーンは伯爵に皮肉を交えて言い返す。

 伯爵はかなわん、と言わんばかりに両手を肩の上に上げた。


「お前とやり合うつもりはない。学力でも剣でも、学院にいた頃からお前には一度も勝てなかったからな」


 伯爵の言葉に耳を疑った。

 イルハーンがトーダイ出身?

 たしかに超一流の冒険者ではあるけれど、冒険者になるトーダイ出身者なんて聞いたことがない。

 と、僕が思っていると、


「無骨で粗野そうな俺が先輩だとは思いもよらなかったか?」

「い⁉︎ いえ……決してそんな」

「ま、すでに二〇年近く昔のことだし、知っている奴の方が少ないさ。それにトーダイ出身なんて肩書きは俺にとっては実家の物置にしまっている程度の扱いだからな」


 傲慢な物言いだが、決して過剰ではない。

 毎年百人以上の卒業生を輩出するトーダイに対して、イルハーンは王国全土でも五本の指に入ってもおかしくない当代最強格の武人だ。

 数多の偉業の前には出自など些細なことだ。


「それよりも、だ。伯爵殿。このアーウィンの言っていることは理に適っている。先輩の威光にひれ伏して雑な献策しかしてこない真面目な卒業組より、世間知らずの落第生の方がよっぽど真面目に物事を捉えている。揚げ足取って言い返す気の強さも悪くない。プライドの高い同級生なんかには嫌われる損な性格をしているだろうがな」

「フン。嫌味な奴め。お前に言われずとも分かっておるわ。坐して待つより攻めに出る……か。たしかに吾輩好みな発想ではあるな。もっとも我が領地だけでやっても意味がない。それにダンジョンのマナを枯渇させるまで叩くのはモンスターの死骸にたかるハゲタカどもが良い顔はせんだろう」

「そこらを上手く運ぶのは伯爵様の仕事でしょう」

「まったく…………アーウィン・キャデラック! 壇上に上がれ!」


 大声で呼び立てられて慌てて壇上に上がる。


「我輩はミナイル総督として軍と騎士を率いてこの街を護る。イルハーンは冒険者として一匹でも多くのモンスターを狩る。そして、我らの後輩にして若きアーウィンは将来の希望となる! 誉あるトーダイの学友たちの健勝を願って、喝采を!」


 アルベルトが呼びかけると会場中の出席者が僕にグラスを向け、


『喝采を!』

『若き学友に喝采を!』


 と高らかに唱和した。

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