第6話 割りに合わない仕事
受付の方から老人の悲鳴が聞こえた。
なんだなんだ? とギルドにいる冒険者たちの目と耳が向けられる。
うちの連中もだ。
まあ、だいたいの予想はつく。
さっきの老人のセリフにヒッチが憐れむような顔で対応していることからして――
「フィールドクエストか……」
「なにそれ?」
僕が呟いた言葉にレオが眉をハの字にして反応する。
教育係らしく答えてやるか。
「冒険者ギルドにはさまざまな依頼がやってくる。それはおおまかに二種類に分けられる。一つはモンスターの巣食う洞窟や建造物、つまりダンジョンの中で行うダンジョン・クエスト。もうひとつがダンジョンの外で行うフィールド・クエストだ。前者は商会だったり貴族だったり大口の依頼主が多い。ダンジョンはモンスターの巣窟だからな。殺したモンスターは捨てることなく金に代わる。肉は食料に、血は燃料に、臓器は薬に、骨や爪は道具の素材に。上手くいけば依頼者に巨万の富を生み出すダンジョン・クエストは当然報酬も高くなる。一方、フィールドクエストの依頼者の多くはモンスターの被害に遭うほど辺鄙で貧しい土地に住んでいる人々だ。当然、報酬は少なくて————見ていろ。そろそろヒッチさんが声を上げるぞ」
僕の言葉どおり、ヒッチさんは声を張り上げた。
「すみませーーん! ゴブリンにさらわれた娘さんの救出です! 場所はカナイド村近辺!」
レオは「すごい」と呟いて僕に尊敬の眼差しを向けてきた。
こんなの冒険者ギルドに所属していれば誰でもわかるようになる……そんなことよりもだ。
「かわいそうだけど、アレじゃ受ける奴はいないだろう」
「え? なんでなんで? ゴブリンってそんなに強いモンスターなの⁉︎」
「いいや。まぎれもなく雑魚モンスターだよ。上位種はともかく、普通のゴブリンなんて喧嘩が強い子供でも狩れる」
「だったら————」
「だけど強さと危なさは必ずしも比例しない。ゴブリンは弱い。だけどそれの絡むクエストは危険度が高いんだ。奴らは頭が良くないが人の嫌がることを本能的に行う。そして、群れる。いくら強い冒険者だろうと注意を逸らされて後ろから刺されればタダでは済まない。ゴブリンの集団と戦う際は背中を守り合える程度の人数がいないとレベルが高かろうが不覚をとることもある。あと…………」
グラニアやアリサもいるから、レオにだけ聞こえるよう耳打ちする。
「
「⁉︎」
レオは目を見開き、顔を紅潮させる。柔和な笑みが印象的な彼がするとは思えないほど怒りに満ちた表情を浮かべていたので思わず、言葉を止めてしまった。
「お願いしますだ! 早く助けてやらんと! あの子はワシの大事な孫で……」
泣きつく老人とヒッチの間に割り込むようにして中年の冒険者が問う。
「カナイド、って……さらわれたのって何日前の話だよ」
「お、一昨日の晩らしいです! その、恋人と逢瀬をしているところを襲われたらしく」
「一昨日ね。じいさんにしちゃ早く駆けつけたがもう諦めな。ゴブリンどもにおあずけなんてできねえんだから」
半笑いでその男は言った。
決して褒められた態度ではないが、ここの冒険者たちはみんな……ヒッチだって内心同じことを思っているだろう。
「今から馬車で大急ぎで向かってもカナイドにつくのは丸一日はかかる。そこからゴブリンの足跡を追って、居所を突き止めるのにも何日かかるのやら」
「じゃが! ゴブリンにさらわれても助け出された娘はたくさんおる! 奴らはさらった娘をすぐに殺さんのじゃから!」
「そうだよ。すぐ殺したら子供を産んでもらえないからな。昔、俺が助けた娘は一年近く捕らえられていた。その間に20匹近いゴブリンを産み落としていた。村に帰ってからも腫れ物どころか災厄扱いよ。ゴブリンを増やした孕み袋なんてのはさ」
男の語る残酷な話にさすがのアオハルのメンツも顔をしかめていた。
こういうことだよ、冒険者稼業ってのは。
モンスターの脅威から人々を守るとかレアモンスターを狩って一攫千金とか甘い理想や夢を抱いて入ってくる。
だが冒険者の戦うモンスターとその被害者たちの存在は切り離せない。
達成感を覆い隠すように気の滅入る話が聴こえてきて、やがてあの男のようにやさぐれていく。
「それでも……孫には生きててほしいんじゃ……」
「じいさん、それは勝手というもんだぜ。今頃死んだ方がマシだと泣きながら犯されてるんだ。まあ、楽に死ねるよう願ってやりなよ」
「くっ…………ぅぉぉぉおおぉぉおおぉおぉぉ……」
弱々しく喉を締め付けるような声で泣く老人。
男は背を向けてその場を離れようとした。
しかし————
バキイッ‼︎
乾いた打撃音がギルド内に響き渡った。
男は吹っ飛ばされ壁に叩きつけられる。
殴ったのは————なんと、レオだった。
「センパーイ。お年寄りをイジメるのは良くないですよー。そんな暇あったらゴブリン倒してきてくださいよー。もしかしてビビってんの?」
レオは半笑いで男をなじる。
さっき見せた怒りの矛先を向けたようだが、当然、やられた方が黙っているわけない。
「こ……このガキィィ‼︎ 見ねえ顔だがレベル3のオレにケンカ売るとは良い度胸だなぁ‼︎」
……まずいな。
装備からしてアタッカーかレンジャー。
それがレベル3となれば素人に毛が生えた程度の新人じゃ束になっても敵わない。
レオを止めて謝らせないと。
「おい。お前ら――」
「みなまでいうな。分かってらぁ」
僕の言葉を遮って立ち上がったのはニール。
見るからに鉄火場になれてそうなヤツだ。実に頼りになる。
ニールは大股で二人に近づいていき、「おいオッサン」と声をかけた。
もっと下手に出て――――と思った矢先、ニールは男の股間を蹴り上げた。
「ふぉぐぉぉぉぉぉおおおおお‼︎」
「へっ。ガラ空きだったぜ。モンスターは急所は狙ってこねえのか?」
うずくまり悶絶する男の頭に足を乗せたニールを見て、アイツに任せた自分の馬鹿さ加減を呪った。
「よくもジーンをっ‼︎」
「このクソガキィィィ‼︎」
ジーンとかいうのがあの男の名前か。
顔は見たことがあったが名前を知ったのは今日が初めて――とか呑気なこと考えてる場合じゃない!
怒っているのはパーティメンバーだけじゃない。
生意気な新人なんて嫌われるからな。
気づけばギルドにいる連中のほとんどがレオとニールに怒りの目を向けている。
僕の隣でクイントがため息を吐きながら口を開く。
「やれやれ。血の気荒い奴はこれだから困るなあ」
「クイント! お前は冷静だろうな!」
「ハハ、せんせー。オレをなんだと思ってんのよ…………仲間に筋違いの土下座をさせるほど薄情に見えるかい?」
「お前もやる気マンマンかよ!」
クイントは笑いながら立ち上がり手の骨をポキポキと鳴らし始めた。
「ドンちゃん。アリサとグラニア外に出しといてよ」
「お、おう」
クイントの指示でグラニアとアリサの背後を囲うようにドンが立つ。
僕も一緒に逃げて良いよね……
ピリピリした空気が熱くなって今まさに乱闘が始まろうとした瞬間――――
「やめろ、お前ら」
決して大きくない。
だが威厳を感じるそのバリトンボイスを聞いた瞬間、ギルド内は別の緊張に包まれた。
声の主は中二階にある特別席にいる。
ほんの数メートルの距離にいるというのにまるで天上の神が下界の人々を見下ろすように絶対的な格差を感じさせた。
二メートル近い体躯。
浅黒い肌を押し上げる筋肉は逞しく、刻まれた多くの傷跡が勲章のように彼の戦歴を物語る。
レジェンダリーウェポンと名高い聖剣デュランダルを始めそのひとつひとつが屋敷が買えそうなくらい高価で強力な装備。
誰もが冒険者の理想像と思い浮かべて憧れるミナイルギルド最強の男————レベル9の剣聖イルハーンの姿があった。
「おいコラ! 偉そうに見下ろしてるんじゃねえぞ! 降りてこいや‼︎」
ニールがイルハーンに向かって怒鳴る。
だが、どんなに治安の悪そうな人間であろうとイルハーンの前では子犬がわめいているようにしか見えない。
「威勢が良い新人が入るのは結構だ。だが、貴様が自分の価値を誇るならケンカではなく仕事で示せ。そちらの小僧もな」
イルハーンはニールとレオを諌めた。
子供扱いされていることに腹を立てる二人だが、相手に利があることは自覚しているようだった。
「…………元からそのつもりだよ!」
そう吐き捨ててレオがヒッチに宣言する。
「その爺さんの依頼、オレたちが受けます! 俺たちアオハルの初仕事だ!」
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