第14話 仕事終わりのお風呂
その後、僕の警戒は杞憂に終わり、さらわれた村娘を無事に村に送り届けた。
依頼者の老人はむせび泣きながら何度も繰り返しありがとう、ありがとうと感謝の言葉をくれた。
アオハルの連中は照れ臭そうにして初のクエスト達成の喜びに浸っていると、ドンの腹がぐぅぅぅぅーーーーと地鳴りのように鳴り響いた。
カナイドの村にはわずかだが温泉が湧き出ている。
観光地にするには足りないがたまに訪れる旅人の汗を流す程度には整備された大浴場があり、僕たちはそれに浸かっていた。
「くっはああああああ……仕事終わりの風呂は効くぜぇ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「ん? ドン何食ってんの?」
「温泉たまご」
「おっ。良いもん食ってんじゃん。俺にもよこせ!」
魔力枯渇の脱力感は解消したものの疲労困憊だ。
僕は暖かいお湯の感触を堪能しながらじっくり身体を休めようとする…………しかし、
「ギャハハハハハハ! やめろってばクイント! お前の顔で裸踊りはギャップ凄すぎてヤベエ!」
「こんな機会じゃないと披露できないんだから見てくれよ。ほれ、『コカンの大風車』ぶるるん」
「もぐもぐわっふふふふふふ‼︎」
他の連中はメチャクチャはしゃいでいる。
僕が駆けつけなきゃ危うく死んでいたというのに元気なものだ。
と、女風呂と隔てる壁にもたれかかった時だった。
「お待たせ、アリサちゃん」
「おそ……ヒューっ! 相変わらずグラニアは凄くエッチな体してるねえ。挟まれた〜い」
「あなたには負けるわよ。ほんとすごくキレイな肌ねえ。白く透き通ってて真珠みたい」
「ええ〜全然だよぉ。発育止まっちゃって胸も大きくならなさそうだし。毛も生えないし、子どもっぽすぎない?」
「男なんて大抵少女趣味なんだから。むしろそれが良いんじゃない? これでバツイチでいろんな男取っ替え引っ替えしてるんだから見た目によらないわねえ」
「逆逆ぅ。エッチすると肌の調子良くなるじゃん。グラニアこそオトコ知らないくせにこんなイヤらしいカラダしてるなんてどういう仕組み? 女同士で慰め合ってるの? こんなふうにぃ」
「アハ、やめなさいってば。あなたと違って交友関係狭いだけ。私だって良い人と出逢えたらそりゃもうつくしてあげるわよ。こう見えて献身的なのよ」
「自分で言っちゃうかー」
…………耳に毒だな。
猥談に混じったりすることがなかったので内容をしっかり理解しているわけではないが、アリサとグラニアの体型と経験の多寡は分かった。
なんだろう。
この下腹部がむず痒くなる感じは。
とりあえず、女の入浴は尊いものだ。
それに引き換え、
「いつもより大きく回しておりまーす!」
「ギャハハハハハハ! もう千切ってやろうか! キノコ狩りだ!」
「キノコは好きだけど……クイントのはなあ」
「おいおい! 世の女性が欲しがる俺のキノコだぜ! 神々しいだろ!」
男の入浴って価値ないなあ……と黄昏ていると、女湯が再び活気付く。
「おつかれー。脱ぐのに手間かかったねえ」
「仕方ないだろ。いろいろ服の中に身につけてるんだからさ」
ん?
「あら? 痩せた……というより、引き締まった?」
「ふふーん。毎日腹筋してるからね。どう? 触ってみる」
「キャー! うっすらだけど割れてる! カッコいい!」
新しく入ってきたこの声は……レオ⁉︎
「まさかこんな大きいお風呂があるなんて――ッッっ〜〜はぁあああ……サイッコー……」
大きく息づきながら甘い声で感嘆するレオ……
何故かドキドキしてしまう。
この壁の向こうには下着すら纏っていない全裸のレオが湯に浸かってるのか……
「って⁉︎ なに女湯にしれっと入ってるんだよ!」
僕が声を上げるとニールたちが近寄ってきた。
「どうしたんだよ。いきなりデカい声上げて」
「い、いや……」
女湯から聴こえる声を盗み聞きしていたなんて言えない……と困っていたら、
「きゃーーっ! コラぁ! レオ! 変なところ触らないでよ!」
「へっへっへ、こんな良い身体しといて触らせないなんて許されないぜ」
「あははは、3人でお風呂入るなんていつぶりだろうねぇ」
「ああ、もう我慢できねえっ! アリサも来いっ!」
「きゃー、けだものー!」
男湯に嬌声がつつ抜けた。ニールたちもおや? という顔をしている。
「ほ、ほらー! レオが女湯に突入して————」
と、僕が糾弾しようとしたらニールが、
「そりゃ入るだろ。なに言ってるんだバカ」
と鼻で笑った。
「え? でも……女湯にだよ! それどころかなんか凄いことしてるみたいだし!」
「凄いって……ジャれてるだけだろ。レオがやるなら問題ねえ。あの二人も喜んでる」
「よ、よろこぶってさ――」
「ククっ、ニール。せんせーは多分何も知らないし気づいてもないぞ」
クイントがニヤけながらそう言うとニールは「あー」と合点がいった様子。
生暖かい視線を受けて少し腹が立ったので強めに問いただす。
「知らないし、気付いてないってどういうことだよ」
「なぁに。たいした話じゃないさ。レオはグラニアやアリサとそういう関係ってだけさ」
ニヤリと笑うニールの顔を見て、さすがに鈍い僕でも分かった。
「あっ……あー……そうなんだ、へー」
レオはたしかにものすごく美形だし性格も明るくて穏やか。
女性たちが好きになっても当然だ。
でもなぜかな、少し残念な気分になるのは。
べつに彼女たちに好意を持っているわけじゃないのに。
「まあ、こうやって風呂浸かってバカやってられるのはせんせーのおかげだな。本当にありがとうな」
話の流れを断ち切って、クイントが頭を下げてきた。
思いも寄らない言葉に僕が戸惑っているとドンからも、
「ウィンはスゴいぞ。ものすごい回数魔法を使ったのにピンピンしてた」
と賞賛の言葉をもらった。
ニールだけは、
「ケ。最終的にガス欠で村に帰るまでお荷物だったけどな」
と悪態づいた。
しかし、クイントが、
「ドンちゃん。やっておしまい」
と言ってニールにドンをけしかけた。
バシャバシャと水飛沫を上げながらじゃれ合うニールとドン……ぶつかり合う細マッチョと柔らかそうな肉がズッシリ詰まった巨漢。
壁の向こうではレオが両手の華を好き放題しているというのに。
「男同士がじゃれあってる姿って価値ないなあ」
とぼやくと「たしかに!」とクイントが大笑いした。
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