第31話 ジュードとの決闘
ダンッ! と床を踏み叩きジュードに向き直る。
だが、ヤツは予想外にも怯えるような表情をしている。
そして、唇を震わせながら呟く。
「別属性魔術の同時発動……だと? しかも治癒魔術……貴族の血もない落第生のお前がどうやってそんな高等技術を?」
くだらない。人を殺しかけておきながら、後悔もせず僕を侮り蔑むことに必死。
どこまでも不快なヤツだ!
「ハッ! なにが高等技術だ! こんなこと入学前から自在にできていたさ! 使う機会がないから見せなかっただけ!」
ここは狭いし、魔術を撃ち合えば大変なことになる。だから――
「存分に見せてやるよ! 僕の魔術を! 【ブラスト】!」
風属性のこの魔術は突風を巻き起こし、対象を吹き飛ばすことができる。
無防備だったジュードの身体は木の葉のように舞い、建物の外に押し出されていった。
僕は自分で発生させた突風に乗って奴を追いかける。
ギルドの前は拓けていて人通りもあまり多くない。
ここならある程度の無茶はできる。
「アーウィン‼︎ 貴様ぁ! 私の軍服に土をつけるなんて!」
「人のせいにするなよ。お前が無様にすっ転んだだけだろう。ちょうど良いじゃないか。オーサムでは毛皮の外套を纏うだろ。下の服が汚れていようと分からないだろうから」
「ウゥー〜ーーププププっ‼︎⁉︎ そのクチもぎ取ってやるぅぅううううう‼︎!」
プライドが高いと思っていたが、我慢が効かないだけみたいだな。
『魔術師は誰よりも冷静たれ――』
師匠が言っていた。怒りで加算される魔力上昇よりも冷静さを欠いて術式構築が雑になってしまうデメリットの方が大きい。
レベル3相当のジュードを倒すには相手の力を出し切らせるわけにはいかない。
「猛れ業火! 我が敵を焼き尽くせ! 【ファイア・ソウル・バインド】!」
火柱が大蛇のようにうねりながら伸び、対象に巻きついて焼き尽くすという炎属性の中級魔術。
これが使えなかったから僕はトーダイを落第した。だけど、
「【ファイア・タッチ】」
僕の眼前に迫った炎の大蛇の頭に当たる部分に両手を突っ込み、そのまま長い胴体を引き裂いた。
「な⁉︎ なにぃ‼︎!」
驚愕するジュード。
どうやら魔術師同士の戦いはしたことがないようだ。
魔術は強力な攻撃手段だが実のところ穴だらけだ。
魔力消費がある分、乱発はできない。
詠唱を阻害されれば発動できないし下手をすれば暴発する。
そして術式を理解してさえいれば、それを逆算し物理的に無効化することもできる。
「クソッ! ならばこれで! 『流れ落ちよ! 大地を埋め尽くすまで!』 【ファイア・ソウル・スコール!】」
上空に燃え盛る雲が発生したかと思うと、僕めがけて炎の雨を降らしてきた。
無数に飛び散る炎の雨粒をすべて捌くことはできないだろうというジュードの狙いか。
……浅はかだなぁ。
「【アクア・カーテン!】」
水魔術の障壁を張る。
属性の相性的に水魔術は炎に対して優位にあたる。
しかし、中級魔術であるファイア・ソウル・スコールの威力は不利な属性であることをものともせず、込められた魔力量でゴリ押しする。
「ククク! 私の炎は水すら焼き尽くす! いつまで耐えられるかなぁ‼︎」
勝ち誇ったように嗤うジュード。だけど僕はその早合点を嗤う。
「いつまででも――――【アクア・カーテン!】」
二枚目の障壁を生成。
ボロボロになった障壁を解除して差し替える。
「え……な、なんだそれはアアアっ⁉︎」
「ついさっき見ただろ。氷と治癒の魔術を同時発動できる僕が水属性の魔術を同時複数発動できないわけがないだろう。もういっちょ、アクア・カーテン」
三枚目の障壁。
既に炎の雨は小降りになっており、雲も焦げた匂いを残して消えていった。
ジュードはあんぐりと口を開けたまま立ち尽くしている。
こんなところかな。
あとは捨て台詞吐いて逃げてくれ。
こっちだって正規軍の騎士にケガさせたくないんだ。
全力で魔術行使して、それを破られたんだ。
もうプライドはズタボロだろう。
と、僕は甘い見積もりをしていた。
全く周りを見ず、ジュードのことをまともな人間だと思い込んでいたから。
「ヒューーっ‼︎ いいぞ兄ちゃん‼︎」
機嫌良さそうな大声が背後からかけられた。
「魔術師の魔法合戦なんて初めて見たぜ!」
「てか、あの軍人弱くな〜い? 初級魔術にあしらわれてるんですけど?」
「へっ、トーダイはウチのギルドでも最弱の魔術師なんだぞ。それに勝てねえって雑魚すぎ」
「やっぱ勉強しかできねえエリートさまなんてこんなもんよ! 真の戦いを知らないお坊ちゃんはさっさとお家にお帰り! ああ、お小遣いは置いていきな!」
僕たちの戦いを見ようとギルドの中から出てきた冒険者達。
彼らの視線に既視感を覚える。
僕がトーダイで向けられていたもの。
またはギルドで向けられていたもの。
弱い物が無様を晒すところを見て喜ぶ人間の悪意とその表れである嘲笑。
これに耐えきれず僕は人との関わりを絶った。
ジュードは――――
「…………ふざ、けるな」
軍服の胸元から小瓶を取り出した。回復薬? 傷も負ってないのに?
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁーーーーーーっ‼︎ 薄汚い冒険者どもメェつ‼︎」
瓶の蓋になっていたコルクを歯で抜いて中の液体を飲み干した。
瞬間、悪寒が背中を走った。
「マズイ‼︎ 逃げろぉーーーーっ‼︎」
僕はありったけの声で叫んだ。
判断ミス。
そんなことをするくらいならばジュードの喉を貫くべきだった。
「《深淵より来たりし地獄の業火――顕現せよ、炎魔人。その熱き抱擁は大地を灼き尽くす》」
召喚詠唱――――!
ジュードの力量を読み違えた!
いや、奥の手の存在を完全に失念していた!
エーテル・ターボ————魔力の回復と一時的な魔力出力を向上させるレアアイテム。
軍の魔術師にのみ支給されており、民間にはろくに出回らないから完全に失念していた。
だが、アレは上官の命令か緊急事態以外使用禁止の指定薬物だろ!
こんな街中の小競り合いでしでかすことかよ!
「やめろ、ジュード! 軍法会議にかけられるぞ‼︎」
「うるさああああい‼︎ ボクは偉いんだ! お前らをいくら殺しても罪には問われない! 父上が護ってくれるから! それが世の中というものだぁーーーっ‼︎」
既に詠唱は完了している。
もう止められない!
術式が発動する。
術者の膨大な魔力消費と引き換えにこの世にこの世ならざるモノを召喚する上級魔術中の上級魔術。
それが召喚術式。
レベル5相当の熟練冒険者でも制御できるか怪しい代物だ。
不愉快だけど、ジュードの才能は本物だったのだろう。
『フォオオオオオオオオっ‼︎!』
巨大なやかんが噴き出すような太く甲高い鳴き声を上げて、禍々しく力強い山羊のツノとワニの顎を持った五メートルはあろうかという筋骨隆々の巨体が焔の鎧を纏って仁王立ちした。
地獄の悪魔とはきっとこんな形をしているだろうと思わせる禍々しい獣————
「ゆけええええっ‼︎ 【イフリート】‼︎ 目に映るモノすべて焼き払えっ‼︎」
ジュードは自ら手綱を投げ捨てた。
召喚獣に命令どころか制御すら行わない。
となれば、もうイフリートは破壊衝動のままに暴れ回る。
その魔力が尽きるまで――
『フォオオオオオオオオ‼︎!』
「クッ‼︎ 【アクア・カーテン】‼︎ 【アクア・カーテン】‼︎」
イフリートの口から放たれる炎を何重にも重ねた水の障壁で受け止める。
だが威力の桁が違う。
召喚獣の通常攻撃は上級魔術に匹敵する威力。
時間制限があるとはいえ、それを乱発されれば防ぎようがない。
水の障壁が破られて炎に食われそうになる。
その瞬間————
「アーウィンさんっ‼︎」
駆けつけたレオ叫びながら僕の腰を抱えて飛んだ――――が、
「くぅううっ!」
苦悶の表情を浮かべるレオ。僕を助け出す瞬間に炎をくらったのだ。
「レオっ⁉︎ 大丈夫かっ‼︎」
「っ……と、当然! 鎧を新調してなかったらヤバかったかもね!」
無理やり笑みを作り出すレオ。それが痩せ我慢というのは明らかだ。
ガチッ、
僕の中のナニカが噛み合った音が聴こえた気がした。
「レオっ! 大丈夫……じゃないよねぇー‼︎ 回復するし! こっちに!」
「ドンちゃん!」
「分かってるゾ――――こっから先は一歩も通さねえ……‼︎」
アリサとグラニアがレオを抱えて退避する。
それをドンが身を挺して護ろうとする。
入れ代わるようにクイントとニールが前に出る。
「クイント! アレはもうモンスターだ!」
「分かってる! 仕留めるぞ!」
クイントが矢をつがえ、イフリートに向かって放つ。
ニールはナイフを両手に握り、踊るようにして襲い掛かる。
無謀だ。
召喚獣を真っ向から討滅できるような冒険者なんてイルハーンくらいなモノ。
それでも僕の仲間達は向かっていく。
自分が守りたいと思っている仲間のために。
……ガチン。
何のために僕はここに立っている。
誰のためにこの魔術はある。
僕のためじゃない。
魔術は僕を幸せにはしてくれなかった。
それでもこの身に魔力を宿すのは――――――
「アハハハハハ! 薄汚い冒険者ども! ギルドもまとめて燃やしてやる‼︎ 死ねええええええええっ‼︎!」
大切なものたちを守るためだ。
すべてを焼き尽くす豪炎。
ならばそれを呑み込む。
僕が司る……陰の力で。
「《すべて飲み込め。光すら飲み込む漆黒の権化――》」
術式発動————手のひらには全てを飲み込む黒の塊。
それはあたりに撒き散らされたイフリートの炎を引き寄せ、呑み込んでいく。
『フォ⁉︎』
自分の攻撃を吸収されたイフリートは驚いたように仰け反った。
戸惑うヤツに狙いを定めるように右手を突きつけ、膨れあがった魔力を解放する‼︎
「【シャドウ・ゲイズ・アビス】!」
瞬間――――僕の手から赤黒い血のような魔力が放出された。
気体でも液体でも固体でもない、無属性の虚構物質。
それは存在そのものを塗りつぶす残虐さでイフリートの身体をもぎ取っていく。
「フォオオオオオオオオン‼︎」
大気を震わす断末魔の悲鳴が上がったが、すぐに止んだ。
頭部が無くなり発声ができなくなったからだ。
それからわずか数秒の間に街を火の海にしようとしていた魔人が消滅した。ジュードは焦点の合わない目をこちらに向ける。
「いっ……な、なんだ? アーウィン・キャデラックぅ‼︎ なんなんだおまえはぁーーーーーっ‼︎」
「うるさい……」
とてつもない魔力消費のせいで余裕がなく、ジュードのやかましさが腹ただしい。
初級魔術百発分以上。
詠唱が直接脳裏に浮かんできたがなんなんだこの魔術は?
朦朧としている視界の片隅でジュードが次の行動に移っていた。
「もう……どうだってイイ! お前を、オマエを殺さなきゃ――」
手に取り出したのは2本目のエーテルターボ。
魔力枯渇状態での服用が自殺行為であるのは明らかだ。しかし、
「やめとけよ、出来損ない」
それを止めたのはジュードの理性ではなかった。
シュパン、と弓の弦が弾けるような音がすると、ジュードの両手首が切断され地面に落ちた。
「い……いぎゃあアアアアアア‼︎ 私の手! 魔術を操る僕の手がアアアアアア‼︎」
「手で済んだだけありがたく思えよ。もう一本、飲み干してたら体内から爆発していたぞ」
そう言ってジュードを見下ろしているのは剣を片手にぶら下げたイルハーンだった。
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