第10話 マナの淀み

 僕の言葉にみんながハッとしてあたりを見回す。

 かなりの広さのあるホールに十匹以上のゴブリンの死骸が転がっている。

 だけど、肝心のさらわれた娘がいない。


「おいおい、まさか関係ない巣穴を突いちまったか?」

「そんなはずは無い。【サーチナ】」


 僕はもう一度探索魔術を使う。

 光はホールからさらに奥に向かう通路を指した。


「ここが、最奥部じゃなかったのか?」


 セオリーから外れる展開に僕の背筋に冷たい汗が流れた。

 再び松明を持ってニールが前を進む。

 生き残りが襲ってこないか警戒していたが、すぐに行き止まりの壁にぶち当たる。

 その壁には鉄で造られた大きな扉があった。


「なんだこりゃあ? 洞窟に扉なんて誰がつけたんだか————」

「やめろ‼︎ 開けるな‼︎」


 扉の取手に手をかけ開けようとするニールを声で制した。


「び、ビックリすんじゃねえか! ぶっ殺すぞ!」

「絶対に扉を開けるな! 撤退だ!」


 困惑する連中を説得しようと僕は早口でまくし立てる。


「この扉の先は危険地帯だ! さっきのゴブリンシャーマンなんて比じゃないやばいモンスターがいる! とても新人パーティの手に負えるクエストじゃない!」


 洞窟の壁に付けられた扉はただの扉じゃない。

 瘴気の濃度を高め、強力なモンスターを発生させる呪術的な結界の入り口だ。

 おそらく反人類の使徒か知能の高いモンスターが設置したものだろうが下手人は然程重要じゃない。

 いきなり扉が開いて襲われる可能性だってある。

 僕は逃げようと踵を返すがレオに服を掴まれた。


「ちょっと待ちなよ! ここまで来て撤退なんてしちゃダメでしょ。ヤバいなら作戦を立て直すとかして人質を助けないと!」

「あきらめろ! もはやゴブリン退治じゃなくなった! ギルドに連絡して高レベルの冒険者を呼ぶ! 下手すれば正規軍が出張る事態だぞ!」


 これだけ言えばビビってついてくると思った。

 当たり前だ。新人冒険者で幼馴染でつるんで冒険者をやろうなんてしている甘い連中なんだから。

 見ず知らずの他人のために本気で命賭けるなんて、


「そんなんだから、テメエはレベル1のままなんだよ」


 …………今の言葉を言ったのは、ニールか。


「君に……何が分かる?」

「逃げ腰の理由なんて分かりたくもねえな。でも、テメエのうだつが上がらねえ理由は分かるぜ。できることしかやろうとしねえからだ。言ってたじゃねえか。命懸けで戦うとレベルが上がるって。命を懸けるっていうのはできないことをやってのけるために命を張るってことだろう。テメエはその覚悟がねえんだ」


 知った風な口を……と腹ただしい気持ちになる。

 それ以上に、見透かされてしまった自分という人間の浅さがどうしようもなく恥ずかしくなった。


「……だったら、僕になんて頼るなよ! 勝手に行っちまえ! 僕はお前のいうとおり臆病者だ! 魔術師がソロで冒険者をやるってことは危険なんだから、慎重に慎重を重ねてやるしかない! そうやって生きてきたんだ! もう染み付いてるんだよ……お前らみたいに何も考えず笑って冒険に出れるような人間じゃないんだよ……」


 僕は間違ったことなんて言っていない。

 だけど、完全に負けた気分だ。

 素人同然の新人に僕の欠落を完全に見抜かれた。

 全身の力が抜けて、ずるずると洞窟の壁にもたれて座り込み視線を避けるように俯いた。


「ニール」


 レオがニールの名前を呼んだ、次の瞬間————パチーン! と頬を張る音が響き渡った。


「って……なにすんだよ⁉︎」

「お前が意外と他人のことを見ていることは知ってる。だけどその長所は人を傷つけるために使うなよ」


 と、諌めると僕に向き直って声をかけてきた。


「悪かったね。世話になったのに仇で返すような真似をしてさ。オレはアーウィンさんのこと凄いと思ったよ。頭もいいし、適切な判断もできる。ソロなんてやめてパーティ組んだ方が活躍できると思うぜ」


 簡単に言ってくれる。

 仲間ができないからソロでやってるんだ。

 現にお前らだって僕を置いていこうとしている。


「最後の警告だ。その扉の先はなりかけのダンジョン。マナが淀み昂っている場所ではダンジョンの新生が起こっている。ここもその一つだ。ダンジョンの中は地下に城があるようなもので広く、一度迷えば二度と出てこられない。またモンスターの質も量も段違いだ」

「へえ。じゃあ、どうしてさらわれた女の子はこの中に?」

「洞窟のゴブリンを従えている上位種がいるんだろう。おそらくそいつらへの貢物だ」

「どの辺にいる?」

「さらに地下深くだが直線距離は50メートルも離れていない」

「そこまで分かれば十分だ。ありがとう」


 レオは立ち上がり、アオハルの連中は迷うことなく扉に向かっていく。

 その背中に声をかける。


「お前らやっぱりバカだよ。新人の冒険者がやることじゃない。見ず知らずの他人のために死ににいくなんて」


 負け犬の遠吠えみたいなもの。

 それなのにレオはわざわざ振り向いて応えた。


「死ぬのが怖くない、って訳じゃないけど……オレたちはただ生きているだけじゃなくて、笑って生きていたいんだ。冒険者になればモンスターをぶっ殺して、それで喜んでくれる人とか助かる人もいる。そう思って冒険者になったから、目の前の人を救わないって選択肢なんてないよ」

「……そっか。お前らには勇気があるんだな。僕には到底真似できない。死ぬかもしれない冒険に笑って前を見て進むことなんてできない。そもそも冒険者になりたくてなったわけじゃない」

「それでも、続けているからには理由があるんだろ」


 話せば話すほど自分のことが嫌になる。

 理由なんてない、ただの惰性だ。力もない上に他人に誇れる心の芯もない。

 そんな人間のことをコイツらが理解できるわけない。


 僕は俯いて黙りこくった。レオは最後に、


「もし……よかったらここでしばらく待っていてよ。オレたちは死んでもさらわれた女の子を逃して見せるからさ」


 自信満々の笑顔で笑いかけ、扉の先に進んでいった。

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