最終話 アオハルの一員
この三年間、僕はミナイルから離れ各地を転々とし、冒険者ギルドでは偽名を使い、困難な塩漬けクエストを中心に攻略に回っていた。
騒乱期が始まった世界ではモンスター被害が増大していた。
何度も命の危機に見舞われたし、力及ばず人を守りきれないこともあった。華々しい活躍や陽気な冒険譚とはほど遠い辛く暗い戦いの日々。
それでも戦い続けてこれたのはきっと――――
激戦の戦果は食卓に反映される。
死んだモンスターの肉を早いうちに消化しようと解体業者が総動員で肉をバラし、料理人の元にばら撒かれる。
すると戦場さながらの壮絶な量と速度の調理作業を経て料理として完成し、各家に配られた。
三年ぶりの我が家の居間。
大きなテーブルに所狭しと並べられる料理の数々。
ドンはよだれを堪えることもせず垂れ流したままであったが口はつけていない。
テーブルを囲むみんなの視線が僕に注がれている。
「べ、別に食べながら聞いてもらえれば」
「あ? そんなわけに行くかよ。いきなり居なくなっていきなり戻ってきて。キチンと説明してもらわなきゃ酒も飲めねえよ」
とか言いながらニールは既にグラスになみなみと注がれた蒸留酒を口にしている。
水代わりとでもいうつもりなんだろうか。
クイントも頭を掻きながら僕に問いかける。
「三年前、アンタが実家で親から余計なこと吹き込まれたって話は聞いた。言うまでもないが、俺たちは金に釣られてアンタの仲間になったわけじゃ」
「分かってる。そんなこと、ちょっと頭を冷やせばすぐに分かったよ」
「だったらどうして」
僕は苦く恥ずかしい思い出を頭に浮かべ、語り始めた。
「ジュードと戦った時に使った魔術……あれは陰属性という番外属性だってことは釈放された後、喋ったよな。あの時は分かっていなかったけど、僕はあの魔術をコントロールできていなかった。実家に帰って母親に酷いことを言われた時、心の中に黒い何かが湧き上がってくるのを感じて、次の瞬間、暴発した。幸い怪我人や死人は出さずに済んだけど屋敷が半壊する大騒ぎになった」
事故は母のタバコの不始末による火災ということで父には報告されたらしい。
勘当した息子が魔術で壊したなどと言えばあの人は容赦なく罪に問うだろうから。
「なるほど。暴走に巻き込まないために俺らと距離を取った。納得できる理由だな。だけど」
ニールはギロリと目を光らせ僕の顔を覗き込む。
「事情を話さずいきなり姿眩ませたことの理由にはなんねーだろ?」
「…………そのとおりだ。結局のところ、居られなくなったのは僕の心の問題だ。僕は、みんなを疑ってしまった。母さんの言葉を聞いたとき、もしかしたらそうかもしれないって。そして、そう考えてしまう自分の性根が心底憎くなった。僕みたいな奴、このパーティにはふさわしくないって」
「そんなこと! 勝手に決めるなよ!」
黄金色の髪に褐色の肌。
端正な顔立ちは昔より際立ち、体つきも女らしくなった彼女は僕を睨んで怒鳴りつける。
「アンタが居なくなってどれだけオレたちが心配したか! そういうこと一切考えないで!」
「……そうだな。僕は自分勝手だ。自分から逃げ出したくせに、ずっとここに帰ってきたかった。だけどそんな甘えを許すわけにはいかなかった。」
「どうして?」
僕の心の殻を一枚ずつ剥がすような声かけ。
レオと過ごした三年前の青い季節の記憶が蘇る。
肩書きや能力ではなく、心を見せ合うことで関係を築いていったあの頃のことを。
レオだけじゃない。アリサもクイントもドンもグラニアもニールも、みんな僕のことを仲間に入れようとしてくれた。
「アオハルのみんなが好きだったから。憧れていたし、大切だと思った。だからみんなにふさわしい僕になって……本物の仲間になりたかったんだ」
僕の三年間の回り道は結局この言葉で集約できる。
独りよがりなことは分かっている。
だけどそうせずにはいられなかった。
「要するに、アンタは自己満足のためにオレたちを三年も放ったらかしにしたってことだね。苦労したんだよ。アンタのお母さんに怒られて家を追い出されそうになったり、見様見真似で作戦組んで失敗して全滅しかけたり、パーティに加わってくれそうな魔術師に『前の魔術師の方がずっと良かった』ってニールが自慢して不興を買ったり」
「あ⁉︎ フカシこくなよ!『陰気なクソ魔術師ほどの役にも立たねえヤツなんていらねえ』ってキレてただけだ!」
ニールは怒っているように見せるが、わかってる。
弁解、というより照れ隠しなんだろ。
彼女は騒ぐニールを押さえつけながら言葉を続ける。
「とにかく! アンタがいればしなくていい苦労とか寂しい思いとかたくさんしてさ、大変だったんだよ! アーウィンさんはオレたちの人生の一部で、いきなりいなくなったら穴が空いたような気分になるだろう! ふさわしいとか本物だとかそういうの悩むならオレたちのそばでやれよ! 仲間だと、思ってくれてるならさぁ……」
彼女の目に涙が浮かんで僕は狼狽えた。
どうしよう? と周りに助けを求めようと目を泳がせると、ドンっと突き飛ばされ彼女にぶつかってしまった。
「ご、ゴメン――――」
すぐ離れようとしたが、彼女は僕の胸ぐらを両手で掴んで顔を埋めた。
「もう黙っていなくなったりするなよ……今度やったら絶交だ……」
「…………うん。分かった」
僕がそう応えると、みんなが拍手したり口笛を吹いたりした。
ニールが僕の背中を乱暴に叩く。
「おい、新入り。さっさと自己紹介しろや」
「自己紹介?」
「ふさわしい自分とやらになったから帰ってきたんだろ。何ができるか、どれくらいできるか、聞かせてみろ」
いつぞやとは立場が逆転してしまった。だけどそれも心地いい。
「アーウィン・キャデラック。特級魔術師で番外属性陰と基本八属性全ての中級魔術が使える。レベルは半年前に測定した時は7だった。学歴は、トーダイ学院中退だ」
目を丸くして聞いていたみんなだったけど中退のところで笑ってくれた。
「この三年は主に国外にいた。冒険者ギルドや軍の助っ人を渡り歩いていろんな人に会ってきた。そして色んな話をしてきたし、聞いてもきた。おかげで少しは自分のことも他人のことも世界のことも少しはわかったと思う。そんな感じだけれど…………」
どれだけレベルを上げようと逃れられない恐怖がある。
他人の心に干渉することはできても思い通りに操ることはできない。
それでも、叶えずにはいられない夢がある。
「僕をみんなのパーティに、アオハルのメンバーに加えてほしい。お願いします」
頭を下げてそう願った。
しばしの沈黙。みんなは無言で顔を見合わせた後、ニッと笑った。
代表するようにニールが答える。
「パーティから外れても仲間を辞めた覚えはねえよ。頼まれなくても勝手に戻ってこい」
「そうか…………ありがとう」
僕の感謝がむず痒いのとクイントやグラニアにほくそ笑まれるのが耐え難いのか、ニールは場の空気を変えようと大声を上げる。
「あああーーっ!、 ハイ! これで湿っぽいのは終わり! 飲んで食ってしようぜ。テメエも少しは酒の肴になるような話溜め込んでるだろうな?」
「ああ、自信がある」
長い話になるだろう。
僕らが過ごした時間よりも何倍もの長い時間の話だから。
それを披露することが僕は楽しみで仕方ない。
「…………でさ、話し始めるのはいいけど、アイツはどこに隠れてるの?」
アイツ? とみんながキョトンとした顔をする。
「レオだよ、レオ! あの戦闘の時はいたけどこの家に帰ってから全然見かけないし。もしかして顔も見たくないくらい嫌われてる?」
「ウィン? じょ、冗談だよな?」
クイントが顔をひきつらせて指差す。その先には――
「レオナがどうした?」
レオナが間の抜けた感じに口を開けている。
記憶の中にあった彼女の姿は少し背伸びをして化粧をしていた少女だったが今では華やかな化粧も板についている。
ほんの一日しか一緒にいなかったのにこんなに僕との再会を喜んでくれるなんて思わなかったな。
もしかすると……ちょっと気があったりしちゃうかな?
と淡い期待を抱くが、
「ハハ……アーウィンさん、マジでないわぁ」
レオナは即座に落胆の言葉を僕にぶつけた。
そして口々に言葉があびせられる。
「仕方ない。あなたの自業自得よ」
「うっかりめかしこんじゃったのが仇になったねえ」
「だ、か、ら! 俺はさっさと言っちまえって三年前からずっと」
「腕を上げようが大人びようが、リーダーはリーダーだったねえ」
「なあ、もういいからメシ食おうよ」
ガヤガヤと賑やかになっていく。ああ、ようやく帰って来れたんだな。バンっ! とレオナがテーブルを叩いて顔を上げた。
「ま、まあいいや! 時間はたっぷりあるんだし! 今日も明日も、楽しくやってこー‼︎」
「オーっ!」
レオの掛け声に身体が自然と反応した。
…………あれ?
アオハルクエスト〜陰キャ魔術師の才能は陽キャパーティにて開花する〜 五月雨きょうすけ @samidarekyosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます