第9話 9歳



会場に着けば、ウィルトリア達とはさっさと別れてノアを探した。

顔に心配の色を滲ませながら辺りを見渡せば、すぐに見つかった。

壁の方に1人佇むノアの姿を。

リズは急いで駆け寄る。


「ノア!大丈夫?」


ノアは驚いたようにこちらを見て、「え、あ、うん」と返事を返した。


「良かった」


そう言って安心したように溜息をこぼしたリズに、ノアは「え?何が?」と返した。


「ノアが、誰かにいじめられていないか心配だったの」


「いじめられるって、そんなことあるわけないだろう」


呆れたように言うノアに、リズはムッとした表情を浮かべる。


「分からないじゃない。ノアって気弱だし、木も登れないくらい軟弱だし、こんなとこにひとりでいたらすぐに目をつけられるに決まってるわ」


それに私たちは特に見た目に目がいく。

『気味の悪い見た目』。直接的な言葉で言われたのは初めてだが、そう思う人間は少なからずいるのだ。

リズならそんな事を言われたって気にしないが、ノアは傷つくかもしれない。ノアがそんな目に遭う方がリズには耐えられない。

ノアは何か言いたげな表情を浮かべていたが、リズの本気で心配している様子を見て何も言わずにただ溜息をついた。


「…いや、うん、大丈夫。何も無かったよ」


リズはノアの言葉に、「そう、良かったあ」と安堵の笑みを浮かべて言葉をこぼした。

リズのそんな様子にノアは困った微笑みを浮かべれば、なんだか気まずげな表情をうかべた。


「ねぇ、リズ」


「なに?」


「あの、さっきはぼくが悪かった」


「え?何の話?」


シンプルに思い出せないリズは不思議そうな顔で聞き返す。

ノアは視線を下に向けたまま、両指をいじいじしていた。


「その、リズが問題起こさないためにずっと手を握ってリズが怒った話」


「ああ!」と言われてからようやく思い出した。

あまりにも気にしていないリズの様子に、ノアは怖気づきそうになりながらも言葉を続ける。


「あのやり方は、その、リズのこと信用してないようなやり方だと後になって思って…リズが怒るのも当然だと思って、ごめん」


目をぱちぱちさせた。

ノアの様子を見れば本気で気にしていたんだろうと思う。

ふふっとリズは笑い声を上げれば、ノアは上目遣いに見上げた。


「今日はノアが先に謝ったね。私は別に気にしてないよ。

気にしてないというか、ノアは心配してくれたんでしょ。ありがとう」


ノアはきっと、リズが何かトラブルに巻き込まれないように心配してたのだと思う。まあもちろん、リズが何かやらかさないように警戒してもいたのだろうけど。

でも、互いが想いあってるからこそ心配もする。


「それにまあ、ノアの心配も当たらずとも遠からずだったしね」


「え?」と眉を顰めたノアの後ろの方に視線を向ければ、両親がこちらに向かって来るのに気がついた。


「その話はまた後でするわ」という言葉を残してリズは父と母の元へとかけていった。





「つっかれたー」


そう言ってリズはベッドにダイブする。

あーやっとふかふかのベッドに寝転べたぁ、とうっとりする。

ようやくパーティから解放され、ネグリジェに着替えればやっと肩の力が抜けた。

そのまま眠りに落ちそうになれば、「リズゥ〜」とノアが揺すって起こしてきた。

リズは不満げに口を開く。


「なによぅ、ねむいのにぃ」


目をこすって仕方なしに起き上がる。


「それよりも、さっきの話の続き。あんなこと言われたら気になって寝られないよ」


「ふへぇ?あんなこと??」


ぼーっとする頭は思い出す気にもならず、ただリズは首を傾げた。


「だからほら、パーティの終わりがけの時、後で話すって言った」


「んー」とリズは目を瞑りながら声を出す。

後で話す、あんなこと、あんなこと…。

『あんな小細工通じるわけないだろう。残念だったね』

ハッと唐突に目を覚ます。

幻聴、だがあいつの嫌味な声が聞こえた。嫌味な顔も。


「あぁそう。実は…」


そう言ってリズは昼間の出来事の話をする。



「…で、まぁ、そんな感じの事があったのよ」


ノアは愕然とした表情をしていた。そして項垂れるように頭に片手をおいて、「…やっぱりあの手を離すんじゃなかった」と何やらボソリと呟いた。


「というか、なんか嫌な予感はしてたけど、なんてもんプレゼントしてるんだよ!」


ノアに怒られたが、リズはツーンと無視をする。

ノアは「…全く」と言って、一つため息をこぼした。


「まぁ、誰も怪我しなくて良かったよ」


そう結果的には誰も怪我しなかったし、なんだったらリズは一人女の子を助けたのだから、寧ろいい事をしたと思う。

ただ1つ、この話で引っかかっていることがあるとすれば、


「あいつ、女の子が叩かれそうだったのにそれを黙って見ていたのよ」


その時のことを思い出せば、イラッとしてきた。

ノアは考えるようにして口を開く。


「う〜ん、普通に助けようと思っても、遠くて助けに行けなかったとか?」


「でも、だったらさっさと人を呼ぶくらいしても良くない?あの程度なら問題ないと思ったって、手を上げた時点で十分度を越してるでしょう。自分の家で起きてるトラブルなんだから、少しくらい危機感持った方がいいでしょうに」


「うーん、まぁ、確かに」


ノアも納得した様子だった。

そしてノアは少し思案した後に、人差し指を立てて「つまり…」、


「リズは、その女の子の事をウィルが助け無かったから怒ってるってこと?」


「当たり前でしょ?それ以外に何に怒るっていうのよ」


ムスッとしたリズに、「うーん」とノアは悩んでから、


「その、リズってあんま他人に危害が及んでも他人事に思うというか、そこまで感情的にはならないだろう?だから、やけに今日は感情的でどうしたんだろうって思って」


まるで私が非道な人間みたいな言い方じゃない、とは思ったが言っていることはあながち間違いでもない気もして否定はしなかった。実際に、途中まで黙って見ていたし。

どうして感情的になっているのか、の理由はきっとあの子をノアと重ねたからだ。

リズはうずくまるように立てた膝に頬をのせる。


「あの怯えた表情がノアと被ったのよね」


ビクビクと不安げな表情。

何処か既視感を覚えれば、よくノアが見せる表情。まあ、主に私の前で見せるのだけれど。

あのロレイヌの立ち位置がノアなら、いじめっ子の立ち位置はリズ。

その真実に気がつけば、ウッとリズは少なからずダメージを受けた。


「その、ノア。いつも悪かったわ」


気まずげに視線を逸らしながら言うリズに「え?今度は何の話?」とノアは眉をひそめた。

リズは話を戻すようにゴホンと咳払いをした。


「だから、多分ノアとその女の子の姿を重ねたせいで少し、感情的になったんだと思う。あと考えられるとすれば…」


あのクズ野郎が、思っていたよりも冷血漢で、渡したプレゼントをゴミみたいに扱ったから。

赤の他人とはいえ女の子を助ける素振りを微塵も見せなかった事と、嫌がらせで渡したものとはいえあんな扱われ方をされた事に対する恨みは自分で思っているよりも根深いのかもしれない。

ノアはリズの言葉に首を傾げる。


「考えられるとすれば?」


リズはノアの言葉に「ううん、何でもない」と首を振る。

ノアはまた少し思案してから口を開いた。


「……ぼく、思うんだけど、そのヘビを落としたタイミングからして、ウィルはリズを助けたいと思ったんじゃないかな?」


「は?どういう意味?」


「その女の子は、聞く限り今日初めて会った相手なんだろう?だから、助ける程の相手じゃないと思ったけど、リズの事は助けたいと思ったって事じゃないかな?」


リズは眉をひそめた。


「あんなに私の事毛嫌ってるのに?」


「いや、たぶん、毛嫌ってるのはリズの方だけだと思うけど…」


ノアは少しモゴモゴして話を一旦置いておくように口を開く。


「まぁ、それはいいや。ウィルは助けたいと思ってリズを助けたんじゃないかな?」


「あの女の子のことは助けたくないと?」


リズの返しに微妙な顔をする。


「いや、うーん、と…まあ、リズの方が大事だったって事だよ」


大事…?あいつが私を?

リズは首を傾げた。

ノアの言葉を理解しようとよく良く考えれば、


「いや、ありえないわね」


「ぅえ?」


ノアは素っ頓狂な声を出した。


「あいつはわたしがうおうさおうしている姿を楽しんでいるのよ」


じゃなければあんな性格の悪い対応、私だけにするのはおかしいじゃない。

ノアや他の人に対しては至って普通の対応をするのに、やけにリズに対しては癇に障る対応をしてくるのだ。

百歩譲ってあいつが私を助けるためにヘビを投げたのだとしても、あんなことをしてくるあいつが私の事を大事になんて思っているわけが無い。きっと面白がってあんなことしたんだ。

うんそうだ、とリズはすっきりした気持ちで納得する。

ノアからは微妙な顔をして見つめられていたが、もう眠気が限界だった。

リズは「ふわぁ」と欠伸をして、「もう、今日は疲れたから寝る」と言って横になった。

ノアはリズの様子に呆れているようだったがもういいやというようにして、あくびが移ったのか同じように欠伸をして横になった。

そうして2人目を瞑って横にはなったが、リズの方は何だかさっきほどより気持ちよく寝付けない。

そうなってつい、ノアの話を思い出して考えてしまう。

あいつが私の事が大事?そんなわけないじゃない。

それに何より、今回の事でリズがショックを受けたのはあいつが女の子を本気で助ける気が無かったことだ。

あいつが女の子を見捨てるような、何処か冷たい奴だと思った時に何だか酷く悲しく思った。

リズ自身も自分の気持ちがよく分からない。

そりゃあ憎たらしい奴だと思っているけれど、彼はリズを2回も助けてくれた。だから、もしかしたら心のどこかでは良い奴だと思っていたのかもしれない。

相反するような感情にリズはモヤモヤする。

自分でもよく分からない感情。こんな気持ちになるくらいならもうあいつとは関わりたくない。

リズは自分の身体をグッと丸めるようにして、疲れた身体と共にゆっくりと夢の中へと沈んでいった。


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