第15話 9歳、10歳



リズが街に出かけた日の夜のこと。


「今日はどうだった?」


ベッドに寝転びながらノアが聞いてきた。

リズはぐったりとするようにベッドにのびている。


「ん〜?疲れたあ」


そんなリズの様子にノアは不満げに唇を尖らせる。


「そういう話じゃなくて、街に出かけてきてどうだったって話」


「う〜ん…」とリズは気だるげにして口を開く。


「街はね、楽しかったよ。色んなものとか人がいて、歩きながらでも食べれるお菓子があったり、お店とかカフェとかあってキラキラしてた」


リズは話していて徐々に思い出したのか少し笑みが浮かんでいた。

「へえ」とノアは瞳を輝かせる。

「あとは?」とノアに聞かれて、リズは「あとは…」と思い出せば昼間あった事件のことを思い出す。


「…疲れた」


「それはさっき聞いたって」


ノアに半眼で言い返されたがそれ以外に言葉が思い浮かばなかった。

もう他に話す気力もなくリズはそのまま口を閉じる。


今日は正直、色々なことがあったし色々なことを知った。

今までリズは自分を取り巻く狭い世界しか知らなかった。そのため、自分の世界とかけ離れた外の世界からは驚きと感動と自分の未熟さと、様々な事を学んだ。

新しい事を知れた良さと、自分は何も知らない無知だということを実感したこと。

きっと、今までリズは自分が正しいと信じきっていた。でも、


「私の正しいとあいつの正しいは違うのかもしれない…」


ボソリと呟くリズに、「え?なんか言った?」とノアが聞き返してきた。

リズは寝返りをうって枕に顔を埋める。

でも、知らないからこそ知っていくべきなのだと思う。

私が私らしくいるために。いや、違う。

リズは枕から顔を上げる。

あいつに負けっぱなしなんて絶対やだ!





「おふたりの誕生パーティももうすぐですから、色々と仕上げていかないとですね」


そうアンリに言われ、リズとノアには怒涛の日程が組まれたのはついこの間のこと。

もうすぐ、2人は10歳の誕生日を迎える。

歳だけ見ればまだ子供だが、2桁に変わる節目の歳だ。

少しだけ大人の世界に踏み込む特別な歳。

そのため例年とは少し違い、当日の日程調整や、着るものから立ち居振る舞いまであらゆる事を徹底的に叩き込まれた。

目まぐるしい毎日に、リズは音を上げるよりも早くにパンクした。


「…もう、無理、しんどい」


そう言ってリズはテーブルの上に突っ伏す。


「本当に…早く終わって欲しい」


ノアも椅子にもたれるようにぐったりしていた。


「流石に大変そうだね」


ウィルは苦笑いを浮かべながら2人を労った。

今日はウィルが家に遊びに来たためパーティの準備はそうそうに切り上げて、アンリから今日はもう休んでも良いと言われた。今は3人で庭園にあるテーブルを囲んでお茶をしている。

ノアは少し姿勢を正して疲れたようにため息をつく。

もちろん、節目の歳だからある程度は覚悟していたけれど

流石に疲れがきた。

ノアだって限界を感じているのだから、耐え症のないリズはさらにしんどいはずである。

とはいえ普段のリズの比べれば、割と頑張っている方に思えた。だってあのリズが脱走もせずに真面目に取り組んでいるのだから。


「まぁでもせっかくの誕生日なんだから、楽しまないと損だよ」


ハハッと笑ってウィルが言葉を返した。


「ムカつくわね。こっちの苦労も知らずに」


「僕の方はその苦労はとっくに終わったからね」


そう言ってウィルは優雅に紅茶を飲む。

ノアは2人の掛け合いを黙って見守った。

街へ出かける前のリズはあんなに嫌っていたはずなのに、最近の2人はだいぶ和気あいあいとしている。

あの日、何があったのか。詳しい話を聞きたいけれど、あんまり突っ込みすぎるとリズは教えてくれないし、下手に触れてまた2人が拗れるのも面倒だった。

だから、ノアは機会を伺いつつもこのまま傍観することにしていた。


「あと1週間なんだろう?」


「そうなの。だからアンリも詰め込む感じでスケジュールを入れてくるから結構ハードなのよね」


「今、進みはどんな感じなんだい?」


「座学はまぁ大丈夫だと思うけど、ダンスの方の進みが悪いのよねぇ」


「へぇ、意外だな」


ウィルのその一言に、目ざといリズは眉をひそめる。


「どっちの意味よ。ダンスの進みが悪いって言ったことに対して?それとも、座学が大丈夫って言ったこと?」


「うーん、両方」


満面の笑みのウィルにリズが眉を吊り上げた。


「ほんっとうに失礼なやつ!言っとくけど成績はそんなに悪くないんだから!」


「まぁ、リズは勉強は嫌いだけど覚えるのは早いからね」


「へぇ、そうなのかい」


ノアの言葉にウィルはまた意外そうな表情を見せて、ウィルの言葉にリズは顔を顰めた。

ウィルはそんなリズの反応を楽しそうに見ながら、テーブルに頬杖をつく。


「それで?ダンスの方が進みが悪いって言うのは?リズは運動神経良さそうだけどね」


リズはムスッとしながらも、そっぽを向いて言葉を返した。


「私の方じゃないわよ。ノアが全然ダメで進みが悪いの」


ダンスのレッスンは講師の先生が教えてくれるが、身長的に練習相手はリズとノアのお互いしかいない。

だから練習の時には2人で踊るのだが、


「ノアがへっぴり腰で練習が進まないの」


「違うよ、リズが迷わず足を踏み出すから踏まれそうで避けてるんだよ」


「だったら踊りながら避けなさいよ」


「リズは知らないから。踏まれた時どれほど痛いか」


ノアの意気消沈とした様子にウィルはうんうんと頷いて、リズは首を傾げた。


「まぁ何にせよ、当日、楽しみにしているよ」


そう言ってウィルは笑みを浮かべる。

リズはウィルを見て目をぱちぱちさせ、その表情にウィルは微笑みを向ける。


「ぼくも、一応、招待されているからね」


リズは忘れていたと言うよりもあまりの忙しさにそこまで考えが至っていなかった。

そうだ、当日はウィルも来るのだと。ようやく今になって思い至る。

「あーそうね」と言いながらリズはカップに口をつけて目をそらした。

ウィルはもうリズの態度に慣れているのか気にした様子はなかったがリズはまずいと内心焦っていた。

当日ウィルが来る、ということは当日こいつとも踊ることになるのだ。

改めて、まずいと思った。

このままの調子じゃ、確実にバカにされる。

リズの方のダンスは別に、悪くは無いとは思う。…多分。

でも、今の進み具合では中の上の出来ぐらいにしかならない。そんな状態のままウィルの前でダンスを披露するわけにはいかない。

だって、もう負けるわけにはいかない。

何がなんでも、上手くなってやる。

リズが心の中で闘志を燃やす中、隣に座っているノアは何だか嫌な予感がした。




そして2人の誕生日当日。

朝早くから屋敷中の人々は準備に追われていた。

リズとノアも朝早くから起きて、足の爪から髪の先まで完璧整えられていた。

2人はぐったりしても休む暇なく、次へ次へと準備が進む。

ようやく休めたのは一通りの準備が終わり、身だしなみが完璧に整った頃だった。

リズとノアはぐったりとソファーに腰掛け、お互いの背中を合わせるようにして座っていた。

衣装はお互いに色合いを合わせて、白を基調として細部には水色の模様があしらわれているデザインだった。リズのドレスには所々に細かいアクアマリンがちりばめられていて、ノアには一際大きなアクアマリンの石と青色のリボンが胸元に結ばれていた。

リズのドレスはレースがふんだんにあしらわれた、前が短く後ろが長いアシンメトリーなデザインのスカートになっていた。それ以外は2人とも至ってシンプルで、あまりゴテゴテしていない分、清純な印象をもたらす。

ノアは、直前まではジャケットは脱ぎたいと言って、今は上はシャツ1枚だった。そして何やら摩るように足をいじっている。

その理由を知っているリズは特別声をかけなかった。


「まだ足がジンジンする」


「ちゃんと踏んでも痛くない靴に履き替えてあげたでしょ」


あのお茶会の日の後ノアは、気合いの入ったリズによってダンスでは何度も足を踏まれた。

もちろん、足を踏む覚悟のリズと諦めの境地のノアだったのでダンスでは幾度となく踏まれることになった。

リズもさすがに本番用の靴では可哀想だと、比較的柔らかい靴で練習してくれていたがどんなに痛くない靴でも何度も踏まれればさすがに痛みを感じ始めた。そして、踏むことに躊躇のなくなったリズの勢いは凄かった。

当日歩けなくなる事を心配したノアは昨日のダンスは流石に休みを貰った。

練習のし過ぎで踊れなくなりましたなんて、笑えない。

最後の仕上げに掛かりたいリズの方は、昨日は本番用の少しヒールのある靴を履いてダンスの講師の2人で練習したそうだが、その後ダンスの講師がどうなったのかノアは知らない。

ノアは心の中で無事なことを祈っていた。


「さあ、お二方とも、そろそろ参りましょう」


アンリのその言葉に2人は立ち上がり廊下を歩く。


「あれ?リズ、そんな髪飾り持ってたっけ?」


ノアがそういうとリズは髪飾りに触れて、なんだか気まずげな表情を見せた。

今日のリズの髪型は左に流すように編み込まれた髪型で、三つ編み部分には小さい白い花が散りばめられていた。左顔サイドに編み込まれた髪には一際、その髪飾りが目立っていた。花びらがちりばめられた色鮮やかなデザインで、その中にエメラルドグリーンの瞳が輝く二匹の金の小鳥が、髪飾りの端っこで向かい合うようにしてデザインされている。


「そう、なの。この前出かけた時に、買って…」


やけにしおらしいリズの様子にノアは「そうなんだ」とは言いつつ目をぱちくりさせる。

この前出かけたというのはウィルとのお出かけの話だろうか?

けれども何でそんなに挙動不審なのか。

ウィルは首を傾げた。

部屋に着けば目の前のアンリは立ち止まり扉をノックして開ける。

2人仲良く部屋に入って、両親に向けて揃ってお辞儀をする。


「「お父さま、お母さま。今日という良き日が迎えられたことに感謝申し上げます。また新しい歳も、どうぞよろしくお願い致します」」


そう2人が締めくくればみんな、拍手で答えてくれる。


「おめでとう、2人とも。本当に立派になったね」


そう言って父は朗らかに微笑んでくれた。

その言葉を合図に2人は飛び出す。


「「お父さま!」」


そう言って父の胸に飛びついた。


「あらあら、ひとつ歳が増えても相変わらずね」


そう言って隣で母がほほ笑みを浮かべる。

そして母は、2人の頭を撫でるように手を置き「おめでとう、2人とも」と言ってくれた。

リズとノアは頬を染めて笑みを浮かべる。


「さあ、会場ではもっとたくさんの人が2人のことを待ってるわ。行きましょう」


そう言ってさしのべられた両親の手を取る。リズとノアもお互いに手を取る。

そして家族4人揃って、会場へと向かった。

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