第16話 10歳



「今日は子供達のために集まっていただきありがとうございます。どうぞ、楽しんで行ってください」


父が簡単に挨拶を締めくくればノアとリズは挨拶回りに向かう。



「あっという間に大きくなったね」


そう言ってリズとノアの頭を撫でてくれるのは母の弟のロットおじさんだ。

ロットおじさんは、栗色の髪色と瞳をしていて母とは全然似ていないのだが笑った顔はとてもそっくりだった。

傍には、母方のおじい様とおばあ様もいてみんなで2人の誕生日を祝ってくれている。

リズとノアも身内からのお祝いが素直に嬉しかった。


「ルイくんの親族の方々は来られなかったのかい?」


「一応、両親と兄上にも声はかけたんですが、どうも外せない用事があるらしくて」


父の返答に「王家の方はお忙しいんだね」とおじい様は返事を返す。

父の返答にはリズもノアもしゅんとした様子を見せた。


「リリーに会えなくて寂しいんでしょ」


「ぼくは別に…。そっちこそ、ベル兄様に会えなくて寂しいんでしょ」


リズの言葉にノアも同じように返す。

2人同時にため息をこぼした。

父親の兄。リズとノアからすれば叔父にあたる、この国の王。その子供がベルツィンとリリーで、兄と妹の兄弟だ。

いわゆる従兄弟どうし。

リリーの方は2人と同い年で、ベルツィンの方は6歳年が上にあたる。


「うぅ、お兄様とダンス踊るの楽しみにしてたのに」


それは踊らない方がお互いのためだと思うな、とノアは心の中で思った。

その後は目まぐるしく他の招待客にも挨拶をしていく。

そして、そのうちの1人にウィルもいた。

ウィルの顔を見てリズが嫌そうにしてしまうのはもはや条件反射のようなものだった。


「やぁ、2人ともおめでとう」


社交的な挨拶を終えてから、ウィルはそう言ってリズとノアに話しかける。


「ありがとうウィル」素直に礼を言うノアと「相変わらず目立つわね」と言葉を漏らすリズ。

ウィルはまず見た目が目立つ上に、リズ達が挨拶に来る前にウィルの周りには人が集まっていた。

そのため探さずともウィルの居場所はすぐにわかった。


「僕からすれば君たち2人の方がじゅうぶん目立ってるよ。特に今日のリズは花の妖精みたいに綺麗だね」


リズは嫌味かと眉をひそめた。

とはいえ、別にウィルは嫌味を言ったつもりはなかった。

今日の2人はパーティの主役な上、人と違う容姿は目立つ。

2人を奇異な目で見ている人もいるが今日の2人の装い、特にリズの服装は髪色と相まって神秘的な印象があった。

花の妖精。そう表現しても間違いはなかった。

現に今も彼女に目をとめている男子はいる。

でも、とその男子を見てウィルは思う。リズと仲良くなるのは容易ではないと。

今までの経験上、安易に彼女に話しかけても無駄なことはよくよく理解している。

下手に声をかけても逃げられるか噛みつかれるかのどっちかだ。

それに、リズが周りから向けられる視線に気づく気配はない。

彼らがリズと接点を持つのにはよっぽどなことが無い限り難しいだろうと思う。

ウィルは笑みを浮かべた。


「それで、2人に誕生日プレゼントを渡したいんだ」


リズとノアは目をパチパチさせてコテンと首を傾げる。


「「プレゼント?」」


同じ仕草にウィルは可笑しそうに微笑む。

そして、後ろの従者に話しかける。


「ロッジ」


そう言うと、赤茶色髪の従者が包みをウィルに渡していた。

あ、ロッジだ。とリズは後ろの従者が、出かけた日に一緒にいた従者だと気がついた。

ロッジはこちらをちらっと見て、すましたようにお辞儀をした。

こうして見ればちゃんとした従者に見えるが、あの日の彼を知っているリズにはどんなに取り繕っても彼の印象が覆る事は無さそうだった。

つい哀れみの視線でロッジを見つめれば、彼は訝しげに眉をひそめた。


「これはノアへのプレゼント」


そう言って、ウィルはノアにリボンで結ばれた箱を手渡す。


ノアは「ありがとう」と素直に礼を言って、そのままリボンを解けば箱を開ける。


「これって、しおり?」


そこには先日リズが選んだ、羽のデザインを模した栞があった。シルバーの羽は先端だけ水色と黄緑のグラデーションになっていて、羽の細い部分からは紐が結ばれその先端は花のような結び目になっている。

わあっとノアは目を輝かせた。

ウィルはその反応に嬉しそうに微笑んだ。


「喜んで貰えてよかったよ。実はそのプレゼント、リズが選んだものなんだけどね」


笑いながら言うウィルにリズは目を見開いた。

そういう事は普通、言わないものだと思っていた。

「そうなの?」と首を傾げて聞くノアに「う、うん、そう」とまごつきながらリズは返事をする。

手元のプレゼントをじっと見つめるノアに、不安になってついリズは眉をひそめてしまう。


「その、ノアはシンプルなデザインが好きだと思って選んだんだけど、色は私の好みだから、無理して使わなくたって……」


そんなリズの言葉にノアは目をぱちくりさせていたが、次第に微笑んで、「やっぱりぼくたちって双子だよね」と言って「ありがとう2人とも。大切にするよ」と満面の笑みを浮かべた。

ウィルは笑顔で返して、リズはなんだか照れくさくなって目を逸らした。


「それで、こっちがリズの分」


そう言ってリズに渡されたのはノアのプレゼントよりも大きい、リボンで装飾された包みだった。

目を瞬かせてプレゼントを受け取ったリズが第一声に発した言葉は「私にもあるの?」だった。

正直、期待をしていなかったというか、貰えるものだと思っていなかった。

普通に考えれば、2人の誕生日なのだからノアとリズ、2人にプレゼントがある事が当然といえば当然なのだが、リズは思いがけず驚いた。

だって街に出かけた日だって、ノアのプレゼントしか眼中にない様子だったし、リズがウィルの誕生日に送ったプレゼントだって蛇のおもちゃで、あんなの嫌がらせ以外の何ものでもない。

だから、本当に驚いた。

隣のノアが「リズ」と言って肘でつつく。

ああっと、リズは呆然としながらも咄嗟に「ありがとう」と言った。

第一声に「私にもあるの?」はまずかった。

一応、公式の場で普段の遊び場とは違う。それに、厚意として貰ったもので、頂いた物に対してはお礼を言うのが礼儀だった。

自分でも少し、気を抜いていたことを反省した。

気を引き締めないと。


「えっと、何が入ってるの?」


「それは開けてからのお楽しみ」


リズもノアと同じように開けて中を見ようとしたが、袋を閉じているリボンを引っ張ろうとしたところで止めた。

そして、ウィルの顔を見つめる。

やけに楽しそうな、意味深な笑み。

まさか、こいつ……

リズはウィルの顔を怪しげに見つめた。

そんなリズの反応にウィルはくすりと笑った。


「別にへびとかは入ってないよ」


「へび?」と、後ろに控えているアンリがその単語に反応する。

リズはやばいと焦って、無理やり笑い声を上げる。


「ほほほ、へびなんてご冗談を。あぁアンリ、このプレゼントは私の部屋に置いといて」


そんなリズの様子にアンリは眉をひそめて、ノアは冷ややかな目で見つめて、ウィルは微笑んでいた。



パーティの時間はあっという間にすぎていく。

リズとノアが、最も危惧していたダンスの方は滞りなく終わった。

曲が始まれば主役の2人はトップバッターとして周りが見守る中で踊りきった。初々しい2人の姿を年配の観客は微笑ましげに見つめていた。

ダンスの練習の甲斐あって、リズは1度も足を踏むことなかった。ノアも今日のリズの本番用の靴を見て、強い緊張感と本気で集中したことによってリズの足を避け続けた結果、五体満足に終えることが出来た。

そのため、リズのやりきったという達成感とは比べ物にならないほどにノアは清々しい達成感に包まれていた。

その後は、リズは近しい親族とダンスを踊っていた。

ノアとの今日一番の見せ場のダンスが終わったことで緊張が解けたリズは肩の力を抜いて楽しく踊れる。

やはり、初心者のノアと違ってダンスの相手が経験値の高い相手がペアだと凄く踊りやすかった。なんせ、相手は踊りながら足を避ける方法を熟知しているのだから。

そして、曲が終わりお辞儀をする。

ふぅ、と疲れたリズはダンスの輪から外れた。

疲れても高揚感が高まっているリズは軽く興奮していた。

楽しい。

そうやって、満足感に胸を踊らせていれば、「あの、」と声をかけられた。

そのままそちらに振り返ろうとすれば、「やあ」と割って入るように横から話しかけられた。

えっ、と思ってそちらに目を向けてしまう。

聞き覚えのある声で、そっちの声の方が強く意識を持ってかれた。

見ればブロンド髪の少年がいた。

茶色のベストに白いシャツ。なんて事ない格好なのに、こいつが着ると様になるのは何でなのか。

「なによ」と口をついて出た言葉はつっけんどんだった。

自分でも可愛げ無いと思ったが、まぁ相手はこいつだしと思い直す。

ウィルは気にしたふうもなく微笑んで口を開く。


「ダンス、凄くうまかったよ。驚いた」


単なるお世辞だ、と思ってもその感想に対してはとても満足感があった。

リズは「そう」と、ホットするように少し笑んで言葉を零した。


「うん、まるで花の妖精のように綺麗だったよ」


リズは顔が上げられずそのまま下を向いたままだった。

というのも、なぜだか顔が熱いのだ。

ダンスを踊ってずっと高ぶっていたせいなのか分からない。

でもきっと、今のリズの顔は紅潮したように赤くなっているはずだ。

こんな状態、どうしていいか分からず下を向いたままになってしまう。

そんな中「ねぇ」とウィルから声をかけられる。

リズはとりあえず上目遣いに見上げた。

ウィルは優しげに微笑んでいて、すっと右手をリズに差し出した。


「良かったらぼくとも踊ってくれない?」


リズは目を瞬かせる。

もちろん、ウィルと踊るだろうことは想定していた。だから、その事には驚かない。

けれども、どこか気恥しさもあって堂々と返事は出来ずに「えぇ」とリズは小さく返事をしてウィルの手を取った。

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