第17話



ダンスってこんなに近かったっけ?


音楽に合わせてステップを踏む。

先程まで楽しく踊っていたはずのダンスがぎこちなく感じた。

リズは目のやり場に困って、ウィルのベストの第二ボタンを見つめる。

ウィルは緊張することなく悠々と踊っているのに、リズの方は必死に曲に追いつくように足を動かしていた。

次はこうして、こっちの足動かして、と集中して意識をしだすとだんだんと目が回ってくる。

先生にダンス中は背筋を伸ばすように言われたんだっけ、それで足は静かに踏み出して、後なんだっけ?

考え事をしながらテンパったリズがそれでもウィルの足を踏まずに踊れたのは、持ち前の運動神経のおかげだろう。

あとは、絶対に踏んではいけないという強い思い。

こいつの前で恥をかきたくないと言うよりも、単純に足を踏んではいけないという危機感から。

けれども、考えれば考えるほど分からなくなってくる。

ダンスって今までどうやって踊ってたっけ?

そう思った時にステップを間違えた。

しまった、と慌てて足を戻そうとしたが慣れない靴ということもあって足がもつれる。

だめ、こける。

心臓がキュッとなって瞼を閉じれば、強く腕をひかれた。

もつれた足は引っ張られた方へと自然と踏み出す。

そして、何事も無かったかのようにまたウィルはステップを踏んだ。

リズは追いつくためにバタバタと足を動かしてしまったが何とか通常通りのダンスに戻れた。

そして目をぱちくりさせてウィルを見上げる。

ウィルはその視線に気がついて笑みを浮かべた。


「ようやくこっちを見てくれたね」


思わずポカーンと見上げてしまったが、すぐにハッとさせた。

さっきよりも距離が近いのだ。

きっと腕を引っ張ったのと同時に体が引き寄せられたせいだろう。

思わず顔を赤らめて俯く。


「……ご、ごめんなさい」


いつもの勢いはなりを潜めて、ウィルにギリギリ届くか届かないかくらいの小さい声で呟いた。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。肩の力を抜いて。さっきみたいに楽しそうに踊るだけでいいから」


確かに気がつけば肩に力が入っていた。

慌てて肩の力をぬく。


「そうそう、ゆっくり息を吐いて、ぼくの動きを意識して。あとは曲のリズムに合わせて自然と体を動かすだけだよ」


言われた通りにゆっくり息を吐けば呼吸の仕方を思い出す。

そういえば、音楽なんて全く聞いていなかった。

曲に意識を向ける。そうすると、まるで視野が広がるように周りの景色や音が自然と入ってきた。

自分が今どこにいるのかさえ忘れていた。

そうだ、今はここはダンスホールで今日は私とノアの誕生パーティなのだ。


「うん、いい調子。もう大丈夫そうだね」


リズはチラリとウィルを見上げる。

ウィルはその視線に気がついて笑みを浮かべた。

そのままポーと見つめてから目を逸らした。

単純に見とれてしまった。

だってこいつ顔だけは確かにかっこいいから。顔だけは!

先程と比べてリズの足は軽やかに踏み出す。

ようやく音楽にのって自然と足が踏み出せた。

うん、楽しい。

そう思えば徐々に顔が綻んで体が軽くなる。

それに比例してリズが踏み出す足も力強いものになった。


「えっと、楽しむのはいいけど、ステップだけは踏み間違えないでね。足を踏まれるのだけはごめんだから」


リズは楽しんでいる気持ちに水をさされたようでムッとする。


「言っとくけど今日は誰の足も踏んでないんだから」


「それを聞いて安心したよ」


あからさまにホッとため息をつくウィルにリズはムカついた。


「他の人に踏まれるならまだしも、リズに踏まれたらもう歩けなくなりそうだからね」


はははと笑うウィルにリズは睨みつけるようにグっと眉をひそめた。

ほんとに踏んでやろうかしら。

ダンスしながら本気で踏もうか悩むリズに、ウィルは今度は真面目な顔で口を開く。


「と、冗談はさておいて。リズ、誕生日おめでとう」


ウィルの言葉に目をぱちくりさせて訝しげに見上げた。


「さっき聞きましたけど?」


「うん、さっきのは社交的なものだったから。今度はぼく個人から、改めてね」


改まったようなウィルの微笑みにリズは急に照れくさくて下を向く。


「……あり、がとう」


「あぁ、それと、」と言葉を切らせると、ウィルは体を近づけてリズの耳元で言葉を発した。


「髪飾りもつけてくれてありがとう」


驚いたリズは、すぐにウィルから距離をとる。


「こ、これは!ただ、普通にデザインが好きで、ドレスに合わせるのにちょうど良かっただけで……!」


顔を真っ赤にさせて言い募るリズをウィルはイタズラっ子のような笑みを浮かべていた。

いつもの余裕なウィルの笑みとは違い、無邪気な笑みにリズは瞬きをする。

不思議とその表情を見て気持ちが高揚した。

何だか体がふわりと浮いた気がする。

あれ、地面に足がつかない。

リズはわけも分からず焦って足を前に出せば、何か地面よりも柔らかいものを踏んでいた。

「あっ」と口にした時には遅く、グッとウィルの足を踏み込んでいた。

「ごめん」と言ってすぐに足をどけてウィルの顔を見上げれば、微笑んではいたが心無しか顔色が悪く眉根が寄っている気がした。

「だい、じょうぶ……?」と、リズが聞いても返答がなかったのだから相当だったと思う。

それでも、何とか耐えてダンスのステップを踏んでいるのだから見事なものだと感心した。


その後、何とかウィルはダンスを踊りきり、リズは少し罪悪感を感じていたからダンスは早々に切り上げた。

そしてリズにしては優しくウィルに接しながら、しばらく介抱してあげたのだった。




パーティは時間になれば終わりを迎える。

リズとノアはやりきったという達成感と、ほんの少し寂しさを感じながら、10歳の誕生日を終えたのだった。


その日の夜。

リズとノアは重苦しい格好からようやく解放され、リズはそのままベッドに飛び込むくらいの勢いだったのだが、アンリから父と母が呼んでいるということで、なくなくベッドとはお別れしたのだった。


「失礼します。おとうさま、おかあさまお呼びでしょうか?」


ノックをしてリズは部屋にひょこっと顔を出す。

両親の自室なので特にかしこまったことはしない。

両親は姿を見せた子供たちに「おいで」と手招きした。

リズとノアは顔を合わせてひょこひょこと近寄る。


「リズ、ノア、改めて誕生日おめでとう。それでこれは、僕達から2人への誕生日プレゼントだ」


そう言ってそれぞれに1つずつ包みが渡される。

お互いそれぞれ中身を開ける。

中をみれば、ノアは眼鏡、リズは赤い宝石が埋め込まれた指輪だった。

ノアはケースから眼鏡を取り出し、掲げるようにして眺めた。


「前から遠くが見えずらいと言っていただろう?それを掛ければよく見えるはずだよ」


そう言われてノアはカチャリと眼鏡をかける。

「わぁ、すごい、ちゃんと見える」と感動した声を上げた。

「本ばっか読んでるからよ」とリズが呆れたように言葉を零せば、ノアはこちらを振り向き少し大きい丸眼鏡はカチャッと鼻からズレた。

リズはやれやれとため息をつく。

ノアは両手で眼鏡の位置を戻しながら、リズのプレゼントへと視線を動かした。


「リズのは指輪?」


ケースにしっかりと納められた赤い宝石の指輪は、室内の明かりの下でもキラキラと輝いていた。


「それはね、私のお祖母様から貰ったものなの」


リズは母へと目を向ける。


「おばあさまから?」


「そう、リズにとっては曾祖母さまね。ずっとお守り代わりとして持っていたんだけど……その指輪はリズ、あなたにあげるわね」


リズは手元の指輪に視線を落とす。

豪華すぎて子供が身につけるようなデザインではないし、リズがどの指に嵌めたって明らかにブカブカであろう指輪。

リズは胸に押し当てながら母に口を開く。


「はい、大切にします!」


ひいおばあさまとおかあさまが大切にしていた指輪。

その指輪が、リズが10歳になったから渡された。

それは、少し大人になったリズへの思いと信頼の証。


「よかったね、リズ」


ノアの言葉にリズは嬉しそうに微笑んだ。


「それとね、もうひとつ。2人に話さなきゃいけないことがあるんだ」


リズとノアは目をぱちくりさせる。

そして黙って父の言葉を待った。


「あなた達が10歳を迎えた時に話そうと思っていたの」


母が口を開く。


「私の髪と瞳の色。私の家系の家族には1人もいないことは知っているわね?」


リズとノアは頷く。

そう。母方の家族の髪色はほとんどが髪も瞳も一般的なブラウンだ。

それは良く理解している事だったし、不思議に思っていたことでもあった。


「この黄緑の髪も瞳もね、違うことには意味があるの。私の一族にはごく稀に、特別な力を持って産まれてくる子供がいて、いわゆる、先祖返りのようなものなんだそうよ」


「先祖返り?」「特別な力って?」


リズとノアは疑問を口にする。


「ご先祖さまの中にきっと、そういう方がいらっしゃったんだと思う。いわゆる、魔法使いと呼ばれる人が」


「……魔法使い」


そう説明されてもリズもノアもあまりピンと来なかったし、リズが想像した魔法使いは絵本に出てくる「イッヒヒヒ」と笑うような魔女の姿だった。

でも、リズは魔法と言われて、思い当たることがあった。


「そして特別な力っていうのが、動物に変身出来る力なの」


「……動物」「……変身」


リズとノアは呆然として呟く。


「急に言われてもピンと来ないかもしれないけれど、あなた達にもきっと話した方がいい事だと思ったから」


そう言って母は視線を落とす。


「私も魔法を使い出したのはあなた達ぐらいの歳のときだったから。このぐらいの歳頃の子達は、色々な変化や環境に影響を受けやすい。その気持ちの変化に魔力もきっと左右されやすいと思う。だから、力を使えるようになる前にちゃんとこの話をしておいた方がいいと思ったの。もう2人は、正しい選択ができるはずよ。それでちゃんと、考えて決めたことだったら大丈夫。でも、それでもし悩むことがあるなら私たちに相談して欲しい」


一度区切りをつけてから、母は落ち着いた笑みを浮かべた。


「それをね、伝えておきたかったの」


リズとノアは少し、戸惑ってしまった。

話は聞いていても完璧に理解出来るような話じゃなかった。

2人の驚きが冷めやまぬ中、父がもうひとつ別の内容に口を開いた。


「それともうひとつ。2人も10歳になった事だし、そろそろ2人の部屋を別々にしようと思うんだ」


理解の追いついていない2人はしばらく無言だったが突然内容が理解出来て「「え!?」」と驚きの声を上げた。


「大丈夫、すぐにとは言わない。でも少しずつその準備は始めていこうと思う。だから、2人もその心づもりでいるように」

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小さな魔法使いたちの物語 汐留 縁 @hanakokun

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