第18話 10歳


自室へ戻れば2人はベッドに寝転ぶ。

あんなに恋しかったはずのベッドなのに、今はただ疲れて転がるだけの場所。

2人してぼーっとしたまま、広々としたベッドに仰向けになっていた。

しんっと静まりかえる部屋でノアが口を開く。


「今日は色んなことがあったね」


「そうね」


「おかあさま、魔法使いだってね」


「そうね」


「僕たちにも魔法が使えるってね」


「そうね」


ノアの言葉にリズは淡々と返事をする。

ノアは1度黙ってからもう一度口を開く。


「……今日何が一番驚いた?」


「全部」


「……だよね」


ノアはため息をついた。

色々な話をいっぺんに聞きすぎて混んがらがっていた。

もはや何に驚けばいいのか分からない。

でも、何よりもノアがリズに聞きたいこと。


「リズは、魔法についてはどう思った?」


あの話を聞いてリズは何を思ったのか。

ノアの言葉にリズはしばらく考えてから口を開いた。


「……正直に言うなら、そんなに驚かなかった」


魔法の話を聞いてリズには思い出す出来事があった。

それは、あの日、街に出かけた時の話。

動物に関する魔法だと言われてリズが思い出したのは街で話をした鳥たちの姿。彼らはリズの言葉を理解して、リズは鳥たちの言葉を理解していた。

あれはきっと、魔法と呼ばれる力だったのだと今にしてみれば理解出来る。

それにもうひとつ、それは屋根からリズが落ちた日のこと。

あの日、落ちていた時に感じた何かに包まれるような感覚。あれももしかしたら魔法だったんじゃないか。きっと、そうだったんだろうと納得する思いがあった。


「何となく、そんな気がしてたかも」


「そっか」


リズの返答にノアは一言、返事を返す。

ノア自身は一度も魔法を使ったという感覚は無い。

でも、リズは時々、不思議な事を起こすことがあった。

だから、リズの返答にはウィルも納得した。


「僕にも使えるのかな?」


「さあ?わかんない」


リズには肩をすくめるようにして返事を返された。

魔法をどうやれば使えるようになるのか、ノア自信、本当に使えるのかは分からない。

でも、これから少しずつ知っていけばいいと思う。

変わらないことなんてないから。


「……もう、こうやって2人で話すことも出来なくなるんだね」


ボソリと呟くようにノアが口を開いた。

2人が別々の部屋になることはもはや決定事項だった。

ずっと、一緒だと思っていた。

でも、変わらないはずない。ずっと一緒なんてありえないことだった。

いつかは2人、別々の道を歩んで、いつかはそれぞれの家庭を持つ。それが貴族の家に生まれた者の生き方。

部屋が別れるとなって、ノアは初めてその事に思い至ったのだ。

リズはノアの言葉に何も反応を返さなかったが、次第に口を開いた。


「……別に、部屋が別れたからって、何も変わったりしない。会いたくなったら会いに行けばいいし、話したくなったら話せばいい。私たちが急に大人になって別人になるわけじゃないんだから、今まで通りで過ごせばいいのよ」


いつもの調子の、リズのその言葉にノアはそっかと思った。

変わらないことは無いけど、別に無理して変わる必要も無い。


「うん」


だから、ただ頷いた。


「でも魔法かあ、変身ってなんにでもなれるのかな?」


ウキウキした様子でリズが問いかけた。


「どうだろう。動物って言ってたから、何かには変身できると思うけど」


「なら、もぐらとか?クジラとかドラゴンとかにも変身できるかな?」


「……分からないけど、リズはそんなのになりたいの?」


「例えばの話しよ」


リズはふんっとして返す。


「お母さまはどんな動物に変身出来るのかな?」


「そうだなぁ」


「きっと天使ね!」


「それって動物なの?」


リズの思考がどんどんファンタジーに寄っていっている気がする。


「だってお母さまは美しいもの。お母さまが天使なら私はきっと妖精ね」


リズはうつらうつらし始めながらそんなことを言い出した。

そんなリズの言葉にはノアは首を傾げる。

リズが妖精?どちらかと言えば木登りを得意としている動物の方がしっくりくる。


リズは寝返りを打つと、ニンマリと微笑んだ。


「ノア、明日も楽しみだね」


楽しげなリズにつられてノアも微笑み返す。


「そうだね」




※※※



魔法が使えることがわかったのが昨日の今日。

そんな楽しい話にリズが興奮しないはずがない。

誕生パーティーの慌ただしさも終わり、今日は一日休みの日である。


「どうすれば動物に変身できると思う?」


ベッドの上に座るリズは真剣に悩んでいる様子で、考え込んでいた。

ノアも同じようにベッドに腰かけて、リズ程ではないにしても真剣に悩んでいた。


「何かきっかけみたいなのが必要だと思うんだよね。とりあえず、リズはもう魔法を何回か使ってるんだろう?」


「使った……というか、言われてみればというか思い返してみればというか」


昔から鳥の考えていることが理解できたというのは、魔法によるもの。

そう考えればしっくり来るし、屋根から落ちて無事だったのも鳥や犬の声が聞こえたのもこの力のおかげなのだと。


「でも、意識して使ってたわけじゃないからどうすればいいのかは分からないのよね」


今でも鳥の声は頑張れば聞こえるが、ヒソヒソと聞こえるだけでなんと言っているのかは分からない。

あの日みたいには、はっきりと聞き取れないのだ。


「うーん、一番可能性のある方法があるとすれば、力を使った時と同じ状況を再現することなんだけどね。でも、そんな特殊な再現出来るわけないしなぁ」


そんなノアのつぶやきをリズは神妙な顔で聞き取る。


「おんなじ状況ねぇ…」


そう呟いたリズは「よしっ!」と言って唐突に立ち上がった。


「どうしたの?」


「おもいたったがきちじつ!」


「は?」


置いてけぼりのノアはそのままに、リズはベランダへと歩き出す。

そして窓を開けて手すりによじ登り始めた。


「ちょちょちょ、リ、リズ?危ないよ!」


ノアも慌てて駆け寄っている間に、リズはよじ登った手すりの上で立ち上がって、こちらを振り向きにこっと微笑む。


「ノア見てて」


そう言ってノアがまさかと思った時には、リズはふっと手すりから身を落としていた。


「───っ!?リズ!」


ノアも急いでベランダの手すりから身を乗り出す。

そして、必死にリズの姿を探すがその姿は見当たらなかった。

呆然と視線をさ迷わせていれば、何かが下から勢い良くノアに向かって飛んでくる。

「わっ!」と驚いたノアは、仰け反ってベランダに尻もちをつく。


「いてて…」と打った尻を擦りながらベランダの手すりに視線を向ける。

黄緑色から薄桃色へと変わる色をした手のひらサイズの鳥が1匹。

じっとノアはその鳥を見つめながら、「リズ?」と呆然と呟く。

そう問うと鳥はまっすぐこっちに飛んできた。

そして頭の上で戯れるようにじゃれ着いてきた。


「わあ!や、やめ…」


ノアは必死に手を振って追い払おうとした。

しばらくして鳥は満足したのか、ノアから離れると次は悠々と敷地内の庭を飛び回る。

ノアはベランダからその様子を眺めた。

「わあ」と、悠然と飛び回るその鳥を見て、ノアは感嘆の声を漏らす。


「本当に、動物に変身できるんだ…」



一通り飛び回って満足した鳥は、ノアのいるベランダまで戻ってくるとふわりと元のリズの姿へと戻った。


「ふふん、どうよ」


「いや危ないからすぐ降りて!」


手すりの上で仁王立ちしているリズを慌てて部屋の方へと引っ張る。

引っ張られた時に「ぐえっ」という声を漏らして床に勢いよく倒れ込んだリズだが、喜びで興奮しているためその事に文句を言うことも無く「どうしよう、私、そのうち巨大な龍にもなれるかもしれない」と両頬を抑えて自分の世界に入り込んでしまっていた。


「さすがに飛び降りるのはやめてよ。心臓に悪いから」


というノアの苦言はリズに届くことは無かった。


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小さな魔法使いたちの物語 汐留 縁 @hanakokun

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