第14話 小話 ウィルトリア視点
ウィルトリア・ルバント。
由緒ある伯爵家の生まれで、持って生まれたものは子供の手には余るものばかりだった。
それでも、器量と容量の良さのおかげで今までたいした苦労をしたことがなく、立ち回りも上手いおかげで大人とも同年代とも上手く付き合えていた。
何よりも両親譲りの容姿は周りから評判がよく、何もしなくても周りには自然と人が集まった。
それがウィルトリアにとっての当たり前の世界。けれども、そんななんでも手に入る世界を、いつもどこかで退屈に感じていた。
とある日のこと、母の友人の家を訪問した。
レインブルディ公爵家。当主は現国王の弟であり、公爵の地位を与えられた優秀な家。
そこにウィルトリアは母の付き添いとして訪問した。
なんでも、その家に歳の近い子供がいるということでぜひ会わせたいとの事だった。
母のことや家のことを考えれば別に断る理由もなく素直について行く。
訪問すれば、真っ先に顔を合わせる事になるだろうと思ったが客間に着いても全く来る気配がない。
双子の兄弟がいるということだったが、どうしたのだろうかと内心首を傾げた。
そうして3人でしばらく談笑して過ごしていれば、使用人がレインブルディ夫人に何か耳打ちして、それに夫人は困ったような顔を浮かべていた。
「ごめんなさい。どうもうちの子たちは来れないみたいで」
そう言って、片頬に手を添えてしょんぼりした表情を浮かべる。
何かトラブルでもあったのだろうかと考えたが、まぁ1つやるべきことが減っただけだと特に関心はなかった。
「少しその辺を散歩してきてもいいですか?」
子供同士の交流が無くなったとなれば大人同士、積もる話もあるだろう。
夫人は快く了承してくれて誰かに案内させると言ったが、「すぐそこまでしか行かないので大丈夫です」と断った。
ウィルトリアは外に出て伸びをする。
立ち居振る舞いは大人びていても、実際は遊びたい盛りで自由にしていたい。
貴族の義務を理解してはいるが、こうして1人でいる方が実は好きだった。
愛想良くしながら型にはまった会話なんて疲れるだけでつまらない。だったら、1人で過ごした方がずっと気が楽だった。
しばらく散歩をしていると遠くから声が聞こえた。
子供の声で、何やら遊んでいるようだった。
一瞬、外で遊んでいるなら使用人の子供かな?と思ったが次第に違うとわかった。なぜなら、遊んでいる2人は凄く身なりが良かったから。
そうしてすぐに至った結論は公爵家の、今日会うはずだった双子の兄弟。
何よりも2人とも髪色が特徴的な黄緑色をしていた。
でも、本当に驚いた。
見た目にももちろん目を引かれたけれど何より、貴族の女の子が普通に木の上で意気揚々と遊んでいたのだから。
勇ましいと言えば聞こえは言いけれど、やっていることはかなり破天荒だ。
おまけに泣いている男の子を、無理やり登らそうとしている。
呆然と見つめていれば男の子の方は木に登ったまま等々動けなくなり、女の子は呆れるようにしてため息をつけば助けようと木を降りる動作をした。
そのタイミングでウィルトリアは「ねぇ」と声をかけた。
その時はもう、ただ呆然としてしまい何も考えずに声をかけていた。
今考えれば、女の子が降りたタイミングで声をかければ良かったのだと思うけれど、あまりの光景に気が動転していたんだと思う。
女の子は黄緑から桃色へと変わる長い髪を靡かせながら、こちらに目を向けた。
黄緑色の瞳がやんわり煌めく。
純粋に綺麗だと思った。まるで宝石のようだと見つめていれば、男の子が地面に落ちたのと同時に女の子もズルリと足を滑らせて、木から落ちてしまった。
咄嗟に手を伸ばした。打算も何も無く、ただ助けないとという思いで女の子を受け止めた。
ふわりと風を引き連れながら女の子が腕の中に収まる。
恐る恐る開けた黄緑色の瞳がこちらを見上げた。
「大丈夫かい?」
エメラルドの宝石のような瞳を大きく見開き、唖然とした様子で答えない彼女は、唐突にウィルトリアの胸を押して無理やり地面に降り立った。
そして地面に転がる男の子の手を引っ掴んで走り去っていく。
ウィルトリアは呆然とその背中を眺めた。
別に仲良くなりたいとか考えていた訳では無いが、あんまりな置き去りの仕方には驚いた。
今までこんなタイプの人間に会ったことが無かったから、はっきり言うなら戸惑った。
初めてのことにどうすれば良いのかが分からず立ちすくむ。
彼女達は公爵家の子供だ。これからの貴族社会の付き合いを考えていくのなら仲良くなるべき、必要な人脈。
けれども、そんな事を考えるよりも単純に興味を引かれた。
だって、今まで会ったことの無いタイプの人間ならばこれから先もきっと会う可能性は低い。
何だろうか、少し楽しいのかな?
ウィルトリアは女の子達が去った方向を見つめる。
次会えたら、何か話が出来るといいなと思った。
ウィルは帰りの車に揺られていた。
窓から漏れる夕暮れ色の空を見つめる。
「今日は、色々大変でしたね」
前に座るロッジがそんなことをぼやく。
既にリズは家に返しているためここにはおらず、ロッジと2人だけ。
ウィルは少し笑って楽しげに「そうだね」と答える。
ロッジはそんなウィルを珍しげに見ていた。
「それにしても、レインブルディ家のご令嬢は変わっているというか少し不思議な方でしたね」
まあ、確かにリズは変わっているがロッジが言っているのは性格的な話ではなく、事件で見せた不思議な力の話だろう。
ウィル自身も不思議で仕方ないのだから。
「動物の気持ちが分かるとか言う人はたまにいますが、彼女、鳥と会話するみたいに話していて、まるで魔法を使っているように見えたというか…」
ロッジは真剣な表情で言ってから表情を崩して、
「いや、そんなわけないんですけどね」と言った。
ウィルはロッジの言葉に、
「まぁ、僕は魔法を使っているところを見たことあるけどね」となんでもない事のように返す。
「え?」とこちらを見つめるロッジを無視してウィルは窓辺に頬杖をついて空を見上げる。
あの日、きっと、魔法というものを目の当たりにしたのだと思う。
突然、空から降ってきた女の子はウィルトリアの頭上でピタリと止まった。ただ驚いた。空から降ってきた事にも、時間が止まったように女の子が浮いていた事にも。
もしかしたら浮いていたのは目の錯覚かもしれないとも思ったが、もし本当にあのまま落ちていればウィルもリズもあの程度で済むはずがなかった。
もちろん彼女が浮いたあと、まあまあの高さから普通にウィルの上に降ってきたのだからそれなりに痛みはあったのだが、ウィルに怪我はなくその時はリズも捻挫程度ですんだ。
後になってリズが熱を出したと聞いたけれど、怪我に対する熱というよりも寧ろ、突発的に
そして、今日の出来事。
彼女の行動は突飛なもので、彼女が話した内容も女の子がさらわれたと根も葉もないような話だった。
おまけに彼女にしか聞こえない声で助けを求められたと。
ロッジの方はその話を全く信じていなかったが、ウィルは1度、彼女が不思議な力を使った所を目の当たりにしたからこそ、彼女の言っていることには多少の信憑性があった。
もちろん、彼女の言っていることが全て正しいと思っていた訳では無いが、言っていることは本当だと思った。
というのも、彼女は自分で思っているよりもずっとお人好しだ。困っている者や助けを求める者の手を取らずには居られない。正直、彼女が嘘を言っているとは放っから思っていなかった。
だから、彼女を、リズの話を信じた。
リズは自分は何も出来なかったと落ち込んでいたが正直、リズだったからウィルは助けることができたのだ。
きっと他の誰かの話ではウィルは動かなかったと思う。
彼女は真っ直ぐな人だ。だから、ウィルはリズを信じて行動できた。なんの躊躇もなく。
ウィルは口元に笑みを浮かべる。
「次は、何をしでかしてくれるかな?」
いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべるウィルをロッジはうわぁ…とドン引きした表情で見つめた。
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