第2話 9歳
驚いたのはその1週間後だった。
なんとまた、母の友人、ルバント夫人がまた訪問するというのだ。例の息子も連れて。
もちろん会うつもりはサラサラなかったけれど、前回の行動を踏まえてアンリも2人が逃げ出さないように厳重体制で構えていた。
けれども、もはや脱走の達人でもあるリズはアンリが目を離した隙に、渋々といった様子のノアを引っ張ってさっさと外へと逃げ出してしまった。
「まさかこんな早くにまた来るなんて。暇なのかしら」
ノアとリズは屋敷のそばにある草むらの影に潜んでいた。
「今日は、どうするの?」
「とにかく、帰るまではこのままここにいましょう。絶対に見つかるわけにはいかないもの」
「そうだけど...」
ノアはやっぱり微妙な顔だ。
「何よ?」
「いや、思ったんだけど、今の今まで告げ口されていない時点で、別に会っても問題ないんじゃない?寧ろ、こんなにあからさまに避けてる方が怪しいというか...」
「じゃあ、会って仲良くなれって言うの?いやよ、めんどくさい」
リズに一蹴されて、ノアはそのまま黙り込んだ。
そして小さく溜息をつけば、逃げ出す時に持ち出した本を広げてそこで読み出した。
リズは呆れ顔でノアを眺める。
「わざわざ持ってきて、こんなとこで読むの?ほんと物好きね」
ノアは三度の飯よりも本を読むことが好きだった。
放っておくと気づけば本を開いて読んでいる。
あんまりにも本の虫になっていたため、リズはしょっちゅうノアを外へ連れ出しては、木登りやらかけっ子やら色々教え込んだけれど、結局いつも本に戻ってしまうのだ。
呆れてものも言えないわ。本ばっかり読んでるからいつまでも鈍臭いのよ。
そう思って、そう言おうと口を開いた時に、不意に足音がした。
咄嗟に口を閉じて息を潜める。
ノアも気づいて本から顔を上げた。
ザクザクと足音は2人から距離はあるもののこちらに近づいていた。そうして2人が隠れる草陰から少し離れたところで足音は止まった。
リズは見つからないようにそうっと草陰から様子を伺う。
じっとそちらを見れば、金髪の髪が目に入り直ぐに誰かが分かった。
背格好からしても、あの時の男の子だ。
そうだと分かれば一気に警戒する。なんたって、今2人が隠れている元凶なのだから。
金髪の少年は何やらキョロキョロと探すように辺りを見回して、またここから離れていく。
「行ったかしら」
「誰が来たの?」
座り込んだままのノアからは誰が来たのかは見えなかった。
「例の男の子よ」
ノアは驚いて目を丸くさせた。
「何だってこんなとこに?」
「知らないわよ」
この前も自由に1人でウロついていたのだ。今日もそんなとこだろう。
でも、客人の割には自由にしすぎではないだろうかと思う。
「何か探してる様子だったけど、こっちの方に来なくて良かったわね」
そう言うとリズはふふと笑い、「それにしても、ここに隠れていることに気が付かないなんて、間抜けね」とほくそ笑む横で、ノアが「何かを探していた...?」と首を傾げていた。
その後は彼らが帰った頃合いを見て部屋へと戻り、アンリに叱られまたいつもの日常に戻れば、驚いたのはまたその3日後にも彼らが来たことだった。
「何だってこの短い間にまた来るのよ!」
リズは苛立たしげに言葉をこぼす。
リズからすればあの子から隠れるために1日自由に遊べない上、最近はあの日の木登り事件により、念の為にとほとぼりが冷めるまで、木登りを控えるようにしていたのだ。けれどもそのせいでストレスが溜まり、余計にリズは苛立っていた。
今日はそろそろいい頃合いだろうと思い、久々に木登りでもしようと計画を立てていたために余計にそうなっていた。
苛立つリズの横ではノアが呑気に本を読んでいた。
その様子も余計にリズは苛立つ。
「もう、呑気に本読んで!あんたは何とも思わないの?」
ノアは思わず頷きそうになったが、リズの剣幕を見て慌てて思いとどまった。今頷けば機嫌を損ねる所ではないだろう。
正直、ノアからすれば本を読めるならなんでも言いし、別にバレてもいいとすら思い始めていた。
あの子が告げ口するならもうしているだろうし、どうにもリズほどは警戒心を感じていなかった。
それに、どちらかと言うと逃げる方が事態をややこしくしているような気がしていた。
ただ一つ気になっていることがあるとすれば、彼はなんで頻繁に我が家を訪れるのだろうと、それだけは気にかかっていた。
リズがこの前何か探しているようだったと言っていたし、何かあるのだろうかと考え巡らせるが、今にも爆発しそうなリズの手前余計なことは言わない方が良いなと思い、考えは飲み込んで口を閉じる。
「とにかく!何かいい案でも出してよ!」
「なんの案?」
「あいつを追い出す方法よ!」
ノアは困った表情を浮かべる。
「追い出すって、仮にも母様のお客様だよ?」
「知ったこっちゃないわ!無理やりにでも追い出してやる」
リズはすっかり頭に血が上っていて冷静ではなかった。
ノアはそんなリズの様子に、諦めるようにして溜息をついた。
「じゃあ、追い出すって例えば?」
そう聞かれリズは「そうねぇ...」と考え込む。
「例えば、あいつの歩く先々でトラップを仕掛けるとか、お菓子とか飲み物に毒を仕込むとか、虫や蛇を使っておどすとか」
リズの案にノアは半眼になる。
「手間と時間とお金がかかるような案と犯罪行為と公爵家の品位を落とすような案は却下」
リズはムッと唇を尖らせる。
「じゃあ、どうするのよ」
「別にぼくは...」どうでもいいと口を開こうとすれば、リズに強く睨まれ「うっ」と怯む。そして、ため息を零せば「だったら今のみたいに、逃げるのがいいんじゃない?」と言葉を返した。
ノアだって、どうしたらいいかなんてよく分からない。
『相手に勝つためには、まず相手を知ることから』と本ではよく語られたりするけれど、リズには交流を持つことを全面的に却下されているためそれが出来ないのなら、何もしない方がいいと思った。
下手に行動を起こして問題を増やすよりも、黙って待っていればそのうち相手だって自然と来なくなるだろう。
けれども、それがいつの話だというところで、リズはイラついているのだろうけど。
そんなノアの言葉に、リズが何か返そうと口を開いた時に、2人の頭上から別の声が届いた。
「そこでなにしてるの?」
2人して、「ヒッ」とびっくりして肩を飛びあがらせ、勢いのままに振り返った。
金色の髪が太陽の光を反射する。
あの男の子は、草むらの向こうから不思議そうな顔をして覗き込みながらこちらを見ていた。
ノアがポカーンとそれを眺めていれば、瞬時にリズがノアの手を引っ張って脱兎のごとく走り出していた。
ノアは声を上げる暇も無くリズに引きずられて走る。
そうして男の子が見えなくなってからも走り続けて、端から端までの距離を走ればハァハァと2人して息をあがらせた。
ノアはその勢いのまま地面に転がり込む。
その隣で、屈んだ姿勢で息を荒らげるリズは顔を上げれば鬼の形相で、「いいわよ...こうなったら、意地でも逃げてやる」と明らかに間違った方向に心血を注ごうとしていた。が、もはやそれに対して言葉を返せないほどノアは疲れていたため、それを止められる相手はいなかった。
そして、その日から一方的な逃走劇が始まった。
また、男の子はまた数日おきに屋敷に訪れてきた。
もうリズは逃げることを第一に考えていたため、計画は完璧で、それに引きずられるようにしてノアもついて行っていた。
ただ、不思議なことに男の子はその都度こちらを探して、2回に1度は見つけていてもはや何度も見つけられたノアはいっそ感心の思いだったが、リズの方は見つけられるほど苛立ちを募らせていた。
そうして、沸点が限界に達したリズは等々強行突破に出た。
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