第11話 9歳


「良しと、これで良さそうですね」


リズは鏡の前でクルリと回る。

大人しめのローズピンクのドレスがふわりと舞い上がった。

ワンピース型のドレスで、ウエストの部分はリボンでキュッと結ばれており、フレア調の袖は二の腕の辺りで絞られ、そこからふわりと手首まで広がるデザインになっている。

簡素なデザインの服だが、レースが袖口と胸元とスカートの裾にあしらわれているためそこはかとない上品さを醸し出していた。

今日のスカートの裾は膝下までしかなく、足元の見えるところは白いソックスと、靴はつま先の丸い茶色のストライプシューズを履いていた。

髪型は髪色が目立つからと、アンリの手によって編み込んでまとめあげられ、その上に白いフロッピーハットを被っていた。

ふぅとアンリはやり遂げた表情を浮かべていた。

リズは裾を持ち上げヒラヒラさせる。

思っていたよりも可愛く仕上がって満足していたし、何よりも今回は動きやすい服装で嬉しかった。


「おお、格好だけ見ればお淑やかに見えるよ」


ソファに座りながら後ろ向きに振り返ってノアが言った。


「どういう意味よ」


リズが睨みつけながらドスのきいた声を出せば、「えぇと…」とノアが焦りながら目を逸らして、背もたれに身を潜めていく。


「そ、それにしても本当に2人で出かけるの?」


ノアには今日、ウィルと2人で出かける事は伝えてある。

両親にも伝えて許可を取っているのだから、ノアにもそう話した。

ただし、出かける目的と出かけることになった経緯は話していない。

ウィルにも内緒でと言われたし、リズも説明が面倒くさくて省いたのだ。

だから、ただ出かける事になったとしか話していない。


「そうこの前言ったでしょ?」


「まぁ、聞いたけど…」


ノアは何か言いたそうな顔をする。

あの日、2人が木の上で話していた夜、リズからその話を聞いた時は驚いた。あんなに嫌っていたのに一体なんの心境の変化があったのか。

何を聞いてもリズからはっきりした答えはないし、その日はリズが直ぐに眠ってしまったから何も聞けず終いだった。

だから未だに聞きたいことが聞けずにモヤモヤしていた。

ノアは訝しげにこちらを見ていたがそれを無視して準備を進めていく。

コンコンと部屋の扉がノックされた。

アンリがドアへ行き、ノックした相手から伝言を受け取る。


「お嬢様、ウィルトリア様がいらっしゃったそうですよ」


リズは喜ぶ気にも慣れず、だからといって仏頂面をする訳にもいかず、もう諦めの境地でそちらへ向かった。

ノアはリズの様子に、もはや不思議そうな目で見つめていた。



「やあ、こんにちは。今日の姿も綺麗だね」


あぁ、良くある決まりきった挨拶だとわかったのでその言葉は無視する。

そんなリズの態度にだってウィルは表情を崩さなかった。


「おや、ノアも。こんにちは」


ウィルが声をかける方向には、後から来たらしいノアが後ろにいた。


「やあ、ウィル」


ノアは慣れたように挨拶を返す。


「それじゃあ、行こうか」


そう言ってウィルは手を差し出す。

いつもならもちろん無視する。こんな手叩いてやりたいぐらいの気持ちだが、今日は周りに使用人やらウィルの傍にも従者がいて下手な態度は取りずらかった。

それにどの道、街へ行き慣れていないリズは結局、彼を頼る他ない。

不本意な気持ちを抱きながらも今日は素直に手を取った。

そんなリズの態度にウィルは満足気だった。

ノアは首を傾げながらも「行ってらっしゃい」と手を振る。

ウィルはにこやかに手を振り返して、リズは疲れたように手を振り返した。




「わあ…」


リズは馬車から見える景色に目を輝かせる。

見たことない物や、華やかな装いの人々に胸躍らせた。

「お嬢さま」と隣に座るアンリに小さく窘められたが、もはやリズの耳には届かない。

けれども、「楽しそうだね」という言葉に我に帰る。

ああ、そうだこいつがいたんだ。

ついつい忘れてしまっていたが、今はこのクソ野郎とこいつの従者とアンリが一緒の空間にいるのだ。

馬車は今、屋敷から街へと向かう道を真っ直ぐに進んでいた。

思わずはしゃいでしまったが気を引き締めないと。リズは姿勢を正す。


「もういいのかい?」


コテンと小首を傾げるウィルにリズはすまし顔で「えぇ、失礼しました」と答える。


「今日は街の中心部の繁華街の方に行こうと思うんだ」


リズはすまし顔で「そうですか」と返答を返したが内心やったーとはしゃいでいた。

もちろん名目はノアの誕生日プレゼント選びだが、少しはお小遣いを貰ったため少しぐらいはと楽しむつもりでいた。

滅多に行けない街へのお出かけなのだから、これが楽しまずにはいられない。

いくらすまし顔をしていたって、口許は緩むし、落ち着きないくらいソワソワもしていた。

そんな調子だから、リズを見てウィルがふふと笑ったことにも気づいていなかった。


「さあ、そろそろ目的地に着く頃だろう。とりあえず順々に見ていこうか」


「そうね」といったリズはすまし顔で答えたつもりだったが、自然と口元には笑みがこぼれていた。

もちろん本人は気づいておらず、ウィルはクスリと笑った。




馬車は目的地につき、そこには人で賑わう街並みが広がっていた。

わあ、と目を輝かせて思わずそちらに走り出そうとすれば、ピンッと腕が引っ張られる感覚があった。

ああ、そうだ。

馬車から降りた時にウィルの手を借りたため、そのままになっていたのだった。

ノアの手なら迷わず引っ張って行くのだが、楽しみながらこいつの手を引っ張っていくのは何となく不本意で、はしゃぐのをやめて、我に返ったようにスンと取りすました顔をする。

ウィルはリズの様子にも変わらずにニコニコした表情のままだった。


「じゃあ、行こうか。どの店に行くかの目星は、だいたいつけてあるからそこを順番に回ろうか」


「えぇ、そうね」


リズは何でもないことのように答えたが、内心では心踊らせていた。その事に気を取られていたためウィルと手を握っていることも忘れていて、手を引かれるままに歩き出していた。

ウィルの案内で繁華街を道なりに進んで行って、雑貨屋さんから衣類、ぬいぐるみ、お菓子と色々なところを見て回った。

リズにとってはどれも目新しく、見ていてどれも楽しかった。

特に気になったのは、ぬいぐるみ屋さんで見たうさぎのぬいぐるみで、可愛くて買おうか悩んだが、歩いていたら荷物になるし人形だと子供っぽさもあって、こいつの目の前で買うのは嫌だなと思って断念した。

そのため、結局選びきれずに今のところ何も買えずに、とりあえずカフェで休憩することとなった。

店に入れば元々予約してあったのか、ウィルが名前を伝えればテラスの方へと案内された。

店の外観を見た時からオシャレだなと思っていたが、中に入ってからも装飾が細かく華やかだった。

実際このカフェは滅多に予約が取れないほどに話題の、若い女の子には憧れの人気店ではあるのだが、世間知らずで子供のリズはその事を知らないし、このカフェに来れることがどれだけ凄いことなのかも分からずに、綺麗だと思いつつも疲れたから早く休みたいと思いながら歩いていた。

2階のテラスへ着けば他にお客さんはいないため、帽子を外してテーブルに置く。

ウィルとリズが座れば、傍に控えるようにアンリとウィルの従者が佇んでいた。

リズがアンリの方へ振り返り声を掛ける。


「アンリも疲れたでしょう?一緒にお茶にしましょうよ」


「いや、そういう訳には…」


そう言ってアンリは疲れた表情を浮かべたまま首を振る。

その様子を見てウィルは振り返って従者の男の方に声をかけた。


「なら、お前もこっちに来て休んだらいい」


「いや、俺は護衛としてここにいるので」と彼も両手を振って焦ったように断る。

ウィルは分かりきっていたであろう返答に目を細め、笑みを浮かべて口を開く。


「座っていても護衛は務まるだろう?というよりも、私はお前の為に言った訳じゃないよ」


そう言われ従者の男は目をぱちくりさせてハッとしたように口を開いて、「ぜ、ぜひご一緒させていただきます!」と引きつった笑みを浮かべて席に着いた。

リズはなんだかよく分からないが、相手の連れが席に着いたのならアンリも座る方が自然だった。

その男性にならって、アンリも恐る恐るといったように「…では、私も失礼致します」と言って席に着く。

とはいえ、アンリも年頃の女の子だ。遠慮はしていてもやはりこういったオシャレなカフェで過ごせるのは嬉しいのだろうとアンリの表情を見てリズも微笑んだ。

メニューを見て、それぞれが気になったものを注文していく。

リズは甘いものが食べたくて、タルトのケーキと紅茶を頼んだ。他の3人もそれぞれケーキと飲み物を選んで頼んでいた。

食事が進めば自然と談笑も進んだ。

自然と話は盛り上がっていたし、リズも自然と話の輪に溶け込んでいた。いつものリズならウィルの前では意地を張って仏頂面のまま口を開かないのだろうけれど、今日は街を歩いてはしゃいでいたのと、そのせいで疲れたのもあって噛み付く気力もなく気の緩みもあって、ごく普通に話していた。



「さあ、そろそろ次に行こうか。まだ見るお店が残っているからね」


そうウィルが切り出せば、周りも次の店に行くために準備を始める。

リズも行こうと席を立ち上がれば、アンリが「あら、お嬢様。リボンが解けています」と言って、見れば確かに縛っていた腰のリボンが解けていた。

それを見てアンリが手早く直していく。

「大丈夫そうかい?」とウィルに聞かれて、「ええ、大丈夫です。お待たせしました」とアンリが言い、先を歩いていたウィル達の方に追いつく為に2人で足早に歩いた。

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