第12話 9歳
次に向かったのはアクセサリーのお店だった。
店の奥へと向かえば、ショーケースの中に並べられたアクセサリーがあり、その品物の値段を見ればリズが見ても高いと思うほどであった。
そしてもう少し手前の、出入口に近い方の商品を見ればもう少しお手頃な値段で売られていた。
傍に控えていたアンリも年頃の女の子らしくはしゃいでいる様子で「これとか、お嬢さまに似合いそうですよ」と言って、シルバーの花や草木を模した髪飾りを指さす。
アンリの見立ては良くて、その髪飾りはリズ好みのデザインだった。
そうして女子2人ではしゃぎながら、その近くには露店でアクセサリーを売っている店もあり、リズはそちらも覗いてみる。
売られている品物は、先程見た店のアクセサリーよりも安物のようだったが、色味はこちらの方が鮮やかだった。
わああ、と眺めながらその中で一番気になったのが小鳥がデザインされた髪飾りだった。
花びらがちりばめられた中に二匹の金の小鳥が髪飾りの端っこで向かい合うようにしてデザインされていて、そんな色鮮やかな中で、一際二匹の鳥の目にはめ込まれたエメラルドグリーンのストーンが輝いている。
リズはじっと見とれるようにそれを眺めていた。
「それが気になるのかい?」
気づけばウィルが隣にいてリズは驚いてそちらを振り返る。
リズが驚いている間にウィルはそれを手に取り、リズの髪に当てた。
「うん、君の髪色にとても似合うよ」
そうして微笑むウィルからは全く嘘は感じられなくてむしろ素直な感想に思えて、リズは思わず照れるように下を向いた。
「これください」
リズが下を向いている間に、ウィルは髪飾りを店主に渡してお金を払っていた。
リズが呆然としている間に、髪飾りがリズの髪に飾られる。
「うん、やっぱり似合ってる」
リズはそう言われて髪に飾られた髪飾りに片手で触れながら、嬉しい気持ちと照れくさい気持ちでどんな顔をすればいいのか分からなくて下を向きながら小さな声で「…ありがとう」と呟いた。
ウィルは満足げに「どういたしまして」と答える。
「さあ、隣の露店も見に行こうか」
そう言って、下からすくい上げられるように手を取られる。
その身のこなし方がスマートすぎて、全く嫌悪感を感じなかった事にリズは逆に戸惑ってしまう。
あんなに嫌だったはずなのに、今は手を握ることが自然な事すぎて、むしろ断る方が不自然な気がした。
リズは手を引かれながら、むず痒い思いを感じていた。
口を開けば嫌味しか出てこなかったのに、今は口を開いても言葉すら上手く出てきそうにない。
いつもの調子が出なくて、段々混乱して今までどんな風に自分が振舞ってきたのか分からなくなっていた。
「これなんかどうだろう」
急に声をかけられリズの心臓がはねる。
気づけば次の露店のお店についていて、ウィルが品物を指さしていた。
「え?何が?」と反射で焦ったように聞き返した。
「何って、ノアの誕生日プレゼントだよ」
そう言われて今回出かけた目的を思い出した。
そうだ、元々ノアのプレゼントを買いに来てたのだった。
うっかり目的を忘れてしまうほど楽しんでしまったことに恥じ入る。
照れを隠すように口を開けば早口になった。
「ああノアのね。えっと、これってしおり?」
ウィルが指さしたのは金色の切り絵のように模様が描かれた金属の栞だった。
「ノアって本が好きなんだろう?なら、こういうのなら実用性があるだろうと思って。でも、これじゃあ少し可愛すぎるかな?」
「そうねぇ…」と言ってリズは並ばれた商品を眺める。
その中で1つの商品が目に付く。
「ノアは、基本的に人から貰うものは大切にするからあんまり好みとか無い方だけど…」
そう言いながら1つ栞を手に取る。
シルバーの羽のデザインで、羽の先が水色と黄緑のグラデーションになり下の細い部分は紐が結ばれていてその先端は花のような結び目になっていた。
「シンプルなデザインの方が好きだと思うわ。まぁ、色の好みがこれかは分からないけど」
そう言って肩を竦める。
正直、色はリズの好みだからノアが好きかは分からなかった。
「君がこの色が良いと思ったんだろう?ならきっと大丈夫だよ」
そう言って、リズの手からそっと受け取った。
「それじゃあ、プレゼントはこれにするよ」
ウィルは嬉しそうに微笑む。
その表情を見てリズはまたどぎまぎしてしまうけれど、素直に「うん」と笑って頷いた。
また4人揃って歩き出せば露店で売られていたワッフルを買った。
「食べ歩きって?」
「お嬢様はこういうの初めてですよね」
リズは手元のワッフルを不思議そうに眺めた。
そしてアンリに首を傾げながら口を開く。
「歩きながら食べるの?」
「まぁそういう方もいらっしゃいますが、基本的には危ないのでベンチに座って食べるものですよ」
「ふーん」とリズは返事を返す。
先にワッフルを受け取ったリズとアンリは2人を待つために建物の隅の方で待っていた。
そうしてぼーっとウィルたちが来るのを待っていれば、服の裾をピッピっと引っ張られる感覚があった。
不思議に思って路地の方を振り返れば、足元に小さな女の子がいた。
思わず目を見張ったのはその子はやせ細っていて、格好もお世辞には綺麗とは言えなかった。
驚いてその子を見つめれば、ぽつりと「…おなかがすいた」といった。
そう言われて、手元のワッフルを見ていることに気がつく。
ああ、これが欲しいのだろうか。
別に上げても良いのだが、その前にこの子はこんなに小さいのに子供1人でいる事を不思議に思う。
ちなみに隣にいるアンリは御老人に話しかけられてその対応をしてこちらの様子には気づいていない。
リズはしゃがんで女の子に話しかける。
「あなたおひとり?お父様やお母様は一緒ではないの?」
そう聞けば女の子はまたぽつりと「お兄ちゃんと一緒だよ」と答えた。
その言葉に女の子の後ろの方を見ればこちらに駆けてくる男の子の姿があった。
足早に駆けてきたその子は、女の子の肩をグッと掴んでリズから少し遠ざけるように後ろへ引いた。
そして、その男の子は不安げな表情をしながら、「お姉さんはお金をくれる人?」と聞いてきた。
え?と思い、何の話なのかと訝しげに思う。
えーとと、とにかく返す言葉を探していれば、今度はリズの肩がグイッと後ろに引かれた。
驚いて振り返るようにして隣を見れば、ウィルが肩を組むようにして両肩を掴んでいた。
流石にあまりにも馴れ馴れしすぎて、「ちょっと」と抗議の声を上げたがウィルの様子は変わらず、リズの方には一切目もくれずに神妙な顔をしていた。
リズが上目遣いに睨みつけたが、それでもウィルは変わらなかった。
その頃になればアンリもこちらの様子に気がついたようだった。
ウィルはリズから手を離して子供2人に口を開く。
「お腹がすいたのなら僕の分のワッフルをあげる」
そう言って持っていたウィルの分のワッフルを女の子に渡した。
女の子は嬉しそうにそれを受け取る。
次にウィルは男の子に視線を向けて、ポッケからコインを取り出してその男の子に握らせた。
「このお金は自分たちの為に使うんだ。いいね、分かったかい?」
2人はウィルに頷いて来た道を走って戻って行った。
従者もアンリもこちらの騒ぎに目を見張っていて、リズはしばらく呆然としていたが直ぐに口を開く。
「な、なんだったのよ、一体!」
さっき声を上げたおかげでいつもの調子が戻ってくる。
「今のは貧民街の子達だよ。ああやって物乞いをして生活を繋いでいるんだよ」
「そう、なの」
キョトンとしながら返答する。
リズは世間知らずだ。何も知らない無知な子どもで、それは自分でもよく分かっている。
リズは自分の手元のワッフルを見つめた。
男の子の方にもあげたら良かったかな?
そんなリズを、ウィルは見つめながら口を開いた。
「同情してはダメだよ。ああいう子供たちの中にだって悪いことを企んでいる子はいる。さっき渡したお金だってあの子たちが使うとは限らない」
「…じゃあ、誰が使うのよ」
リズは訝しげに眉をひそめる。
「あの子たちを管理している大人だよ」
目をぱちくりさせる。管理?
リズはノアの表現にただただ首を傾げた。
ノアは何だか逡巡している様子で、しばらくして口を開く。
「あんまり色々言うのもなんだけど、同情し過ぎるのはいけないよ。この前のことと言い、君は虐げられている人を見ると助けたくなる性分なんだろうけど、後先考えずに行動することは自分だけじゃなくて周りにも影響することがある」
この前のこととはパーティであった一悶着だ。
ウィルの声は穏やかで責められている気はしなかったけれど、お小言を言われたことにリズはムッとする。
「私のやり方が間違ってたって話?」
「そうは言わないよ。実際にあの時は、君が仲裁に入ったことであの子は助かったろう?」
あの時。
確かに、あの時はリズが助けに入ったことで女の子は怪我しなかった。
でも、あのままもし、ウィルがヘビを投げ込まなかったら…?
本当はもっと大事になってたかもしれない。
リズは俯いた。
あの行動をとったことで結果的には女の子は助かった。
でも、後々のことを考えればもう少し様子を見るべきだったのだろうか?
いや、でもやっぱり…あの時女の子を見捨てるという選択肢はリズには考えられなかった。
それに、ウィルがその様子に気づいていたのならやっぱり、
「だったらあの時、あんたが早く仲裁に入るべきだったじゃない!」
どうしても、そう考えてしまう。リズに苦言を呈すくらいなら、もっと最善の方法が分かっているウィルがあの場を何とかするべきだったと。
ウィルはそんなリズに冷静に言葉を返す。
「あの時の僕は一応ホストっていう立場上、特別どちらかに肩入れは出来ない状況だった。確かにもっと早くに気づけば何とかできたかもしれないけど、彼女達の家柄を考えればこちらも庇いづらいのが正直なところだったんだ」
リズは無知で、何も知らない。
もちろんまだ言いたいことはあった。けれど、ここできっと何を言い返したって子供が喚いているだけにしかならない。
リズは何も言い返せないことも悔しくて俯いて奥歯を噛み締める。
ウィルがリズの様子を見て困った表情を浮かべながらそっとため息をこぼす。
「ここで話すようなことでは無かったね。もうそろそろいい時間だ。あんまり帰りが遅くなってはいけないだろう」
そう言ってウィルはチラリと従者に目をやる。
従者の男はハッとして慌てたように口を開く。
「あ、じゃ、じゃあ俺、帰りの車呼んできます」
そう言って足早に駆けていった。
先程までいい匂いのしていたワッフルも何だか味が薄く感じた。3人で会話もなく、シーンと気まずげな空気が漂う。
そんな中、アンリがリズを見て首を傾げた。
「あら?そういえばお嬢様、帽子はどうされたんですか?」
そう言われて思い出したように頭に触れた。
確かに気がつけば被っていたはずの帽子がなくなっていた。
髪に触れれば髪飾りも手に触れる。
今はあまり嬉しいとは思えなくなってしまったものだが、この髪飾りをつけた時には帽子は既に被っていなかった。
つまり、その前…
「カフェに置いてきたかも…」
「どうしましょう…!私がしっかり確認していなかったばっかりに…」
アンリは顔を青くして焦った様子だった。
今日のアンリはリズの保護者監督者として気を引き締めていただけあって、その分責任を感じているのだろう。
ウィルはアンリの様子を見て口を開く。
「心配なら僕たちはここで待ってるから、行ってきてもいいよ」
リズはその言葉に頷こうとしたが、ちょっと待ってと慌てて止まる。
このままアンリが行ってしまったらこいつと2人っきりになってしまう。それは非常に不味い。
「わ、私もいく」
慌てて口を開く。
アンリもこちらの心情は察していて、気遣わしげにリズを見ていたが流石に連れていくのは難しくて悩ましげに口を開いた。
「でも、かなり距離があるので……直ぐに戻ってきますので待っててください」
そう言ってアンリは走り出す。
もうアンリを追いかけることは困難だ。
まぁリズ自身、自分の足では結局行ってもしょうがないということは分かってはいたのだが。
そして2人になればやはり気まずい空気が流れる。
早く戻ってきてアンリと心の中で願っていれば。
ノアは道の先に目を向けて口を開く。
「…ロッジが戻ってきたみたいだよ。行こうか」
見れば、道の先に赤茶色の髪色をした従者の男性がこちらに手を振っていた。
天の助けとばかりにリズはホッと息をこぼす。
ウィルの後に続こうとリズは足を踏み出した時、キーンと耳鳴りが走った。
うっ、と顔をゆがめて耳を塞ぐ。
耳鳴りは止まらずに、遠くから弱々しい声が聞こえた。
『…たす、けて……あの子が…連れていかれちゃう……』
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