第10話 9歳
次の日、例の勝負を取り付けた日以来一度も我が家に来ていなかったウィルが久方ぶりに訪れた。
あの勝負はウィルが決したのだから、堂々と我が家に来れる。
逆にリズの方は、彼が今日来るのか分からなかったとはいえ逃げる素振りは見せずに、というかやけに静かだった。
いつもはワーワー騒ぐところを部屋で大人しくしていた。
前にも珍しく大人しかった時はあったけれど、その時とはまた違った感じで、仲良くする気になったのかな?と思ったけれど昨日の今日ではありえないと思う。
リズの様子の変化にノアは首を傾げた。
「今日は気分を変えて、庭でお茶するのはどうだろう」
ウィルの提案に「はあ?」と半眼で反応を返すリズを見て、ああいつものリズだと安心する。
「たまには外の空気を吸いながらってのもいいだろう?それに君は外の方が好きみたいだしね」
確かにリズは活動的で、家の中よりも外にいる方が好きだ。
けど、今のリズは素直には外には行かないだろうなと思う。
そう思ってリズの反応を待てば、リズはウィルの言葉にグッと眉をひそめたが溜息をこぼして「分かった」と返事をした。
え!?とノアが驚いている間に、「じゃあ行こうか」と2人は外へと歩き出した。
今日のリズはやっぱりおかしい。
大人しくついてきたからって別に愛想がよくなった訳でも、和やかにウィルと話すわけではないけれど、やっぱりおかしい。
今も、あのリズがウィルと大人しくお茶をしているなんておかしいし、不気味だ。
ノアはチラチラと2人を見るが、2人とも何も話さずに静かにお茶をしている。
昨日リズと話をした後でのこの様子。
もしかして、ぼくの話を聞いた後で心境の変化でもあったのだろうか?
そうだとしても、あまりにも話さない2人の様子にノアの方が気まずくなる。
な、何か話した方がいいのだろうか、と必死に話題を引っ張りだそうとしたが別に話すような面白い話も思い浮かばない。
そうして勝手に困り果てていれば、ウィルの方から「そういえば、昨日のプレゼント…」と話し出した。
その単語にリズは肩を飛びあがらせて、ノアは「え?」と聞き返す。
「ほら、昨日ノアから貰ったプレゼント。読んだよ」
「え?もう読んだの?」
確かに渡したプレゼントは直ぐに読み終えられるものだけれど、昨日の今日で全部読めるようなものではない。
「ああ、まぁね。面白かったから。ノアはああいう学術的な本が好きなのかい?」
「えっと、本なら興味があれば色々読むよ。ミステリーでもファンタジーでも哲学でも」
「そうなのか、またオススメがあったら教えてほしい」
「うん!もちろん!」
ノアは純粋に喜んで返事をする。
なかなかこういった話ができる人は少ない。
リズも周りの人も本にあまり興味がなく、リズに至っては活字がダメだから。
そうしてノアは話ができる仲間を作れて嬉しげな表情を浮かべていれば、ふと隣のリズの様子が気になってちらりと目をやる。
リズは相変わらず全くこちらを気に止める様子もなく、じっと無表情でカップを見つめている。
もはやこのリズは怒っているのかいないのかすら分からない。
いや、機嫌はもちろん良くは無いのだろうけど、見るからに不機嫌という感じでもなくて、寧ろこっちの方が扱いに困ってしまう。
「さて」と、ウィルはカップを置いて切り出した。
「少し、散歩でもしようか」
ニコニコとウィルは話し出す。
今日のウィルもやけに元気、というか調子がいい。
リズが、というよりも2人とも様子がおかしい気がした。
今だって、ウィルの提案に何の異論も唱えることなくリズはついて行くし、ウィルの方も話すわけでもなくただ黙って3人で歩いているし、一言でいうなら気味が悪い。
ウィルが先頭で、2人後ろをついて行く。そしてウィルがピタリと足を止めればそれにならって2人も一緒に立ち止まった。
ウィルはこちらを振り返り笑みを浮かべて、
「少し、2人で話そうか」
そう言って上を指さした。
今いる場所はちょうど木の下で、ウィルは木の上を指さしているのだ。
そしてそのセリフはリズに向かって言った言葉。
リズはウィルの言葉に眉をしかめて「は?」と返す。
まぁ、ノアも想像した通りの反応だ。
リズがそんな誘いでホイホイ行くわけが無い。…多分。
ノアはチラリとリズを見る。
今日のリズはもしかしたら行くのだろうか?
ノアがリズの反応を伺えば、「行くわけないでしょう!」とはっきりと答えた。
ああ、いつものリズだと安堵する。
リズの返答にウィルは目を細めて、
「あれ?もう木登りのやり方は忘れたのかい?」
リズはピクリと眉を動かす。
ノアは、(ん?この流れは)と既視感を感じた。
「まあ、そうだよね。普通は女の子が木登りするなんておかしい話だもんね」
そう言ったウィルは「ああ、それとも…」と言葉を途切らせて、
「また、ぼくに負けるのが怖いのかな?」
リズはプチンと切れた。
「いいわよ!やってやるわよ!」
リズの言葉に、あーあとノアは思ったけれどスイスイ木を登っていくリズを見て、まあこれでこそいつものリズか、と思った。
久しぶりでもあっという間に登ってくることができた。
やっぱり木登りもここからの景色もリズの心にスっと心地良さを届ける。
とはいえ、今回はあのクソ野郎に焚き付けられた上に、幹を挟んだ隣にまたこいつがいる事が腹立たしい。
今日はこいつとは全面的に関わらないと決めて大人しくしてたのに、ついつい売り言葉に買い言葉でいつもの調子で返してしまったのはうっかりだった。
でも、ここまで登って2人で話したいこととは何だろう。
木の下では、ここまで登ってくる事の出来ないノアが大人しく待っている。
「今日の君は何だかやけに大人しいね」
まるでいつもは騒がしいみたいな言い方をされて、ムッとしてリズはそっぽを向く。
「あら、気のせいではなくって?」
「もしかして、昨日のことでなにか怒ってる?」
図星ではないけれど、あながち間違いでも無いため返答に詰まる。
それに自分でも、これが怒っているのか何なのかがよく分からなかった。
「うーんと、謝った方がいい?」
サラッと言われた言葉にリズはキレた。
「大して思い当たる理由も無いくせんに、それで謝られる方が不愉快よ!」
リズがウィルに対して怒鳴りつければ、ウィルは悩むような仕草をして、
「…そう、なら……昨日のプレゼント、ありがとう」
リズは怒っていたことを忘れるくらい驚いた。
だって、リズの方のプレゼントに対してお礼を言われる訳はないと思っていたから。
もちろんそんなのただの社交辞令の言葉だと分かってはいたのに、口を開いて返した言葉はタジタジになっていた。
「本気で嬉しいと思ってる訳じゃないくせんに…そんなんでお礼なんて言われたって…」
「ヘビはまぁ好きでも嫌いでもないけど、でもあれお手製なんだろう?プレゼントで手作りを貰ったのは初めてだったから嬉しかったよ」
ウィルの言葉からは嫌味を感じなくて、リズは返答に困ってしまう。
「まぁ、部屋に置いとくとメイドたちが驚いちゃうから引き出しにしまってあるけどね」
苦笑いでそう言ったウィルに、リズは何て言葉を返せばいいか分からず結局「…そう」とだけ返事をした。
そして、悩んだ末にリズは口を開いた。
「ヘビ、嫌がらせで渡したことは気づいてるんでしょ?」
「まぁ、いい意味で貰ったとは思ってはないよ」
「…怒らないの?」
リズが恐る恐る聞けばウィルは目をぱちくりさせてこちらを見つめる。
「別に怒らないけど…」
若干しゅんとした様子のリズをじっと見ながらウィルは「そうだなぁ」と口を開けば笑みを浮かべ、
「そんなに気にしてるなら一つ、お願い聞いてよ」
リズは思わず「は?」と喉元まででかかった言葉を飲み込んで務めて冷静に口を開く。
「…なに?」
「デートしてよ」
「……は?」
今度は飲み込むことなく、すんなり口から出た。
こいつ、今なんて言った?
「デート」
ウィルにもう一度言われて、リズはハクハクと口を動かす。
「な、なんであんたなんかと」
「何でも聞いてくれるんでしょ?」
「何でもなんて言ってないわよ!」
「せっかくだから、街の方に行こうか」
「何で、行くことを前提で話を進めてるのよ」
そう言ってリズは呆れるようにため息をついた。
それでもウィルは変わらず笑みを浮かべている。
「それじゃあ、この前の勝負に勝ったご褒美ということで」
「あ、あの勝負は何の賭け事もしてなかったでしょ」
そう、あれはただの勝負にすぎない。
「別に建前は何でもいいよ。君が頷きやすければ」
まるでリズが意地張って行きたくないと言っているようでウィルの方が譲歩しているみたいな言い方をされる。
まぁ、確かに街には行きたいけど…。
という気持ちもあって、リズの返す言葉は弱々しくなる。
「う、頷くわけ…」
「この前のパーティで助けてあげた事でも、2回空から降ってきたことでもいいしね」
「……」
今度は気まずくて返す言葉を失った。
リズはあれこれ言い返すのも面倒くさくなって、もう!という思いで口を開く。
「分かったわよ!その代わりこれで全部の貸しはなしだからね」
「よし、じゃあ決まりだね」
ウィルの満面の笑みを見て、リズは悔しい気持ちでいっぱいだった。
「あー、ちなみに。今回のデートの目的なんだけど、もうすぐ君たちの誕生日だろう?それでノアのプレゼント選びを手伝って欲しいんだ」
リズはもう諦めたような表情でそちらを見つめる。
「だから、今回のデートの目的はノアには黙っていておくれ」
要は、ノアには何も話すなというわけだ。
まぁ、この不本意なデートがノアのためと思えばリズも少しは前向きには楽しめそうだった。
とはいえ、
「良いとは言ったけど、私たち子供ふたりで出かけられる許可が降りるとは思いませんけどね?」
実際に家族とは出かけたことはあっても、リズとノアのふたりで出かけたことは今までない。
子供2人だけでは危ないからと今まで外出の許可が降りたことは無かった。
そのため、いくら母の信頼出来る友人の息子だからといってそうそう簡単に外出許可が降りるとは思えなかった。
そんなリズの言葉にウィルは、「あー大丈夫」と言って、
「ぼくこの前で13になったし」
「………は!?」
リズが「嘘……」と呟いて驚愕の表情でウィルを見つめる。
てっきり同い年だと思っていた。
私よりも4つも年上だったの?こいつ
リズの反応にウィルは苦笑いだ。
何せこの前誕生パーティーに参加した相手が自分の年齢を知っていなかったのだから。
「ぼくに関心が無いのは知ってるけど、少しは興味を持って欲しいかな?」
流石に返す言葉もなく口を閉ざす。
今回のはリズの方に非があると分かっているから。
分かってはいても今日一日を通して何だか、敗北感が否めなかった。
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