第7話 9歳
ウィルの誕生パーティー当日。
リズはドレスに着替えて完璧に仕上げてもらっていた。
パステルカラーの淡い黄色を基調としていて、腰からはふんわりと白いレースが広がり、ドレスは黄色と白のグラデーションで彩られている。その肩の部分はパフスリーブになっていて、袖口は艶のある黄色いリボンで結んであった。靴もドレスの色合いに合わせてつま先の丸い黄色の靴で、かかとが少しだけ高かった。
そして、リズの緑からピンクへと変わる長い髪は編み込まれて耳よりも下の位置に簡単に纏められ、お団子の部分には黄色のリボンでキュッと結ばれていた。
「うう、疲れたあ」
「お嬢様、ぜっったいに寝転んではいけませんよ」
リズがそう零せば、アンリにキツく言いつけられた。
流石のリズも「分かってる」と言って大人しくしているつもりではあるが、このままベッドに寝転がりたい欲にはかられた。
けれどもそれをぐっとこらえる。
「流石にそれはダメだからね」
隣に座っているノアにも言われ、「分かってるわよ!」と強く言い返した。
ノアの方もリズの色合いに近い、茶色っぽい黄色のノースリーブのジャケットと中は白いシャツを着込み、首元は藍色のリボンを巻いていた。白いズボンは7分丈で、足元はつま先がリズより少しとがっている茶色の靴を履いていた。
ここまでアンリたちに完璧に着付けて貰ったのだ。その努力を泡にするか訳には行かない。
そして今日一日、頑張って大人しくしていた自分の努力も泡にしたくない。
「さあ、お嬢様、坊っちゃま。旦那様と奥様に見せに行きましょう」
いつもの格好よりも明らかに動きにくいリズは椅子から降りる時も「うんしょ」と言って降りた。
隣のノアはあっさりと降りている。
ほんと、男子は動きやすい格好でいいわよねと恨めしげに見つめた。
「お嬢様、伯爵家では礼儀正しくですよ」
今日一日口酸っぱくなるほどアンリに言われて「分かってるわよ」と呆れるように言葉を返した。
「おとうさま、おかあさま。お待たせ致しました」
扉を開けて開口一番にリズが口を開く。
リズとノアは2人並んで両親の元へと歩く。
「待っていたよ、僕の妖精たち」
そういうと父はギュッと2人を抱きしめた。
ふふと2人して頬を染めて、父に抱きつく。
仕事で忙しい父とはあまり会う機会がない。だから、こうして会える時間でめいっぱい、甘えるようにしていた。
「さあ、3人ともそろそろ行きますよ」
母の言葉に「「はあーい」」と2人元気に返事をした。
馬車の中で揺られながら、母が口を開く。
「そういえば、ルイがウィルトリア君に会うのって初めてよね」
「ああ、ルバント伯爵からは色々話は聞いているけれど、実際にあったことは無いな」
「会ったらきっと驚くわよ。だって、すっごくかっこよくて、すっごくいい子だもの」
両親の向かいにはリズとノアが行儀良く座っており、ノアは隣のリズが母の『かっこよくて』『いい子』という単語に眉を跳ね上げていたのを見逃さなかった。
けれども、それ以外は本当にいい子にしていた。
「最近、良く家にも遊びに来るようだね」
「そうなの、本当に賑やかになって嬉しいわ。2人も楽しそうだし」
両手を組み合わせてふふと微笑む母に、リズは首を動かすことなくただにっこりと微笑んでいた。
そんなリズに薄ら寒さを感じてブルりとノアは震え上がる。
むしろ、リズがこんなに大人しい方が恐ろしい。
馬車は走り続けて、あっという間に会場にたどり着いた。
ちらほらと他にも人が集まっていて、年齢層はウィルの年齢に近い子供が多かった。特に女の子。
色とりどりの着飾った女の子たちがいて、景色も目がチカチカするぐらい賑やかだった。
そんな中にリズとノア、お互いに手を繋いで中へと入っていった。
「すごい!きれい!」
リズは周りを見渡しランランに目を輝かせた。
本当にリズは思ったことすぐ口にするなぁと、きっとアンリに口酸っぱく聞かされた言葉なんて頭からすっぽ抜けていることだろうと思う。
けれども、ノアだって口に出さなくても同じことを思った。
庭も建物の中も広々としていて、装飾やシャンデリアが絢爛として輝いていて、純粋に綺麗だと感じた。
そのまま歩き進めているうちに、初めはお互いに寄り添うように握ってきたはずなのだが、ノアはすぐにでも走り出しそうなリズの手を握りしめるうちに段々犬の手網を握っている気分になってきていた。
今日は絶対にリズの手を離しちゃいけない。と、頭の中では謎の使命にかられ始めていた。
「今日は息子のパーティにお集まりいただき誠にありがとうございます」
会場の真ん中では、ブロンド髪の男女の姿と真ん中には着飾っているウィルの姿があった。
周りの女の子たちが一斉にウィルに視線を向ける中、リズは今、話をしている父親の方に目がいっていた。
うーん、確かにハンサムだと思うけれど、髭のせいであまり若く見えないなぁ。あいつ、母親似なのね。
と、失礼な事を考えていた。
視線を男性から女性にずらせば、女性の方は化粧の力がなくとも美人だろうという顔立ちをしていた。
そうして自分の周りに意識をやれば、女の子たちはキャッキャとウィルを見て騒いでいた。
実際リズも、ウィルを初めて見た時に人形のように綺麗な顔だと思ったから、女の子たちが騒ぐ理由も分からなくはなかった。
まあ、確かに顔だけならかっこいいのよね、顔だけね!
正直あの日、ウィルの口車に乗せられたことは未だに根に持っていた。
勝負に負けたことには負けた。それは、認める。
けれども、それで大人しくしてると思ったら大間違いなんだから。見てなさいよ。
会場での挨拶が終われば、主役は挨拶回りに順番に訪れる。
そうして、割と早めに挨拶が来た。
「今日は来てくれてありがとう。リモーネ」
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう。サラ」
母親同士、仲睦まじく話している。
「やあ、レインブルディ公爵。今日は息子の祝いの席に来てくれて嬉しいよ」
「こちらこそ、伯爵の自慢の息子をようやくお目にかかることが出来たね」
父親同士は握手を交わしあっていた。
「そうだ、紹介するよ。私の子どもたちだ」
そう言って父が、リズとノアの背中を押した。
リズは背筋を伸ばす。
「はじめまして、伯爵。レインブルディ公爵家の娘、リズ・レインブルディと申します」
「同じく、レインブルディ公爵家の息子、ノア・レインブルディと申します」
2人で丁寧にお辞儀をする。
「よくできた子たちじゃないか」とルバント伯爵には好感触のようだった。
リズは心の中で、よしよしと思った。
「はじめまして、お2人とも。ウィルトリアの母親のサラ・ルバントよ。ごめんなさいね、散々公爵家を訪問しているくせに、こんなに挨拶が遅くなってしまって」
そう言ってルバント夫人は片手を頬に当てて申し訳なさそうな顔をする。
正直、挨拶が遅くなってしまったのはリズが散々逃げ回っていたせいのため、苦笑いを浮かべながら気まずげに視線を逸らした。
「ああ、そうだ。うちの息子だ。ご挨拶を」
ルバント伯爵がそういえば、ウィルトリアが一歩前に進み出た。
それと同時にリズが一気に警戒を強めた。その事にノアだけが気づく。
「お初にお目にかかります、公爵。ルバント伯爵家の息子、ウィルトリア・ルバントです。今日は私の誕生パーティーにお越しいただき誠にありがとうございます」
そう言ってお辞儀をするウィルの動作は優雅だった。
母がまあと感嘆の声をあげる横で、リズは奥歯をギリと噛み締めた。その隣のノアは、リズが舌打ちでもしないかヒヤヒヤしていた。
ウィルの挨拶に「利発そうな子だね」と零す父と「でしょう?」と嬉しそうに返す母の言葉を聞き、少しずつリズは苛立ちを募らせる。
「良かった、来ないんじゃないかと心配していたよ」
ウィルはリズの傍に近寄るとそう言葉を零した。
リズは一瞬眉をひそめたが、瞬時に無理やり笑顔を浮かべる。
「この度は誠におめでとうございます」
ウィルはパチパチと瞬きをしていたが直ぐに微笑んで「ありがとう」と零した。
「君に祝って貰えて凄く嬉しいよ」
「ほほほほ、そんな滅相もない」
2人の会話を聞きながら、ノアはリズの言葉が別の意味に聞こえて仕方なかった。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
(訳:よくもはめやがってくれたわね)
「いや、わざわざ足を運んで貰って申し訳なかったね」
「いいえ、そんなことはありません」
(訳:本当に!)
「今日は楽しんでくれているかい?」
「ええ、もちろん」
(訳:あなたさえ居なければね)
「こんなおめでたい日に天気も良くて良かったですわ」
(訳:土砂降りの雨でも降って中止にでもなれば良かったのに)
「本当だね。天も味方してくれていると思うとうれしいよ」
「天もきっと祝福してるのですわ」
(訳:あんなに雨乞いをしたのに、なんで一滴も雨が降らないのよ!)
「きっと君が来てくれたからだね」
「・・・」
(訳:けっ)
ノアはこっそりと溜息をこぼした。
「そうですわ、こちらお祝いのプレゼントですわ」
リズは後ろに控えていたアンリからキチンと包装された少し大きめの包みを受け取りウィルに差し出した。
受け取ったウィルは本当に驚いたような表情を浮かべていた。
「…まさか、直接君から貰えるとは思ってなかったよ」
「ほほほ、喜んでいただけて嬉しいですわ」
ちなみにプレゼントの中身はノアも知らない。
リズはスゴスゴと密かに準備していて、何をプレゼントするかは教えてくれなかった。後ろのアンリもプレゼントが気になっている様子で、同じく知らないのだろう。
「ありがとう、大切にするよ」
そう言って微笑むウィルに、「ええ、是非とも大切にしてください」と意味深に微笑むリズの姿をノアは見逃さなかった。
薄らと良くない予感を感じていれば、「やあ、ノア」とウィルに話しかけられ、意識をそちらに持ってかれる。
「君も来てくれて嬉しいよ」
「あ、その…おめでとうございます」
ウィルは「ありがとう」と微笑む。
「それで、ぼくからはこれを…」
そう言って両手で持てるくらいの包装された包みを差し出す。
「その、ウィルの好みとかよく分からないから、ぼくのオススメの本にしてみたんだ」
ウィルは包みを受け取り、
「ありがとう。君のおすすめの本なら楽しみだ」
そう言って本当に嬉しそうに微笑んでくれたため、ノアもホッと胸を撫で下ろした。
「それじゃ、次の挨拶周りへ行かないといけないから。また」
そう言ってウィルは片手を上げて次の来賓へと向かう。
「ええ」
(訳:もう二度と来んな!!)
「……リズ、うるさい」
「はあ?」
隣を見れば、何故かノアはげっそりとしていた。
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