第8話 9歳


パーティも中盤に差し掛かり、父も母も大人の付き合いで話し込んでいた。

ノアとリズはそんな両親から離れて2人で歩き回っている。

今も2人で手を繋いで歩き回っているのだが、今日はやけにノアが手を強く握っていた。

その理由に心当たりがないことも無く、特にこういった貴族の集まりではよくあることなのだが、ノアとリズはいるだけで注目の的なのだ。

というのも、2人の見た目が目立つのだ。

特に黄緑色の髪。

昔は周りがヒソヒソと話していても気にならなかったのだが、大きくなるにつれてこういう目立つ容姿は陰口の格好の的になるのだと学んだ。

ノアは社交的ではあるのだが、人見知りで人から悪意を向けられるようなことにはめっぽう弱い。

きっと人知れず不安な思いが現れた証拠だろうと、リズはそう思って手を繋いでいた。先程までは。

どうにも手の握られ方が強いというか、不安と言うよりも警戒している感じがした。


「そんなに強く握らなくっても大丈夫よ」


「いいや、しっかり握っておかないと、何するかわかったもんじゃない」


やけに断定的に言う。そんなに警戒しなくても直接手出しされるわけないじゃない。

ノアのあんまりにもはっきりした口調にひっかかりを覚えながら、リズは呆れ気味に口を開く。


「何もないわよ、別に」


「ダメだ」


「本当に心配症ね」


「当たり前だろう。もうさんざんトラブルを起こしてきたんだ。今日こそは何も無いようにしないと」


ん?とようやく疑問を抱く。

周りから攻撃されることを心配しているのかと思ったが、ノアの言い方からはどうやらリズが問題を起こさないかを警戒しているようだった。

リズは静かに凄むようにしてノアを睨みつけながら、ゆっくりと口を開く。


「…なに?つまり、私が問題を起こすと思って、今まで手を繋いでいたわけ?」


「え、や、その…」


リズの気迫にまごつくノアに、にっこりと微笑めばノアと繋いでいる手を少し持ち上げた。


「ねえ、ノア?まさか、お手洗いにまで付き添ってくるつもりは無いわよね?」


言外に手を話せという意味を込める。

それを察したノアは、パッと手を離した。と同時にリズはすぐにノアに背を向けて歩き出す。

ノアの気が変わってやっぱり手前までついて行くと言い出す前にさっさと退散しないととリズは考えていた。




リズは外の庭で伸びをする。

お手洗いはノアから逃げる口実の為そちらには行かずに、しばらく庭を1人で散策することにした。

本当、ノアには困りものだ。

リズは深呼吸して自然の香りと風を感じ、ようやく肩の力をぬけた気がした。

どうしたってこういう場所では息が詰まる。

もちろん、貴族の家に生まれできたのだから貴族の人間としての義務は承知しているつもりだ。

けれども、慣れる慣れないはまた別の話。

結局リズはこういった人の集まりよりも、自然の中で戯れている方が好きだった。

風が吹き、鳥が鳴き声をあげる。

ノアが余計なことなんかしなきゃ、一緒に連れてきてあげたのに。

リズが自然と見上げた先には、鳥が楽しそうに空を飛んでいた。

鳥と会話なんてできやしない。それでも鳥の感じていることや思っていることは何となくだけれど理解できた。

それは物心着いた時には自然とできた事で、周りの人達には子供ながらの遊びだと思われていた。

けれども、リズは適当に言ってるのではなく、確かに感じ取れていた。それを証明するすべはないけれど、リズ自身もそれが特別な事とは思っていないから、ただ彼らの鳴き声に耳を澄ますだけ。

自然の音を拾うようにただ静かに音を聞くように。


「……〜、…〜〜……い…よ」


ん?人の声。

リズは振り返り、声の聞こえた方向へと歩き出した。

そして、視線を動かしながら探せばすぐに声の正体は分かった。

建物のすぐ傍にある木の下の周辺に、色とりどりのドレスを着た女の子たちがいた。

彼女達は何やら話し込んでいるというか、一人の女の子を木の幹に追い詰めて、その周りをたくさんの女の子たちが囲んでいるような状況だった。

すぐに察しは着いたというか、甲高い話し声がこの距離まで聞こえてきたため何をしているのか把握できた。


「あんな風に気を引こうだなんて生意気なのよ!」


「そうよ!わざとよろけたフリなんかして!」


「自分が男爵の身分で見向きもされないからといって卑怯な手を使うだなんて、品性を疑いますわ」


「ち、ちが、偶然躓いてしまっただけで…」


一人の女の子に寄って集って大勢で詰寄ることに対しては、品性を疑わないのかしら。

リズも貴族の女性として生まれただけあって、すぐに状況は理解した。

いわゆる、女のやっかみだ。

実際にこういった場面に遭遇したのは初めてだが、随分と話の内容はくだらない。

どうやらこの話の中心はあのウィルトリアとかいうクズ野郎みたいで、その彼に向かってよろけてしまったことが原因で彼女はやっかまれているらしかった。

あのクズ野郎にみんな惚れているのだろうが、それで何であんな男に彼女がよろけてしまっただけでこんなイジメみたいな事までしているのか。

リズはあんなのの何処がいいのかと彼女達に問いたくなる。

それにしても、いじめの様子をここから見ていてもずっと堂々巡りの状態だった。問い詰めている人達は、強気でむしろ話を聞かないし、虐められている彼女は気弱ではっきりとものをいえていない。

これじゃあいつまで経っても解決しないじゃない。

それになんだか、いじめられている彼女の姿を見ていてほっとけない感じがした。何だか分からないが謎の使命感のような感情を抱きながら見守っていれば、主犯格らしき女の子がとうとうキレたのか、広げていた扇子をパチンッと閉じると勢いよく振り上げていた。

女の子が身を守ろうと縮こまる。

リズは元々助けに入るつもりはなかった。そりゃあ、寄って集って可哀想だと思ったけれど、結局のところは赤の他人だし、ただの口喧嘩にリズが口出しするようなことはないと思った。それに、ノアだってリズがトラブルを起こすことを危惧していた。別にノアの言う通りにするつもりはなかったけれど、わざわざトラブルに巻き込まれに行こうとするほど馬鹿じゃない。

だから、このまま傍観するつもりではいた。

けれども、咄嗟に身体は動いていた。

背後から、振り上げた扇子をギュッと握りしめる。

主犯格の女の子は驚いたようにこちらを振り向いた。


「だれよ、あんた!」


全員が一斉にこちらを振り向いた景色を見て、あーあと思ったけれどまあいいかと口を開く。

どうやら誰もリズの正体に気づいていないようだし、穏便に片付けようと思った。


「えーと、その、ただの通りすがり?あの、偶然見かけてしまった的な?」


「はあ?何言ってんのよ!」


うーん、締まらないなぁ。

慌てて飛び出したため言葉なんて考えていなかった。


「関係ないならすっこんでなさいよ!気味の悪い見た目をして!」


リズは顔を顰める。

なんですって…?

誰の見た目が気味悪いって?とリズは思わず喧嘩を買ってしまいそうになる口を引き結び、溜息をこぼして冷静に口を開く。


「 黙っていようかと思ったけど、流石に手を上げるのはやりすぎだと思うわ。それに、身分が低いからと虐げるやり方はよくないと思うわよ。そういうやり方は…」


チラリと目の前の彼女を見上げるように睨みつける。


「品性に欠けていると思いますよ」


その言葉にブチッと切れたであろう彼女は顔を顰めて、「この!!」と言って扇子を持った手をこちらに振り上げてきた。

普通の女の子なら叫ぶなりなんなり逃げるなりするのだろうけれど、リズは普通の女の子と違って肝が座っている。

この扇子は避けるとして、その後はどうしようかと考えていた。

その時、


ボトッ___________


何かが上から降ってきて横を掠めた。

全員の視線がそちらに集中する。

初めは木の枝だと思った。ここは木の下だし。

でも、この木の枝は動いた。しっぽがうねる動きを見て、


「きゃー!ヘビ!!」


と誰かが叫べば、ギャーと一斉に逃げ出した。

リズももちろん、本物のヘビだと思い足を後ろに引いたが、すぐに見覚えがあるものだと気がついた。

じっと観察すればそのヘビは動かない。

そしてそのヘビの落ちてきた先、真上を見れば何処かの部屋の窓がある。

あそこか、と閉ざされた窓をリズは睨みつけた。

そのまま窓に向けていた視線を下ろせば、すっかり腰が抜けたのか木の根元に先程までいじめられていた女の子が呆然としていた。

リズはその子に声をかける。


「あなた、お怪我はない?」


「は、はい…た、助けて、頂いて…ありがとうございます」


そして彼女はゆっくりと視線を上げてリズの頭上に目をとめた。


「あ、あの、もしや、レインブルディ公爵家の方ですか?」


ああ、髪色か。

この子は知ってるだと思い、正直に答える。


「ええ、そうね、その通りよ。リズ・レインブルディよ」


そう答えれば彼女は慌てて立ち上がった。

その時に足元のヘビにも警戒するように一瞥して。


「わ、私はアデック男爵家の、ロレイヌ・アデックと申します。この度は、助けていただき本当にありがとうございます」


助けた、ね。


「まぁ、そうね。一応はそうなるわね」


そうして足元に視線を向ければ、全く動かないヘビがそこにいた。

そのヘビをリズはなんの躊躇いもなく掴んだ。

そんなリズの奇行を前にロレイヌは狼狽える。


「あ、危ないですよ」


「問題ないわよ。だって、これ…」


「おや、大丈夫だったかい?」


後ろから声がした。聞き覚えのある男の子の声。

振り返れば案の定、あいつだ。

涼しい笑みを浮かべているこいつに負けまいと、リズは微笑みを浮かべる。


「あら、驚きましたわ。まさかこの会の主役の方が、こんなところまでいらっしゃるなんて」


振り返った先にいたのはウィルトリアだった。

まあ、こいつがこの現場を見ていたことはこのヘビが落ちてきた時点で分かった。

なぜなら、このヘビはリズがプレゼントとして渡したものだから。


「少し落し物をしてしまってね」


「もしかしてこちらですか?まさか、貰ったプレゼントを早々に外に放り投げるだなんて、変わった趣味をお持ちなのですね」


リズは微笑みながら嫌味を込めながら口を開いた。

というのも、このヘビはリズが一から作ったものだった。箱を開けた時に、動きができるだけヘビに見えるように細工をして。

もちろん、これはこいつへの嫌がらせのつもりで渡したものだが、思いのほか愛着を持っていただけに、外に放り投げられた事には少なからずショックな思いがあった。


「ここがちょうど自室の真上だったんだ。やけに騒いでるからなんだと思って覗いたら、少々面倒なことになってるようだったからね」


「それでこれを放り投げたと?」


そう言って手もとのヘビを突きつける。

目の前の奴は降参するように両手を上げて、涼しい顔をして「そうそう」といった。

リズは一瞬眉をひそめたが、もう一度無理やりほほ笑みを浮かべる。


「けれども、ヘビを投げるまで黙って見ていたなんて、随分とまぁいい性格してらっしゃるのね?」


「自発的にトラブルに巻き込まれに行くような事はしないからね。まぁ、よっぽどな事があれば誰か人を寄越すつもりではあったけど、あの程度なら助けに入るほどでもないよ」


その言葉を聞いた途端リズは微笑むのをやめた。

あの程度。確かにリズだって手を出されるまで彼女を助けるつもりはなかった。でも、彼女に暴力が振るわれそうだった瞬間、助けないととすぐ思った。だって、女の子にとって傷を負うのは致命的な事だから。

けれどもこいつは、暴力が振るわれそうでもあの程度ならと、わざわざ助ける程じゃないと傍観していたのだ。


「そう、ですか」


リズは声のトーンを落として返事を返す。

やっぱりこいつ、最低。

ウィルトリアは飄々とした様子のまま口を開く。


「まあ偶然にも、とある方からのプレゼントが役に立ってよかったよ。ああ、そう…」


そう言って一歩こちらに踏み出したウィルトリアはリズの耳元に口を寄せて、


「ヘビは苦手じゃないんだ。残念だったね」


そう言って、リズの横を通り過ぎた。

リズの魂胆なんてバレバレだと暗に言われたのだ。

グッと奥歯を噛み締めるリズの後ろで、ウィルトリアはロレイヌに手を差し伸べていた。


「ロレイヌ嬢、大丈夫でしたか?」


「は、はい…あ、私の名前…」


「もちろん、存じていますよ」


ロレイヌはポウっとウィルトリアに見とれながら、差し伸べられた手に自分の手を添えた。

ウィルトリアはそんなロレイヌに微笑んで、もう一度リズを振り返った。


「さて、私はロレイヌ嬢を会場の方へとお連れするよ。君は?そういえばノアは一緒じゃないのかい?」


そう言われて、そういえばと今になってノアの存在が気にかかった。

さっきはついあんなことを言って逃げてしまったけれど、今頃ノアは会場にひとりぼっちなのだ。

そして、急に心配になる。

ノアがあんなところにひとりぼっちなんて、格好の標的だ。

さっきの令嬢みたいな奴らに罵倒されていないだろうか。

今思えば、いじめられているロレイヌの姿を、何処かでリズはノアの姿と重ねていたのかもしれない。気弱でハキハキ話せない姿は似ているから。

急いで戻らないと。


「私も会場へ戻ります」


そう言って、リズは急ぎ足で会場へと戻った。



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