第4話 9歳


その後は無事に身体も回復し、体力も普段の生活と変わりないくらいになったのだが、それでも医者からは安静するようにと言われた。

きっと熱を出したのも、風邪をこじらせたせいだろうと言われて、またぶり返すかもしれないからと大人しくしているようにと言い付けられた。周りもリズのお転婆っぷりには手を焼いていたため、これ幸いとリズにベッドから出ないようにと絶対安静を強いていた。

いつもなら言う事を聞かないリズも、今回は流石に反省していたため大人しく療養していた。

確かに自由に遊び回れないのは退屈だけれど、いつも隣にはノアがいてくれた。もちろん、ノアだけ遊びに行こうものなら強制的にここに居させるのだが、今は自主的にリズのそばにいた。

コソッとアンリから聞いた話だけれど、リズが熱を出した時も片時も離れずにいたとか。

医者から風邪だと言われて伝染るからと、離れ離れになりそうだった時も大泣きしてリズの傍を離れようとしなかったらしかった。

本当に、そういったところはまだ子供だなと思いつつも、心の中では嬉しかった。

欠けることの無い、もうひとつの心。魂の片割れ。

もしも立場が逆だったとしても、リズだって同じことをした。きっと何がなんでもノアのそばにいようとした。

それぐらいお互いがかけがえのない存在だから。

まぁでも、治ったら早々に遊びに行くけどね。

そうして、2人で寄り添って仲良くベッドの上ですごした。

けれども、意外とリズの我慢の限界は早かった。

3日目にして飽きたと、うずうずと遊びたい欲が高まっていた。

ノアの方は、外で遊ぶよりも本を読んだり室内でいることが好きなため生き生きとしていたが、リズの方は逆に欲求が溜まっていた。

「よし!」と呟いたリズはベッドの上に立ち上がる。

そして、「外に遊びに行きましょう!」と宣言した。

ノアは本を読みながら寝そべっていたが、リズの方を見上げてポカーンとした顔をしていた。


「...おとなしくベッドで寝てるんじゃなかったの?」


「もう飽きた。いつまでもじっとしてるのも退屈だし、もう十分おとなしくしてたんだからいいでしょう」


まだ全然だよとノアは思ったけれど、リズが大人しくしろと言われて言う通りにするわけないか。

とはいえ、3日もリズが大人しくしていたのだから確かに随分な進歩だとは思えた。

もうこの状態のリズでは、ノアには止められない。

諦めの境地のノアはリズの満足の行くままにするだけだった。

そして、リズが部屋を出ようと行動に移した時にドアがノックされた。

あまりにいいタイミングだったため2人して心臓を飛びあがらせる。

そしてドアが開かれればアンリが姿を見せた。


「失礼します。お2人にお客様が...」


そう言ってアンリは床に立ちつくす2人に視線を向けた。

お互いに目を瞬かせたあと、アンリは目をつりあげた。


「お2人とも、まさか外に行こうとお考えではありませんよね?」


察しの良いアンリには直ぐにバレてしまう。

けれども、絶対にバレるわけにはいかない。まだごまかせる。嘘なら口八丁手八丁。


「違うわ、アンリ。私が喉乾いたと言ったからお水を取りに行こうとしたの」


にっこり笑顔で口を開く。

アンリは眉をひそめながら「本当ですか?」と言ってノアを見つめる。

あ、まずい。

ノアはピクリと肩をはね上げる。

心の端で終わったと思いながらそれでも諦めなかった。


「私が急に立ち上がったから、ノアも驚いて後をついて行こうとしたのよ」


「お嬢様は喉が渇いたと言ったんですよね?なのに坊ちゃんはそれを聞いていなかったと?」


しまった、自分で墓穴を掘ってしまった。

直ぐに言葉を返さないと余計に怪しまれる。

言い間違えたと言ってしまおうか。けれども、それだと十分怪しい。

だったら、そのまま押し切る。


「えぇそう、ノアはずっと本を読んでいたから。ノアは集中すると周りの言葉が耳に入らなくなるでしょ?」


これは事実。ノアは1度読み始めるとなかなか返事が返ってこない事がある。そしてそれはみんな周知の事実だ。

その返答にアンリはまだ微妙な表情ではあったけど、それ以上追求する様子はなかった。

リズはこの勢いで話をそらすことにした。


「そういえばさっきお客様と言っていたけれど、誰か来たの?」


するとアンリは思い出したように「そうだった」と呟いた。


「お嬢様のお見舞いにとウィルトリア様がお越しです」


2人して首を傾げた。誰?

全く心辺りがないといった2人の様子にアンリがため息をこぼした。


「ウィルトリア・ルバント様。ルバント伯爵家のご子息、ウィルトリア様ですよ。ほら、いつも遊びにいらしている」


ボクポクポクと頭の中で思い出しながら、「あ!」と叫んだのは2人同時だった。

きっとふたり同時に頭の中でブロンド髪の少年を思い浮かべたことだろう。

そして、だとすればリズにしてみれば大大大問題だった。

だって、こんな状況で逃げ出せるわけが無いのだから。

もちろん、今回は意地でも逃がさないとアンリの気合いも伝わり、連れてきた衛兵に見張っておくように伝えていた。

まるで囚人だ、と思いながら意気消沈する。

もっと早く逃げ出せば良かったと思いながら、ベッドに腰かけた。

ノアは、あの意地でも思い通りにしようとするリズが諦めたと珍しいものでも見るような視線を向けていた。

しばらくすれば扉からノックの音がしてアンリが再び顔を見せる。そして、2人が脱走していないか鋭い視線を1度こちらに向けた。


「お二方ともお待たせ致しました。ウィルトリア様がお越しになられました」


そう言って、アンリはブロンド髪の少年、ウィルトリアを招き入れる。

そして、文句は言わせないとさっさと扉を閉めて退散してしまった。

リズは溜息をつきたいのを必死にこらえた。

そして、社交的な頬笑みを浮かべた。ただし目は笑っていない。


「お初にお目にかかりますわ。こんな格好で申し訳ありません。レインブルディ公爵家の娘、リズ・レインブルディですわ。こっちが弟のノア」


ベッドの傍でポツンと立つノアがペコッとお辞儀する。

リズはベッドに腰かけたままだ。療養中ということだし別にいいだろうと思った。


「初めまして、ぼくはルバント伯爵家の息子ウィルトリア・ルバントと申します。ようやく、しっかりとした挨拶が出来ましたね」


は?と微笑むウィルトリアに対して思った。

それは嫌味かと思いながら、何とかその言葉を飲み込んで、リズはその言葉を無視して続ける。


「こんな所までわざわざ足を運んでくださりとてもありがたいのですが、なにぶん病み上がりですのであまり長くはお話ができないのです」


言外にさっさと帰れと意味を込めてだ。

逃げられないのなら、後は追い出すの一択だった。

近くにいるノアの顔は見えなくても、え、嘘だ、と言いたげな表情をうかべていることだろうと思う。

とにかくこいつとは長く居たくない。何というか、この子が来てから悪いことが続いている気がした。

まぁ、屋根から落ちたのも木の上から落ちたのも自業自得だが。何だったら助けて貰ってもいるのだけれど、それは1度棚に上げておくことにした。


「そうなんですね、そんな大変な時に来てしまって申し訳ありません。では、また日を改めますね」


は?とリズは微笑みながら思った。

もう来んなと思ってるのに、何でまた来る話になってるの?

若干ピリついた空気を察したノアは後ずさる。

ウィルトリアはそんなリズの様子に気づいているのかいないのか分からないが、平然とした顔で微笑んでいた。


「そうだ、これ良かったら」


そう言うと彼は目の前に花束を差し出してきた。

何か持っているなとは思っていたが、とにかく追い出したい一心のリズはあまりそちらを見ていなかったため気が付かなかった。

花は、ピンクと紫の色合いが見事に綺麗だった。

リズはそれを素直に受け取る。

花は好きだった。自然の中で咲く、その美しさに惹かれるものがあったから。

リズは素直に「ありがとう」と言った。彼はリズの言葉に対して、嬉しそうに微笑んでいた。

そうしてリズは、しばらく思案した後に口を開いた。


「木から落ちた時と、その、この前の時も助けてくれてありがとうございました」


リズはもうこの男の子とは会うつもりはない。

ならば今ここで言わなければきっと言う機会を逃してしまう。だからと、今言うことにした。

リズの言葉にウィルトリアはぱちぱちと瞬きをしていたけれど、直ぐに微笑んで「どういたしまして」と返した。


「それじゃあ、あんまり長居しても迷惑だろうし...」


という言葉にリズは頷きかけて、慌てて思いとどまった。


「また別の日に来ることにするよ」


.....は?

リズはもう一度にっこりと微笑んだ。


「...また、来るの?」


ウィルトリアは頷く。


「うん、だってあの時が原因の療養何でしょ?」


ん?


「だったら、その時の詳しい事情を知ってるのはぼくだけだろうし」


あれ、何かこれは...


「でも、それが周りにバレたら大変だろう?」


もしかして、おど、されてる...?


「それに、君だって色々と気になってるんじゃないかな?」


リズは押黙る。

気になっていることは事実だったから。


「だから、まあ、秘密を共有できるもの同士、仲良くしようね」


ウィルトリアはそう言って満面の笑みを浮かべた。


...絶対に、嫌!!


そうして最後に挨拶だけしてウィルトリアが


出ていった扉に、思わずに花束を投げつけそうになりながら、リズは花束をギュッと握りしめる。

何かを感じ取ったノアは、また1歩後ろに後ずさった。

リズは花束を握っている反対の左手をベッドの上に這わせて、手に触れた枕を掴めば精一杯ぶん投げた。

そして、枕がドアに叩きつけられると同時に「もう二度と来んな!!」と叫んだのだった。

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