愚者が往く、アナタの許へ

彼が目を覚ますと、そこは見知らぬ洞穴の入り口。
“私は、誰だ──”
何よりも初めに抱いた疑問はそれだった。
己が何者なのかという原点。
しかし無情にも、それに対して答えを与えてくれる者は周囲に存在しなかった。
孤独。冷たい風が吹き抜けた。
洞窟の入り口より窺える景色は深き緑。
陽光の一切を遮断する枝葉生い茂った樹海が、ひたすら彼の前方に影を生み出していた。けれど、それに対して彼が恐怖を覚える事はない。何しろ彼には記憶がない。ゆえに気にする心の余裕もなかった。
彼を苛んだのは孤独。閉鎖的な現在。
過去を失い、未来の展望も見失っていた彼には、頑張って今を生きようという発想に至れなかった。だから碌に立てもせずに座り込んだまま、己の周囲をただ見上げた。
しかし、いずれにせよ。
時は進み、現実は変化を…続きを読む