第8話 暴と長
目を覚ますと既に
時計を見るがそう急ぐ時間でもなかった。
「おはようございます。お嬢ならもう出られましたよ」
寝起きでなかなか開かない目を擦りながら歩いていると
「あれ、今日から俺と一緒に学校行くって………」
「詳しくは知りませんが委員会の急用らしく慌てて出て行かれました。なのでこれを────」
神室木隗は持っていた包みを差し出した。
「お嬢のお弁当、渡しておいてください。
「はあ、それはいいんですが………学校の場所が分からないんで初日くらいは一緒に行きたかったんですよ」
「そんな時こそ文明の利器ですよ。ネットで調べれば簡単ですって」
そう言われ、手に持っていたスマートフォンで昨日廻に教えられた学校名を調べる。確か『よみつぐがくえん』だったよな。
「………おお、すげえな」
「ふふ、驚かれるのも無理ないです」
中高一貫であり現神町唯一の私立学校、日本最大のマンモス校とされており、また超一流の進学校でもあるとネットに書いてあった。
「こんな場所に今日から行くのか」
「そう緊張なさらずに。一生くんなら大丈夫ですよ」
「いやいや、勉強に自信ないですって俺」
「ああ、それなら心配ないですよ。お嬢だって成績は学年で下から数えた方が早いし、何より
「内申や素行の良さってこと?」
「それもそうでしょうが、結構自由な場所なんですよ。学力の相対評価よりも個性の絶対評価が成績を決めるにあたって重要視されるちょっと変わった学園なんです」
「個性の絶対評価ですか」
だったら廻は優秀なんだろうな。あんな中学生は滅多にいないと思うし。
「だから一生くんなら大丈夫なんですよ………君の通り名なら既に知ってますから」
「通り名って………姉さんが言ったのか」
「ええ、ミーティアさんから聞きました。『まさに武勇伝! 流石は我が弟!』だなんて誇らしげに語られてましたよ」
だってそりゃあ、姉さんが勝手に付けた通り名だからな………でも鼻が高いぜ、姉さんが褒めてくれるなんて滅多にないからな。
こういうのって、直接言われるより他人から聞いた方が嬉しいってもんだ。
「では立ち話はここまでにして、朝食にしましょう。既に居間の方に用意してありますので自由に召し上がってください」
そう告げると神室木隗は
俺も早く朝食を済まして準備せねば。
これから慣れない場所に向かうってんだから早めに出発した方がいいに決まっている。
──────
─────
────
朝食を済まし、自前の学ランに着替えてから逢瀬家を出発した。スマートフォンの地図に従いながら歩いていると徐々に制服集団がチラつき始める。
この集団と歩いて行けばきっと着くだろう。
そんな風に考えていた矢先、辺りから視線を感じた。横目で見てみると数人がこちらを見てひそひそと話していた。
「なあ、見ろよ」
「あれってうちの制服じゃないよな」
「じゃあ、あの人が例の?」
「何かガラ悪くねえか?」
「あれが不良ってやつ? うちにも何人かいるけどちょっと違うねー」
「関わらない方がいいかな」
聞き耳を立ててみたが俺の事が噂になっているようだ。どれほどの規模なのか分からないが『例の』だなんて言われている時点で大多数の人間が知っているに違いない。
何だか気まずいな。関心の目なのか知らないが悪い事をした気分になる。とにかく心地の良いものではない。
しかし、それは一瞬だった。
一瞬にして彼らの視線は他へ移った。
「あ、やべ………」
「ちょっと、端寄れよ」
「何でこんな所に………」
そんな呟くような声が周りから聞こえた。
その視線の先────
数メートル先には俺の進行を妨げるかのように仁王立ちする男がいた。しかもこちらを向いている。周りの集団と同じ制服を着ているのを見ると黄泉継学園の生徒のようだ。
「やあやあ、君が例の転入生かい?」
やはり俺目当てだった。
「そうだけど………何か?」
「何かあるから声を掛けたんだろう?」
それほど注視してなかったが周りを歩いていた生徒たちはこの男を避けるように横切って通ったように見えた。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「何処に?」
「登校初日なら案内が必要だろう? この
ショートヘアで明るい様子を見るに爽やかなイメージだが、その右腕には【暴】と書かれた腕章が付けている。
なぜ俺の通り道や登校日を知っていたのかは謎だが案内してくれるというなら願ってもない状況だ。
隗さんが言っていたように『個性の絶対評価』である黄泉継学園なのだから謎めいた生徒がいても不思議ではないのかもしれない。
兎にも角にも。
奇しくも撫城弥琴とは同じクラスだった。
それを知ってて俺を出迎えたのか、もしくは偶然なのか分からないが、迷う事なく来れたのは幸いだ。
「さあ入った入った」
2年A組の前で撫城弥琴は立ち止まる。
どうやらここらしい。
「でも先ずは職員室に行くもんじゃないのか? ほら転入生って担任に紹介されてから入室するもんだろ」
「ああ、大丈夫だよ。その他諸々は
真王ちゃん? 急に人名らしいのが出てきた。
「やけに慣れた言い方だけど誰なんだ?」
「この学園で
「ま、それは追い追いわかるから。じゃ、記念すべき第一歩、行ってみよー」
撫城弥琴はポンと俺の背中を押した。
不本意な入室となかったが晴れて登校した訳だ。しかし、それとは裏腹に俺を見るクラスの目は冷ややかでないにしろ、やはり心地よいものではなかった。
「なーに、気にすることはないって。皆慣れてないだけ────」
続いて撫城弥琴も入ってきた。
「────まずはこのクラスのボスに挨拶しないとね。ほら、僕について来て」
周りの視線を気にもせず撫城弥琴は教室の奥にいる1人の女子生徒に話しかけた。
「おはよう、
「あら、挨拶なんて久しぶりね撫城弥琴くん」
「女の子にフルネームで呼ばれるなんて嬉しいけどさ、今のは
「はいはい、おはよう、撫城くん。それよりも何よ、転入生の紹介に来たんじゃないのかしら?」
「そうそう。彼が今日から僕らのクラスメイトになる
撫城弥琴は俺の方に視線をやる。
「彼女が学級委員長の
再び俺の背中をポンと押して俺は依代雲母と向かい合う形になった。
依代雲母は見た目と言動が一致するほど『ザ・お嬢様』って感じだった。それに加えてキツそうな見た目が威圧感を出している。
「はじめまして。撫城くんの紹介の通り、このクラスの学級委員長を務めている依代よ」
「あぁ、よろしく」
何だろうこの感動は。この町に来てやっとマトモな人間に出会えたって感じがする。
「ここに来るまで大丈夫だった? 撫城くんに変なことをされたり聞かれたりしたかった?」
その質問に多少戸惑うが、出会い頭の状況さえ除けば大して『変なこと』は無かった。
しかし、その質問に口を開いたのは撫城弥琴だった。
「何だい依代ちゃん。僕は彼を真っ直ぐここに連れて来ただけだぜ? それにまだ何もしちゃいないさ」
「まだって何よ。これから何かするみたいな言い方ね」
「ほ、ほら………友達としてのスキンシップさ。お互いのことを知らないと関係は上手くいかないだろう?」
「まあ、轍くんは君と違って真っ当な人間でしょうから一先ずは安心したわ………でも彼に何かしてみなさい。即、生徒会長に言いつけるわよ」
生徒会長という言葉に撫城弥琴は青ざめた。
「わ、分かったって依代ちゃん………じゃあ轍くん、そろそろホームルームだから席に着こうか。君の席は窓際の1番後ろだから。そんで僕がちょうどその真横」
完全に脅されていたな。
生徒会長の名前を出されるあたり撫城弥琴は爽やかなキャラの反面、相当なギルティを背負っているのだろうか。
席に着くとちょうどチャイムが鳴った。
「ああ、そうだ。轍くんがやけに注目を浴びる理由を教えておかないとね」
思い出したかのように撫城弥琴は呟いた。
その理由は割と単純で稀有なものだった。
本来、私立黄泉継学園は編入制度が設けられておらず、さらに高校からの入学を認めていない。つまりは中等部から進級せねば高等部に上がれないのだ。
しかしまあ、そんな背景があるのに俺はひょっこりと転入してきた訳だ。そりゃあ変な目で見られるか。
「だから君は特例というか異例なのさ」
「でも避けられてる感じがあったんだが………それだけの理由でそうなるとは思わないけど」
「ああ………それは、そうだね。きっとそれには別の理由があるんだと思う」
撫城弥琴は妙に口をつぐむ。
「何か知ってるんだな?」
「………まあね、ていうか全校生徒知ってると思う」
「それってどういう────」
言い終わる前に教室の扉が開いた。
それと同時に前列に座っていた依代雲母が「起立………礼」と号令をかける。
おはようございます、と生徒たちが挨拶し依代雲母の「着席」と共に座る。
「あれが僕らの担任、
と撫城弥琴は勝手に耳打ちしてきた。
「はい、おはよう。皆知っての通り、転入生が来たなー………ええと、自己紹介とかそういうのは個人的に済ましておけばいいか。というよりも風紀委員長から皆聞いてるからその必要はないか」
風紀委員長から?
「はい、ホームルーム終わり。あ、号令いいからね依代」
そう言って天音想兼は教室を出て行った。
それと同時に撫城弥琴が話しかけてくる。
「言いたい事わかるよー、天音先生いっつもあんな感じなんだぜ。全くユルすぎる」
「いや、それじゃなくて風紀委員長って誰? そいつが俺のことを言いふらしたの?」
「そうだぜ。ちっちゃいくせにハートは誰よりもビッグでホットな
そのキャッチコピーはどうかとは思うが、何でわざわざそんな事を。というか今朝早く家を出たのは風紀委員の仕事があったからなのか。
「最初は何事かと思ったぜ。中等部棟からわざわざ
だなんて言うからさ。皆キョトンとしちゃってね。それから他のクラスでもゲリラ演説を繰り返して結果として全校生徒が君の名を知ってるって訳さ」
「廻のおかげ………いや、廻のせいなのか。多分仲良くしてやってくれって意味を込めたつもりが今じゃ空回りしてるじゃねえか」
まあまあ、と撫城弥琴はなだめる。
「全く………健気じゃないか。血の繋がりがどうとかは置いといて、知らない場所に来る君の為にやった事なんだから」
「そう考えると確かになあ」
「だろう? 天涯孤独のあの子にとって君は大切な存在なのさ」
そのセリフには違和感があった。
「………何で知ってるんだ、廻が天涯孤独だって」
撫城弥琴は「しまった」と言いたげな表情を見せる。
「………まあ僕の職業柄ってやつさ」
職業? 学生だろうが。
「その腕章に関係があるのか?」
さっきから気にはなっていた【暴】と書かれた腕章について聞いてみることにした。
「ああこれね………まあ関係はあるよ。だって僕は新聞部部長だからね」
新聞部?
「暴力、暴言、暴発、暴走………考えれば考えるほど危なっかしく思えるだろうけど、僕の腕章の持つ意味は『
撫城弥琴が説明するに表上は新聞部として活動しているが実際には現神町内の噂や都市伝説を追っては世間に暴いているようだ。
まあ俗にいうパパラッチのような存在だ。
それにその活動は本来ならば差し押さえされてもおかしくないのだが、生徒会長の「
「んー、だからさ………結構廻ちゃんは
「だから知ってたのか」
「まあ廻ちゃんと面識はあるけど危害は加えてないからさ、変に僕を警戒しないでくれよ」
「そういう事なら別にいいけど………」
しかし今朝、撫城弥琴と出会った時の周りの雰囲気と依代雲母が俺を心配していた事が引っかかる。
「何で周りは
「その理由か………ならもうすぐ分かるよ」
「もうすぐ?」
すると依代雲母が撫城弥琴の席に近づいてきた。何やら険しい顔をしている。
「ちょっと撫城くん!」
「おや、今日はよく話すねえ依代さん」
「あれほどクラスに揉め事は持ち込まないでって言ったじゃない。D組の佐藤くんが教室の外であなたを待ってるわ。何とかしなさいよ」
揉め事? トラブルか?
少しばかり反応しちまった。
「嫌だね、というかD組に佐藤なんていたっけ」
険しい表情の依代雲母とは違い、撫城弥琴は涼しい顔で言った。
「まあ、どのみち用があるのはあっちだろう。だったら僕から出向く必要なんてないって。それにもうそこにいるじゃないか」
途端に教室のドアが大きな音を立てて開く。
そこにはがっしりとした体格の男子生徒が鼻息を荒げて立っていた。教室を見渡し撫城弥琴を見つけると近寄って来る。
「あー、君か。こんなにいい朝だってのに怖い顔をしてるねえ。まるで悪事が暴かれて大学推薦の取り消しや大会記録が抹消されたような顔じゃないか」
向かって来る男子生徒に対して言っているようだが撫城弥琴は視線を変えることなく天井に話しかけていた。
佐藤は何かを撫城弥琴の机に叩きつけた。それは彼本人が写っている写真やFAX文書だった。
「全部台無しにしやがって!一体何のつもりだよ撫城!」
「なーに、お礼は後でいいぜ。本来の君をみんなに知って欲しかっただけだからさ。これからはその写真のように弱者をいたぶり、強者に媚びへつらうような人生を送ればいいさ」
「………てめえ。俺にはもう失うものはねえんだぞ、だからこの場でお前を────」
そこで撫城弥琴は初めて佐藤の目を見る。
その眼光は鋭かった。
佐藤は言葉を詰まらす。
「失うものはまだあるだろう………それに何だい、僕をどうするって?」
「俺の空手での功績は知ってるよなあ? 今となっちゃそれすら抹消されたがな」
どう見ても一触即発な空気なのに撫城弥琴は煽るように相手を逆撫でする。
「空手? それなら僕でもやってるぜ………ただし、通信空手だけども」
佐藤は撫城弥琴の態度に耐えきれず胸ぐらを掴まれる。撫城弥琴は避けようとはしなかった。
むしろ、「おい、新調したばかりなんだぜ」と制服の心配をしていた。
それを聞いて激昂した佐藤は拳を撫城弥琴の顔面に目掛けて振り下ろした。
体格差からして当たれば大怪我は必然────そう思わせるほどの勢いを感じさせた………が紙一重で撫城弥琴の顔を
「ヒュウ」と撫城弥琴は元の涼しい顔で言ってみせる。
「今のはビビったぜ。優しいね佐藤くん、あんなに煽った僕に対してまだ
いやいや。
殴らなかったんじゃなくて、避けたんだろ。
すると、廊下の方から慌ただしい声がする。
「こちらです!」
「A組って事はまーた撫城弥琴ね」
その声と共に現れたのは女子生徒だった。
凛とした出で立ちに綺麗にまとまったポニーテール………それに右腕には【総統生徒会長】と書かれた腕章。
総統生徒会長?
なんだそりゃ?
「やあ、
「やあ、じゃないわよ。それに私のことは真王生徒会長と呼びなさい………そしてこの状況を説明してくれるかしら?」
未だに胸ぐらを掴まれているが撫城弥琴はお構いなしに説明を始める。
「実はさー、この人がいきなり乗り込んできてさー、僕の胸ぐらを掴んで殴ってきた訳、まあ避けたけど」
それを聞くなり、真王は近くにいた依代雲母に話しかける。
「そうなのかしら依代学級委員長?」
依代雲母は急に指名されたので慌てた様子で「はい」と答える。
「なるほど。珍しく今回は
佐藤は撫城弥琴を掴んでいた手を放し、真王と向かい合う。黙りこくっていたがその顔にはまだ怒りが満ちている。
「言い分だと………まずは生徒会長のお前が
「あなたの件なら既に耳にしているわ………私は嘘が大嫌いなの。だから表向きは空手界のホープなんて言われてるあなたの本性が、ただの弱い者イジメをする下衆な人間と知った時は落胆したわ。それに撫城くんには感謝することね」
「はあ?」
「あなたは裏で法に触れるギリギリのことをしている、それも人を使ってね。それら全ては撫城くんが調べて私に報告済みなのよ」
真王はそのまま話を続ける。
「何で全てを公にしないか分かるかしら………それが本来のあなただからよ。
「好き勝手言うんじゃねえ! お前らには迷惑かけてねえだろ………なのに、人の敷居にコソコソ入り込んでチクリ入れるのが正しいってのかよ!」
「表面上の正しさなんて暴かれれば、それはただの悪。言ってしまえば撫城くんに目をつけられた佐藤くんが悪いのよ」
為す術もない────まさに佐藤はそういう状況下だった。具体的に何をしたのかは聞いてるだけじゃ分からないが撫城と真王の連携で佐藤の社会的地位が抹消されたという事は理解できた。
黙って見ていた撫城が口を開く。
「それに昨日付けで退学処分じゃなかったっけ。つまり君は
「…………」
失意に満ちた佐藤は教室から出ようと歩き始めた。どうやら諦めがついたようだ、この表の世界に。
「待ちなさい」
何故か真王は呼び止めた。
「………何だよ」
「不法侵入、及び傷害未遂………この学園内の法律は私よ。逃がす訳ないじゃない」
「これ以上、俺をどうするってんだ」
「私がここに来たのは喧嘩の仲裁ではなく、部外者が侵入したと聞いたからよ。よくもまあ堂々と
「言ってる意味が分からねえぞ」
「………無傷で帰れると思わないことよ」
真王はゆっくりと佐藤に近づく。
何かを察したのか佐藤は構える。真王の目は先程とは違い、冷たい目をしている。
「撫城、真王は
「まあ見てなって。あんな可愛い子が総統生徒会長になれた由縁が分かるから」
ゆっくりと近づく真王は近くにいた生徒に「これ借りるわね」と言い、筆箱にあった鉛筆を拝借した。
「HBか………よく研がれてるわ。今からこれ1本であなたをねじ伏せる………手は汚したくないからね」
「ち、近寄るんじゃねえ。もうここには戻ってこねえし報復もしねえ」
しかし真王は聞く耳を持たない。
「あなたの場合は
真王は持っている鉛筆を佐藤へ向ける。
「この鉛筆にあなたの拳が勝てれば見逃してあげるわ。まあ、無理だと思うけど………ペンは
その言葉に佐藤はキョトンとする。
ふざけた事を言っているように思ったのは俺を含める周りにいた生徒も同じだ。しかし、撫城弥琴だけがケラケラと笑っていた。
「空手ならバットとかを蹴りでへし折るらしいじゃない。これは鉛筆だからチョップでいいかしら?」
「ほら」と鉛筆の両端を持って佐藤の目の前にかざす。真王は『やれるもんならやってみろ』と言わんばかりの表情だ。
冗談だろ………俺でも出来るぞ。
いや、よく考えてみれば真王とてこの学園の生徒だ。それに生徒会長って立場もあるからな………温情をかけて逃すつもりなのだろう。
しかし予想は大きく外れ、冗談にも思われた遊びのような『瓦割り』ならぬ『鉛筆割り』は最悪の結果となったのだった。
────時間は流れ、昼休みの教室。
「あれじゃもう空手は出来ないだろうね。何かを思いっきり殴るのに抵抗でも生まれたんじゃないかな」
「トラウマだろあんなの」
「でも轍くんは出来そうって顔してたよね?」
「あの状況なら誰だって挑戦するだろう」
振り下ろした佐藤の右手は鉛筆に当たるなり簡単に
その後すぐに佐藤は生徒会によって学園外へ出され、永久追放となった。
1限目が始まるとの事で真王は早急に準備するように促し、何事もなかったかのように平常運転に戻ったのだった。
「あの鉛筆、鋼鉄の棒みてえだったな」
「そうだったんじゃない?」
「いや、どう見ても鉛筆だったろ」
「仕方ないなあ」と言い、撫城はゴミ箱からさっき使われた鉛筆を拾い、俺の前に持って来た。
実は鉛筆を貸した生徒は気味が悪いという理由で真王から返してもらうとすぐにそれを捨てたのだった。
「ほら、持って。さっきの真王ちゃんみたいにさ」
撫城から半ば強制的に鉛筆を渡される。
手にとって分かるが鉛筆独特の木の感触と重さがある。自分で鋼鉄と言ったがまるでそうは感じられない。
渋々、鉛筆の両端を持って撫城の前にかざす。
「もし僕が鉛筆を折ったらどうする?」
「何か賭けるのか?」
「じゃないとただ僕が鉛筆を折ったバカじゃないか。ほら、何でもいいからさ」
「じゃあ………昼飯、食堂で何でも買ってやるよ」
「いいねえそれ。轍くんならジュースくらいだと思ってたけど太っ腹じゃないか」
撫城は右手を振り上げた。
「分かった分かった、いいからやれって」
「はいよ」の声と同時に鉛筆はいとも簡単にポキっと折れた。撫城弥琴の右手はもちろん無傷だった。
当然の結果ではあるが、さっき見た光景が頭を離れないので少し呆気にとられていた。
「真王ちゃんは凄い人なんだぜ。まあきっと、何かタネがあるのさ………それよりもほら、食堂行こうぜ轍くん」
陽気なテンションの撫城弥琴に手招きされて俺は席を立つ。
「あ、そうだ。これを渡すんだった」
廻の弁当を預かっていたのを思い出し、今から食堂に来るように廻のスマホにメッセージを送った。もっと早めに送れたのだが、真王の一件が頭を離れずすっかり忘れていた。
「早く行こうぜー」
「わりぃ、今行く」
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