第11話 夢意識世界


後ろから気配がすると思って振り向いてみりゃあ知らねえオッサンがいた。


多分あの倉庫で寝ていた奴らの1人なんだろう。眼帯していたし見るからに悪そうな雰囲気だった。


どこで拳銃を仕入れたのか知らないが、その銃口は俺たちの方に向けていた。オッサンは片目しかなかったがそれだけで十分だった────『ああ、これから俺たちを撃つんだな』って目をしてたからな。


そんな状況ってのにめぐるは呑気に月なんて眺めてやがるから気付いてなかった。


こうなりゃあ、やる事は1つしかない。


俺がこいつを守る。


俺より小柄で助かった。おかげで身を呈して銃弾を受けきれた。意識が途絶える寸前、何とか「逃げろ」と告げたが廻の性格じゃ………立ち向かうんだろうな。


助けるついでに抱き締めちまったが………あいつの体があんなに小さいとは思わなかった。


少しでも力を入れたらポキっと折れちまいそうな気がした。まあ性格とのギャップがそう思わせるのかもしれない。


逢瀬あわせ家の事情で世間様から毛嫌いされ、13歳にして天涯孤独となった────しかし、そんな事すら忘れてしまうくらい強情で強靭な心を持ったちょっぴり強がりな女の子。


───生まれ変わったらまた会いてえな。


段々と感覚がなくなる。


鈍く、冷たく、視界は暗くなっていった。


────────


──────


────


兎にも角にも。


気付けば俺は真っ白な空間にいた。


俺の中で真っ白な空間と言えば、だだっ広い空間でデカい砂時計が置いてある1日が1年分になる修行部屋を連想させるのだが、ここには何も無い。


有るのは俺だけ。


『死んだら何も無い』と誰かが言っていたが、俺がいるこの空間こそが死後の世界なのかもしれない。


生まれ変わりや天国地獄の存在なんてのは実はなかったのかもしれない。


あーあ、生き返ったらこの事実を本にして出版したい。そうすれば世界中の人が今ある人生を死ぬ気で謳歌するだろうに。


「おーい」


しかし暇だな。俺はこの空間にずっと居るままなのだろうか。


「聞こえてるのか?」


それに腹減ったり、眠くなったり、便意もあるんだろうか。


………いや、待てよ。実はこれは夢で、そこで諦めたら人生終了ですよって瀬戸際なのかもしれない。三途の川を渡らなきゃ生き返るって描写は漫画でよく見たからな。


「そろそろ怒るぞ?」


よし、じゃあ5まで数えてから開眼だ。


1、2、3、4────


「おい!」


「うわあ!」


耳元で急に大声を出された。


目の前には短パン一丁の子供がいた。鋭い目をしていて髪はかなり長い、年齢は見た感じだと10歳くらい。


………まさか閻魔大王………ちゃま?


「可愛く言うんじゃない。それにわしは地獄の裁判官ではないぞ」


さっきまで何もなかったのに気が付くと子供は木製の椅子に座っていた。


「じゃ、じゃあ誰なんだよ」


短パン一丁の子供はやれやれ、といった素振りをみせる。


「ったく、さっきから呼びかけてんのにシカトはひどいじゃろ、全く!」


「だから誰だって」


「やい! 散々シカトしといてそれは無いじゃろがい。最近のガキはマナーってもんがなってない!」


いや、お前もガキだろう。半裸の短パン小僧にマナーなんて説かれたくねえよ。


「何だと………この麟業屋実果槌りんごやのみかづち様を侮辱するのか?」


あれ?


「今、口にしてなかったけど」


「あれもクソもないわ。この夢意識むいしき世界じゃあ、口にしたって頭で思ったって一緒なんじゃよ」


何言ってんだこのガキ。

それにさり気無く自分の名前に様付けてたろ………というか名前長えよ、もう1回言え。


「そうなのか、気をつけるよ」


「使い分けたって儂には全部聞こえておるんじゃからな………生月いくつきよ」


「いくつき?」


「お前さんの名前じゃろうが」


「俺の名前は轍一生わだちいつきだぞ」


「それは今の名前じゃろが。死んだ勢いで記憶がぶっ飛んだかのう」


「えーと………」


何て呼べば。


「ええい、相変わらず知性は低そうよのう────麟業屋りんごやと呼べ」


まばたきすると麟業屋は木製の椅子ではなく今度は革製の豪勢な椅子に座っていた。おまけに机まで出て来やがった。


普通なら今すぐに説明してほしい状況であるがこの空間に来た時点で大半のことには驚かなくなってしまった。


「麟業屋、『今の名前』ってどう意味だよ?」


また瞬きをすると今度は右手に古びた手帳を持っていた。瞬きするほど何か起きるのかと思い10回ほどやってみたが何も変わらなかった。


「阿呆、ちょっと待っておれ」と麟業屋は念入りにその手帳を読み始めた。


ページのめくる音だけが聞こえる。時々「ふむふむ」と言うだけで俺はじっとしていた。


数分経つと麟業屋はパタンと手帳を閉じた。


「大体の事情は把握した………全く、お主は先手を取られるのが好きなのか」


麟業屋はそう呟き、立ち上がる。そして何故か机に座った。


「儂は中立である故に詳しい事は言えぬが………お前さんには記憶が抜けておる────それも超重要な記憶がな」


「記憶喪失って意味か………変な事を言うがそんな記憶はないぞ」


記憶喪失になった記憶がない────不思議な響きだが生まれて物心がついてからの記憶はしっかりと覚えている、という意味だ。


「ほう………今年の4月10日火曜、何をしてたか覚えておるのか?」


「それって一昨日おとといじゃねえか。もちろん覚えている、なんせ出発前日だったからな」


麟業屋はニヤニヤしている。


「では聞かせてもらおうかのう」


あの日、俺は現神町に行くための荷造りをしようと家に帰ったが、既に荷物は親父によって現神町へ送られてて────


「ふむふむ」


服が汚れてたから着替えた。その後に残っていた貴重品だけまとめて早めに寝ようと思ったけど姉さんから連絡が来て、その時に桔梗が原駅で待ち合わせする事を決めた────


「続けて続けて」


それで時間も場所も決まったから最後に家の戸締まりをチェックして布団を敷いて寝た。


「以上?」


「以上だ」


「じゃあ聞くが………何でそこから話し始めたのじゃ? 普通、『その日のことを話して下さい』と言われたら朝一から始めるのが筋じゃろう」


そう言われ、思い出してみる。


………あれ。


「な、言ったじゃろう。お前さんの記憶は抜けておるんじゃよ」


「でも何で?」


「そこは言えぬ。まあ、お前さんならいずれ辿り着くじゃろうて」


麟業屋はパチンと指を鳴らす。


俺の視線はストン、と落ちる。急に床が抜けたような感じだった。正確には床が抜けたのではなく俺の腰が抜けただけで、俺は無意識に木製の椅子に座っていたのだ。


「聞きたい事が多いじゃろうが夢意識空間と言えども時間は有限じゃ………まずは儂からお前さんに説明せねばならぬ事があるから心して聞くんじゃぞ────」


真剣な表情で麟業屋は俺を見るが最後に「命に関わるからな」と付け加えたのが俺にとっては滑稽で仕方なかった。


だって死んだじゃん俺。


────


───


──


麟業屋実果槌りんごやのみかづち────それがこの子供の名。


人智を超越した絶対的存在。


信仰心が生み出した尊崇、畏怖すべき存在。


俗に言う───『神様』と麟業屋は言った。


しかし俺にとってそれは驚きではなかった。何せ死後の世界なのだから神様という存在に出会ったとしても不思議ではないからだ。もしかしたら死神かもしれない。


麟業屋はまずこの真っ白な空間について説明を始めた。


ここは『夢意識世界むいしきせかい』───物質と精神の狭間にある不透明な世界であり、字の如く人が夢を見ている時に陥る場所のようだ。


つまり………俺は死んでいなかった。


麟業屋は「正確には死んでいるようで死んでないからあの世には行かない」と言った。それがどういう意味なのかは次の説明で明らかになった。


それは麟業屋実果槌という神様は『何神』なのか。


死神、海神、蛇神、山神、火神、水神───八百万やおよろずの神と言われるほど日本の神仏は数多く存在している。


業神わざのかみ』───人間の魂が持つ業や運命を操り、本来行き着くはずの答えを覆す神。


麟業屋はそう説明した。


「お前さんは拳銃で撃たれた事によって死ぬはずだったが、こうして夢意識世界にいる───死んだようで死んでないのは儂が与えた力のよるものだ」


「じゃあ、俺は蘇るのか?」


「ああ、時間が経てばな」


喜ばしい事だったが蘇った後のことを考えた途端に怖くなった。何故なら俺が死んだ時の状況………廻は拳銃を持った男と一緒だった。


「ん? どうした。嬉しくないのか?」


「………危険な状況で女を1人残して死んじまったんだ。目を覚ました時に最悪な事態になっていたらと考えたら怖くなったんだよ」


「そう考えすぎるな。どのみちお前さんは蘇り、物質世界で目が覚めるからのう。最悪の事態だったならそういう運命だったと受け止めるしかない………それに、その力はお前さんが望んだんじゃからの」


「え?」


俺が望んだ?


「そうじゃ。儂が業神ごうのかみである事は言ったがまだ何をしているかは説明しとらんじゃろ」


「いや、それはさっき聞いたろ」


「それは儂本来の力であって、お前さんの持つ力とは別物じゃ。儂とお前さんの間にはある【契約】が成されておる────それは『死に際の等価交換』とでも言おうかのう」


「死に際の等価交換?」


「大半の人間は死に際に強い念を残す。俗に言う『未練』じゃ。それは私怨、欲望、悔恨、悲壮、憤怒など人それぞれ違ってくるが、儂はその未練に決着させる為におる」


「でも身を呈して死んでいった俺に未練なんてなかったし、ましてや等価交換なんてまだ────」


麟業屋は食い気味に割ってくる。


「阿呆。儂が神様だからといって未練ある人間をいちいちその場で蘇生させる訳がないじゃろが………来世じゃ来世、生まれ変わった時代に決着をつけんるじゃよ」


「じゃあ俺が蘇ったら来世なの!?」


麟業屋の拳骨が俺の頭に振り下ろされる。


ってええ!」


本当にガキの力かよ!

廻の数倍は威力があったぞ!


「………はあ、確かあの時もこんなやりとりをしていた気がするのう」


「あの時?」


「100年前………現神町で死に掛けていたお前さんに出会った時じゃよ。あの時は生月いくつきという姓じゃった、それに満月が綺麗な夜でのう───」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


100年前?


生月?


「さらっと言ってくれるが俺が生月って名前だった覚えはねえし100年前って────」


「じゃから言ったであろう………お前さんには『超重要な記憶が抜けておる』と」


俺はそこでやっと理解した。


「………前世の記臆がないのか。それに死に際の等価交換ってのは100年前の俺が既に………」


「そそ」と麟業屋は頷く。


「何だかんだで飲み込みが早くて助かるぞ。『神なんていない』、『これは夢だ』とか言って理解するまで時間が掛かると思っておったが」


確かに。いきなり現れた神様にこんな事を言われたら受け止める以前に聞き入れすらしないだろう。


だが俺には心当たりがあった。


────自分が普通ではないということを。


それは昨年の12月のある出来事がきっかけだ。


「お前さんの力が目覚め始めた頃じゃな」


麟業屋の言う通り、俺の体に異変を感じ始めた時期だった。


一騎当千いっきとうせん』────


これは『たった一騎で千人の敵を相手出来るほどの強さ』という意味を持っている。


そして去年の12月の下旬頃、姉さんが勝手に決めて言いふらしたせいで俺の通り名は『一生当千いっきとうせん』になっていた。


ミーティア姉さんは時々帰ってきては問題を引き起こしていた。血生臭いものが多かったが持ち合わせの膂力りょりょくのみで解決していった。


また、住んでいた地域が多少………いや、かなり荒れていたのもその1つか。


とにかく気付いた時には町全体の荒くれ共に目をつけられていた。


そして、その日は来た。


カラーギャングの真似事で争ってばかりいた荒くれ共は『轍一生わだちいつきを潰す』という願いの下に団結し、廃墟となったスタジアムに俺を呼び出したのであった。


勿論、俺は1人で行った。


ここで一気に片付ければ、しばらくは平穏な暮らせると思ったし、トラブルメーカーの姉さんも引き起こす相手がいなければ何も出来まいと考えたからだ。


集まった相手の人数は覚えていなかったが、後で聞いた話によると町全体の病院がパンクしちまって隣町まで運ばれた奴がいたとか。


闘っている時に倒した人数なんて数えてらんなかったし、何よりも記臆が曖昧だ。必死こいてただけあってフラフラになってたのは覚えている。


気付くと俺だけがスタジアムに立っていた。後から駆けつけた機動隊に取り押さえられちまったが次の日には釈放された。理由は知らないがミーティア姉さんが一役買ってくれたらしい。


それからというものの俺や姉さんに楯突く者はいなくなり、風の噂で俺の通り名が『一生当千いつきとうせん』だと知った。


1000人も相手にしてないんだけどな。


ここまでが俺の通り名の由来。


そして俺の体の異変とやらはスタジアムでの闘いの直後、着ていた服はズタボロだったのに体に一切の負傷がなかった。


だから真っ先に機動隊に確保されたし、被害者と言っても信用してくれないし、ましてや俺1人で闘ったなんて信じてくれなかった。


まあそれが普通の反応なんだけどな。


『傷の治りが異常に早い』というのが俺の体の異変────特異体質ってやつなのだろうと自覚はしていた。


とにかく、そんな理由で死んだはずの俺がこうして意識があって、それが目の前に現れた神様によって与えられた力と言われても驚きはするが、信じる事が出来る。


─────


────


───


「なるほど『傷の治り』か………」


「それが俺の………選んだっつうか、等価交換で手に入れた力なのか?」


麟業屋は考え込む。


すると、また手帳を読み始める。


どうせ『待て』って意味だろうから俺は自然と麟業屋が話し始めるまで待つことにした。


………………


…………


………あれ。なんか変だな。


自分で『傷の治りが早い』って言ったが、それは死んでも有効なのだろうか?


てゆーか、有効だからここにいるんだろう。


致命傷ってのは傷であるが、そんな言葉遊びが通用するのか。もし心臓が潰れても細胞さえ生きていれば再生するってやつなのか。


「うるさいのう」


麟業屋はページをめくりながら言った。


「ああ、すまん。頭で考えても聞こえるんだったな」


「だがお前さんの考え方、悪くないぞ」


「え?」


「その『傷の治りが早い』っていうのは一体どの範囲、どの段階まで有効なのか。既に死んだ身でありながらこうして意識だけは生きている」


麟業屋は手帳を閉じて机の上においた。


「本来は前世の記憶を持ちつつ、この現世におるからのう。だから死に際の等価交換での内容はわざわざ伝える必要はないのじゃがお前さんは特別じゃぞ────他の奴らとハンデがあっては困るからのう」


他の奴ら?


俺以外にも似たような人間がいるってのかよ。


「さあ。それは自分で確かめるんじゃな。お前さんに伝えることは等価交換の内容とちょっとしたヒントじゃ」


結局ヒントくれるのかよ。


「神様は気まぐれなんじゃよ」


麟業屋は悪そうな笑みを見せた。


「………よし、じゃあ教えてくれ────前世の俺が麟業屋と交わした等価交換について」

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