第10話 門限超過
頭がジンジンする。
自分の行いが返ってくるというのはこういう事なのか。
もしも、昼の食堂で
しかしまあ………物騒な場所に連れて来られたものだ。記憶も曖昧だし何故ここにいるのかが分からん。
それに動けん。雑ではあるが柱ごと鎖で縛られているではないか。
「◯学3年生を鎖で縛るとは………よっぽど偏った趣向の持ち主らしい。こういう場合はビニール紐やガムテープ、結束バンドで手首を固めて椅子に縛るのが定石だ。それというのに────」
「おい、途中から声に出てるぞ」
「おやおや、私としたことがうっかり喋ってしまっていたようだ」
「いや、だから出てるって。わざとなのか?」
私が目を覚ましたのに気付き、1人の男が私に近寄ってきた。何故か眼帯をしている。
「ああ、そうだったか。忠告ありがとう、見知らぬ人よ」
「感謝される意味が分からねえ、それに自分の事を『○学3年生』とか伏せて言うな。俺たちは何もしちゃいねえし偏った趣向の持ち主はいない………多分な」
「何を言っている! こういう薄暗い倉庫に危険な匂いのする大人たちと未成年の
「それ以上は言うな………俺たちが何か惨めになる」
「そうか、ならば伏せずに正直になろうではないか………私の名は
「分かったよ!もう喋らないでくれ」
なんだ、あと少しで終わったというのに。最後まで話を聞かないと後悔する時だってあるのだぞ。
「お嬢ちゃんの事は生徒手帳で確認済みだ。まさかあの逢瀬家のガキを拾っちまうとは………噂通りならすぐにでも解放してやりたいが今は誰でもいいから人質がほしくてな」
「………」
「おい、喋るなと言ったが急に黙るなよ。もしかして怖気ついちまったのか?」
「貴様………私の生徒手帳を見たのか!」
眼帯男は私の発言に対してポカンとする。
それもそうだろう、私が生徒手帳を見られた事に対して怒っていると思っているのだろう。
でもそこじゃあない。
「おいおい、見たって減るもんじゃねえだろ」
「生徒手帳を見たということは………見たということは私の胸元を
怒涛の勢いで私は眼帯男を罵った。
「そこまで怒るこたぁねえだろ。むしろ俺は年上好きだし………それに最後のは違うだろ」
「貴様には思春期の乙女の気持ちは理解出来ぬようだな。この童貞め」
「………お嬢ちゃんだってそうだろう、多分」
眼帯男は何というか、疲れていた。
少々言い過ぎたかもしれんが意識のない内に勝手されるのは私とて許し難い。ましてや私に聞けばいいのに横着して胸ポケットから生徒手帳を取り出すなど………いかん、考えただけでもまた文句が出てきてしまう。
平常心、平常心────
眼帯男は一旦私と距離をとって仲間たちと何かを話している。
こちらとて暇ではない。早く家に帰らなければ………いや待て、まずは正門に戻らねば。
「おーい」
男たちは見向きもせず話し込んでいる。
聞こえなかったのか?
「誰か私の話を聞いてはくれんかー?」
ダメだ………聞こえているようだが相手にされていない。さっきふざけすぎたか?
「おい! 眼帯男!」
「何だよ! 今話してるのが分からねえのか!」
おお、やっと反応したか。
「実はな。早く家に帰らないとマズいのだ。解いてはくれんか? ここの事は誰にも言わんと約束する」
眼帯男と周りの男たちが笑う。
「面白い事を言うなあ。誰がそんな嘘を信じるかよ。お嬢ちゃん、お前は今俺たちの大事な人質なんだぜ」
「………ならよい。これ以上食い下がるつもりもない。だが、これだけは教えてくれぬか………今何時だ?」
眼帯男は腕時計を私に見せる。
「言うのも面倒だ。ほら」
時計の針は午後6時過ぎを指していた。
「ああ………なんて事だ」
「はは、門限過ぎたら怒られるのかい?」
眼帯男は煽ってみせた。
多分この時の私の顔は深刻であったろう。
「………何でそんな悲しい顔をしてるんだ」
「………すまぬ。もう遅い」
突然、倉庫の灯りが消える。
月明かりもなく倉庫内は暗闇に飲まれ、男たちの慌てふためく声で溢れていた。
「大丈夫、命までは取らぬはずだ………抵抗せぬ限りな」
ガキィィン────
大きな金属音が鳴り響いた瞬間、男たちの声は鈍い音と共に1つずつ静寂の中へ消えていった。
ほんの十数秒で灯りは元に戻り、倉庫内を照らす。先ほどまでピンピンしていた男たちは床に伏している。
縛っていた鎖は壊され、制服の乱れを直すと私は生徒手帳を拾い上げて胸ポケットに戻した。
そんな私を眼帯男だけが依然と立ち尽くしていた見ていた。
「すまぬな」
「どういう事だよ、何が起こったんだ?」
眼帯男は問いかけた。
「急なことであったから仕方なかったのだ」
「だからそれを説明し………」
急に黙り込んだ。
眼帯男は気付いたのだ。
さっきから私は眼帯男ではなく、その背後にいる者に話しかけている事を。
眼帯男は振り返ろうとする────
「おっと動かないで下さいね、そして私が質問するまで黙ってなさい」
男の後ろから姿を見せたのは
「お嬢、探しましたよ。あれほど寄り道なさるなら一報知らせてくれと言ったのに」
「阿呆、誘拐を寄り道とは言わん。それに気が付けば門限が過ぎておったのだ」
「………家訓をお忘れで?」
ぐ、またそれか………
「分かっておる。今や逢瀬家は私だけなのだからな」
「まあ、今回は例外ってことで不問にしましょう。ですが気を付けてくださいよ」
「ああ、承知した」
「しかし、お嬢とあろう者がこんな
「あ、いや………その………
「それを浮かれていたと言うのです」
昨日は急すぎて駅から家までの道のりは緊張して話せなかったし、家に着いても固い話しか出来なかったからなあ。
それに今朝になって目を覚ませば横に寝ているし………近くにいるのにすれ違ってばかりだ。
一緒に下校する姿を思い浮かべて、まるでカップルではないか────という妄想にふけっていたなど誰にも言えない。
「とにかく無事でよかったです………それで次はあなたに質問です。何でお嬢を誘拐した? お嬢はなあ、まだ14歳なんですよ………まさか変態なんですか?」
流石は長年、私の近くにいただけある。思考回路が似てきておるな。
「揃いも揃って人を変態扱いしやがって………人違いだったんだよ! 元々俺たちは他の奴を誘拐する予定だったんだ。聞いてた特徴が似てたもんだからそこのお嬢ちゃんを誘拐したんだよ」
「なるほど。あなた達の勘違いで逢瀬家を危険にさらした訳ですか。これは罪深いですよ 」
隗の指が眼帯男の喉元に食い込む。
「隗、済んだ事はもうよい」
「お嬢は優し過ぎます。知ってますか、この輩は
「もうよいと言ったのが聞こえなかったのか!」
私の怒号に隗はビクついた。いつ振りだろうか、こんなにも腹から声を出したのは。
「………わ、分かりましたよ。私の負けです」
「2度も同じ事を言わすでない」
隗の手は放され、眼帯男は一瞬安堵の表情を浮かべたが隗の突きによって気を失った。
「殺しはしてないですよ。それに他の仲間達もね」
「殺しは、な」
「罪なき人たちを傷付けてきた連中です。暫くは介抱無しには生きていけないようにしておきましたけどね」
「その判断でよいのだ。此奴らは人に支えられるという事を知らねばならぬ」
「………おや?」
神室木隗は何かに気が付いた。
「どうしたのだ?」
「私とは別に………迎えが来たようです。かなり遅かったですけどね」
耳を澄ませると遠くからエンジン音が聞こえる。その音は段々とこちらに近づいてきて入口あたりで消える。
「ここですか!」
「ええ。でもおかしいわね、見張りが1人もいないわ」
「場所間違えたんじゃ?」
「バカ言わないで。探偵である私の情報に間違いはないのよ。とにかく中に入りましょう」
ギギギギギ────と錆びた鉄扉が開く。
そこには見知らぬ女と
「志々目さん、みんな倒れてますよ」
「そうみたいね、全く………息はまだあるみたいね」
見知らぬ女は私と隗の存在に気づいた。
普通なら「あなた達は?」と問いかけられるのかもしれないが何故か違った。
「何でここにいるのよ」と。
あたかも私たちを知っているかのような言い草。それに「何で」って、何か冷たいではないか。
それに応えるように「なるほど」と隗は呟いた。
何がなるほどなのだ。
「お嬢、申し訳ないのですが私は1人で屋敷まで戻ります。お嬢は
私の返事を待たずに隗は裏口の扉を蹴り破って出て行ってしまった。
「ふむ、一生と帰れるのなら結果オーライとしておこう」
隗の蹴り破った音を聞きつけて一生は私を見つけ、こちらに近寄ってきた。
「廻! 大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だぞ。隗が助けに来てくれたのだ」
「隗さんが1人で全員やったのか………あんな優男な顔して結構エグいんだな」
「あれでもウチの流派では師範代を務めておるからな。多分、一生より強いのではないか?」
「………隗さんとは闘いたくはないな」
「ふふ、私は見てみたいが」
「それで、その隗さんはどこに?」
「一生が来たから先に帰ると言ってそこの裏口から出て行ったぞ。何か焦っていたようにも見えたが」
あ、そういえば他にもう1人おったな。
「そういう一生は誰と一緒に来たのだ?」
「昨日駅前で会った人だよ。志々目って名前で探偵してるらしい………まあ謎な人だよ」
「ほら、あそこに」と一生は入口を指差すが誰もいなかった。
「あれ?」
「………ふう、どっかに行ったのだろう。別にその志々目とやらがいなくてもよい、お
一生は「じゃ、帰るぞ」と振り返って外へ向かう。横顔からして照れているように見えたが、まあ気のせいだろう。
「そうだな、帰るとしよう」
私は一生の手を握り締める。
「お、おい!」
「照れるでない」
「………行こう。明日も学校だ、それに隗さんの飯も食いてえし風呂にも浸かりてえよ」
ふふ、すっかり我が家に馴染んでるではないか………嬉しいぞ
倉庫の正面から外に出ると私たちは月明かりに照らされた。辺りは静まり返っており、耳を澄ますと僅かに波音が聞こえる。
「どうやって帰ろうか」
「こういう時はまず大通りに出るぞ」
そう言って私が適当に歩き出そうとした時、視界が揺れて、目の前が真っ暗になる。
急な出来事に一瞬戸惑ってしまった。
しかし、すぐに原因は分かった。
「お、おい!私と言えども心の準備が────」
引き剥がそうとバタバタするが一生の力はさらに強まった。
その瞬間、強烈な破裂音と共に一生の体を通して衝撃が走った────それも何回も。
「走れ………に……逃げ………ろ」
一生はその場に倒れ込んでしまった。
急いで起こそうと体を
月明かりは私の手を真っ赤に照らす。
そして、一生はピクリとも動かない。
「ったく、こんなガキに俺たちがやられたなんて組の恥だぜ」
その言葉に振り返ると隗に倒されたはずの眼帯男がおり、片手には拳銃が握られていた。
「貴様………何故殺した………」
「あぁ? 最初に背後から攻撃したのはこのガキだろう。だから後ろから撃たれても文句は言えねえだろ………もう死んでるけどな」
こやつ、隗と勘違いしておるようだ。しかし何故起き上がれたのだ………隗に限ってミスなどないはず。
「じゃあ、お嬢ちゃんも死のうか」
眼帯男は銃口を私に向けた。
「………貴様には生きるチャンスを与えたつもりだったが私の大切を奪った以上………ここに命を置いていけよ」
すまぬな、
「お嬢ちゃんがどんなに強くたって、この距離じゃあ
────私に『逃げろ』と言ったのかもしれぬがそれは無理だ。ここでいう『無駄死に』とは私も死ぬことではない。
それは
私はもうお前の側を離れぬぞ。
深くひと呼吸────
視界に映る全てがスローになる。
久しぶりの感覚だ。
私は飛び出そうとしたが眼帯男はそれを見抜いており、迷いなく引き金を引くのが分かった。
被弾は覚悟の上、元より不利な立ち位置ではあった。2発目を引く前に懐に入れれば勝負は決するであろう。
痛みなくして得るものなど────無い。
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