第9話 噂


頭がジンジンする。


ああ、別に頭痛がするって訳じゃない。表面上の問題だし、すぐにおさまるだろう。


「なあ、さっき『変なことはしてない』って言ってたけどよ………絶対したろ」


「んー、思い当たる節がないなあー。僕としては友好関係を築いていたと思ったんだけど」


廻に弁当を渡すところまではよかった。


しかしその直後、撫城弥琴なでしろみことと一緒にいるのを知ると何故か態度が一変した。


『何故に其奴そやつといる! 人を見る目をもう少し養うがよい』


と吐き捨てられた挙句、拳骨まで喰らった。


「僕なんて


一生いつきに何かしてみろ、末代まで呪うぞ』


って言われたぜ!」


「ぜ! じゃねえよ。明らかに撫城おまえのせいだぞ」


「んー、廻ちゃんの事を調べた時にちょっとしつこくしちゃったからかなー」


その言葉で予想は出来た。暴きに暴かれた佐藤の一件で考えれば、廻が嫌う理由も何となく分かる。


それに今朝、俺を待ち伏せ出来たのも撫城弥琴のスキルなのだろう。


「でもね、あんな態度の廻ちゃんは見たことなかったぜ。よっぽどわだちくんが大切なんだろうね………妬けちゃうなあ」


「そ、そうなのか」


昨夜の一件もあるから否定しづらかった。


「よーし、じゃあ僕は買ってくるから轍くんはここで席取りよろしく!」


「ああ、分かった」


「ほらよ」と千円札を撫城弥琴に渡した。


「1番安いので頼む。そんでお前は1番高いのな。そしたら足りるだろ」


「意外と倹約家? じゃ買ってくるぜ」


撫城弥琴は食券売り場へと向かった。


程なくすると携帯電話が鳴る。どうやらメッセージのようだ。


「………廻か」


────────────────

さっきはすまぬ (>人<;)

撫城新聞部部長と一緒とはな…

そして用件なのだが…放課後に正門で待っておるから一緒に帰ろうではないか(´∀`*)

今朝は無理だったのでなo(`ω´ )o

────────────────


「………顔文字使うタイプだったのか」


『気にしてねえよ。じゃ放課後な』と短めに返事をしておいた。時代錯誤の無理のある顔文字のチョイスだがやはり中学生って感じだ。でもまあ、こういう可愛い面があってもいいよな。


「放課後………確か家まで歩いて30分ほどだったからな。何か話しのネタでも考えておくか」


今日起きた出来事や真王の『総統生徒会長』ってのも気になる。まあ朝から順に追っていけばネタは尽きないか。


その後、しばらくしてから撫城弥琴は質素な蕎麦そばとデカいカツカレーを持ってきた。


『今日の部活は野外活動だから沢山食べないとね』とか言ってた。また誰かが撫城弥琴こいつのターゲットになったのか。俺は避けたいものだ、轍家のことなんて知られたくねえし。


「でさでさ、轍くんについて教えてよ! まずは生年月日、出身、家族構成、好きな食べ物と嫌いな食べ物、よければ性癖なんて────」


もう手遅れだった。


「いいから食え」と言ってその場を回避し、怒涛の質問攻めとはいかなかった。それに、こういう場合は俺から質問すればいいだけで、登校初日という立場を使ってこの学園や現神町について聞いてみた。


その中でも興味深かったのが。


『旧校舎の呪い』


月天狼がてんろう


御影石みかげいし失踪事件』


の3つだった。他は確証がなく撫城弥琴自身も調査中ということで情報が少なかった。


1つ目の『旧校舎の呪い』、呪いだなんて既に眉唾物だし俺だって信用しちゃいないが現在この学園から少し離れた所に木造つくりの旧校舎がある。


呪いと言われる由縁は解体作業中に大事故が発生して何人もの死者が出たからだ。そして最近立ち入り禁止となり、解体業者が大金を積んでも拒否するほど学園側が手を焼いているようだ。要は近づくなって話だ。


それを呪いと取るのか、ただの不安な事故が重なったと取るかは人による解釈だろう。


2つ目の『月天狼がてんろう』、名前を聞いただけじゃ何か分からないが撫城弥琴が言うには『自警団』らしい。この現神町を危険から守っているようだが写真や映像もなく、「噂の独り歩きだろう」と世間では言われているが撫城は存在を否定しなかった。


しかし俺はそれを聞いていて昨晩、廻が言っていた『狼』とはこれの事ではないかと考えた。噂の独り歩きと撫城弥琴は言ったが、きっと『月天狼』に助けられた人が吹聴してるのかもしれない。


最後3つ目の『御影石みかげいし失踪事件』、これは唯一警察が捜査に乗り出したことから事件として皆認識している。


御影石花みかげいしはな黄泉継学園ここの生徒で、何度か留年しており現在学年は1つ上の3年生。生まれながらに病弱で授業を休むことが多く、その儚げな雰囲気は何故か人気を得ていたようだ。


その御影石花が2週間前に行方不明になったのだ。何の予兆もなく急に姿をくらました。学校では『持病の悪化で入院』やら『家出』やらと噂が飛び交っているが撫城弥琴曰く「失踪事件で間違いない」との事だ。


多分、御影石の家に行ったり関係者の周りを探ったのだろう。撫城弥琴こいつならやりかねない。


「案外物騒な事件が多いんだなー」


「轍くんも巻き込まれないように気をつけるんだね」


「特にお前が尾行つけられてないか気をつけるよ」


「はは、手厳しいなあ」


撫城弥琴は立ち上がり背伸びをした。


「そろそろ日暮れだねえ、帰ろっか」


「だな。撫城おまえの話、楽しかったぞ」


「だろお? 僕が汗水、時には血を流してまで調べ上げたんだから。むしろ楽しいだけで終わっちゃ苦労が報われないぜ」


「じゃあ次はもっと教訓になる話をしてくれ」


学生鞄を担ぎ、教室を出ようとすると「待って」と撫城弥琴が呼び止める。


「教訓かあ………なら最後に1つだけ」


「いや、廻を待たせてるから明日にしてくれよ。撫城だってこの後、野外活動だろ?」


「大丈夫。話ではなく教訓だから、パッと言ってすぐ終わるよ」


「ならいいけどよ」


クイズ番組みたいに「では、どうぞ」とわざとらしく撫城弥琴に話を振る。


それに対して撫城弥琴もゴホンと咳払いする。


「レインコート姿の何かを見たら逃げろ」


たったのそれだけだった。

教訓のようだが、内容が意味深だった。


「レインコート?」


「詳しい事はまた明日! そいじゃね!」


そう言って撫城弥琴は颯爽と教室から消えた。


まんまとやられたって感じだ。週連載、いや月連載のマンガの最終ページみたいにモヤモヤするものを俺に残して去っていった。


しかし肝心の撫城弥琴はもういないので、俺も足早に教室を出て正門へと向かった。


──────


─────


────


兎にも角にも。


正門前は何故か慌ただしく、そこには人集ひとだかりがあり、その中心には見覚えのある人がいた。


「あら、轍くん」


聞き覚えのある声に紅い瞳。


志々目さんがいた。


昨日とは違い、ライダースーツに身を包み、長い赤髪は一本にまとめられて綺麗なポニーテールになっている。


これはこれでいいなあ。


「本当にまた会いましたね。それも似たような状況で────」


しかし、周りを見ても特にガラの悪い奴はいないし黄泉継学園の生徒ばかりだ。


「────でも何でこんな場所に?」


「30分ほど前にここで誘拐事件が発生したの。だからその犯人の情報を生徒たちに聞いていたのよ………今は君を待ってたんだけどね」


誘拐事件って……本当に物騒な町だな。撫城弥琴から失踪事件の話を聞いたばかりだぞ。


「で、誰が誘拐されたんです?」


逢瀬廻あわせめぐるって子よ」


「え………本当ですかそれ?」


「ええ、じゃあ聞くけども赤髪のポニーテールのちっちゃい女の子ってこの学園にそんなにいるのかしら?」


周りの生徒も「誘拐されたのは逢瀬廻だ」と口を揃えていた。


しかし何故………


「目撃者が多いって事は廻の他にも沢山の生徒がいたんですよね? その中で何でわざわざ廻なんですか」


あんなデカい屋敷に住んでいるから?


それを加味しても、その状況下での大胆な誘拐は犯人としてはリスクが大きすぎるだろ。


志々目さんは少し気まずい表情になる。


「あー、実はね。それには理由があるのよ………8割、いや9割が私の責任ね」


その言葉の意味が理解できなかったが志々目さんは説明を続ける。


「私とその子の容姿が酷似してたからよ。ありえないって思うかもしれないけど赤髪のポニーテールなんてそんなにいないからね………その誘拐犯は私狙いであってその子は間違えられて連れ去られたってこと」


確かにありえない話だが、実際にはありえてしまった。そして志々目さんが負う必要のない残り1割の責任は廻の『運』だろう。


運悪く『赤髪』、運悪く『ポニーテール』、運悪く人目のつく正門で『待ち合わせ』をし、運悪く通りかかった犯人に『間違えられた』のだ。


そう考えれば昨日の駅前で起きた志々目さんの揉め事も廻の到着が少しでも早かったなら廻が巻き込まれていただろう。


結果として俺が巻き込まれる事によって廻との再会を果たしたんだけどな………


「なら廻を誘拐したのって、昨日の……」


万波組ぱんぱぐみに間違いないわ」


「なら行き先は分かるんですね?」


「ええ、信楽港しがらこうって場所に貸し倉庫を持ってるからきっとそこへ彼女を連れて行くはずよ」


「良かった………じゃあ警察に連絡しましょう」


「それはオススメしないわ」


「どうして?」


「よく考えなさい。そんな事をしたら余計に逢瀬廻の命に関わるじゃない。万波組は間違えて誘拐したけど自分たちの立場が危うくなれば彼女を人質にするわ」


志々目さんは周りに聞こえないように俺の耳元で囁く。


「先日起きたバスジャック事件のこと知ってるかしら。犯人たちは全員万波組だったのよ。そして彼らは警察の追跡をやめさせる為に人質を殺したの………この意味が分かるかしら」


志々目さんは遠回しに「廻を助けたければ自力で何とかするしかない」と言っているようだった。


それにその事件は知っている。


でも確か────


「残りの人質は助かったけども、急にバスも犯人も消えちゃったからおおやけには謎の解決として真相は有耶無耶になっちゃったのよね」


そう。何故かバスも犯人も消えた。

人質たちは目を覚ますと脇道に寝かされており、事情聴取の際にみんなが「記憶がない」と口を揃えていたとテレビの特番で放送されていた。


「実はね、あの中に逢瀬廻もいたのよ。未成年だから顔も名前も表には出なかったんだけどね」


「………それには驚きますが、それ以上に何で志々目さんが事件に詳しいのかが気になりますよ………一体何者なんですか?」


志々目さんは少し考えてから答えた。


「探偵かしら。だから轍くんと彼女の関係も多かれ少なかれ知ってるわ」と。


「結構前から万波組を追っててね。昨日の一件でもちょっとかじっていたけど奴らの取り引きを邪魔したりしてるの」


志々目さんは「行くわよ」と振り返り、人集りを抜けようとする。


「でも凄いわね、逢瀬廻って子。この短い期間にバスジャックされたり誘拐されたり………しかも同じ万波組によ」


「偶然、なんでしょうか」


「きっと何かの縁があるのかも」と志々目さんは笑ってみせた。


人集りを抜けるとそこには大型バイクがあった。どうやら志々目さんのらしい。


「これで行くわ。ほら、乗りなさい」


渡されたヘルメットを被り、志々目さんに掴まる。昨日、大の男2人を一瞬で片付けた割には細い身体だな………それにいい匂いがする。


「あら、変な事を考えると逢瀬廻に言いつけるわよ。三倍に盛ってね」


この状況から三倍盛りってどうなるんだよ………


間も無くエンジンがかかり、俺たちは信楽港へと出発した。

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