第12話 生と死


業神わざのかみ麟業屋実果槌りんごやのみかづち────死に際の未練を来世で晴らさせる為に等価交換を通して力を与える。


なぜ『来世』なのか?


それは等価交換の説明の際、俺が投げかけた疑問だった。


しかし「いずれ分かる」とだけ告げ、麟業屋りんごやは説明を続けた。


「………等価交換と言ったが2パターンある。それは『差し出すのが先』か『欲するものが先』か────』


その2択で決まると麟業屋は言った。


続けて「大半は差し出してくるんじゃがな。なんせ、わがまま言うと何を失うか分からんからのう」と談笑気味に言っていたが俺は真剣に聞いていた。


「俺はどっちを?」


「お前さんは………欲したよ」


「な………なんて?」


「とっくに死んでおるのに『死ぬ訳にはいかねえ』とずっと言ってたのう。儂が話しかけとるのにずっーとじゃ」


『死ぬ訳にはいかねえ』、か。


でもそりゃあ、誰だってそう思うだろう。むしろ、ありきたりで当たり前な未練だ。


「本当に聞き分けのない若造じゃったわ」


「え、若くして死んだのか?」


「ああ、今のお前さんよりは全然年上じゃったがな」


「それで………俺が欲して手に入れたのは具体的に何だったんだよ?」


「【死を断つ力】じゃ」


麟業屋はさらっと言ったが俺には意味が理解出来なかった。


なんだよ………【死を断つ】って。


「じゃからそのままの意味じゃ。それにお前さん、現に今それを使っておるじゃろ」


「死んだけど………死なない?」


「まあ及第点じゃな。お前さんが思っている以上の力をまだ秘めておる」


「じゃあ傷の治りが早いのも、致命傷を受けてこうして意識がここにあるのも───」


「その力のおかげじゃ………ただし、過信してはならんぞ。神の力は絶大であって万能ではない。それに力の代償は大きいぞ」


力の代償────等価交換によって差し出したもの、もしくは失ったものを指すのか。


「そうじゃ」


「じゃあ、その【死を断つ力】を得た代償として俺は何を失ったんだ?」


「これまた理解し辛いとは思うが………人としての【せい】を失ったんじゃ」


「 ええ!矛盾してねえかそれ?」


シリアスな空気でもこれは落ち着けない。


「どうせ死なんのだからいらんじゃろ?」


「そんな理由で? 死だから生でいいやっていう感じなの? 反対のもの取っちゃえばいいって単純な発想で俺の生は失ったの?」


「まあ落ち着け」と麟業屋は言うが無理だった。


「死なないのは分かったけども、生きてもないっておかしくないか? さっき俺は蘇るとか言ってたけどもあれは嘘なのか? 矛盾してるぞ! 答えろ短パン半裸野郎!」


「黙らんか小僧!」と麟業屋は怒号をあげた。


同時に真っ白だった空間は真っ赤になり、麟業屋の周りの空気が歪み始めた。


「神の顔も3度まで………次言わせたら全て失うと思え」


「………はい」


完全に気圧けおされた。


「分かったならよい」


真っ赤だったのが再び真っ白に戻った。ここって麟業屋の感情で色が変わるのだろうか。


「それにしてもお前さん、さっき良いとこを突いておったな」


「………色々と言いすぎて分からん」


「矛盾してるってとこじゃ。確かに【生を失い】、【死を断つ】だなんて矛盾してるとしか思えんじゃろ」


「ああ」


「じゃが実際は違う。本来、生と死は表裏一体の関係ではない………じゃからお前さんはまた殺された世界に戻れるんじゃ」


「そうか、そりゃ安心したぜ。でも代償って言ったが俺の場合、【死を断つ力】が強すぎて生を失ってもデメリットがないだろ」


「それもいずれ分かる」


「またそれかよ………」


「ささ、これでお前さんとの等価交換の話は終わりじゃ」


「じゃあヒントってやつを教えてくれるんだな?」


どんな事を言われるか結構な期待をしていたが麟業屋はたった一言だけ「100年前、お前さんは殺されたんじゃよ」と。


その言葉は頭の中で響いた。


そして数多の疑問が浮かぶ。


麟業屋は若くして死んだと言っていたが殺されただって?


病気ではない……事故、いや事件なのか?


だから死して尚も『死ぬ訳にはいかねえ』と嘆いていたのか?


じゃあこの【死を断つ力】ってのは誰かの仇討ちの為に? もしくは誰かへの復讐?


俺は………誰かを殺さねばいけないのか?


100年前、前世の俺は一体どんな気持ちで死んでいったんだ────


「全ての縁は繋がり、となるんじゃ。余計な事は考えず、まずは目覚めた後の事に集中するんじゃぞ」


いずれ分かるって意味か。


「ま、近いうちにまた会えそうな気がするのう。その時にちょっとは成長していれば何か教えてやろうではないか」


「はは、本当に気まぐれだな」


「あ、そうじゃった。もし狼のかしらに出会ったら『挨拶くらいせんか』と伝えといてくれ」


「狼の頭? もしかして月天狼がてんろうのことか」


「そんな名前じゃったかのう」


「知ってるのか?」


「知っとるも何も、そこの頭とは旧知の仲じゃて」


凄えな、月天狼。

神様と知り合ってるのか………


「ってことは、月天狼の奴らも俺のようなちからを?」


「まあ無いと言ったら嘘になるのう」


じゃあ月天狼の奴らに会えれば何か分かるかもしれないのか。


「まあそれは勝手にするがよい」


視界がぼやけ始める。


「あれ?」


「時間じゃな、物質世界あっちに帰るがよい」


既に麟業屋の姿は形になっておらず声だけがまともに聞こえる。


「伝言のことだが俺はまだ会ったことねえから期待するなよ」


「何言っておる、既に会ってるじゃろ」


「え?」


「お前さんからは獣の臭いがするぞい。またそのうちに出会うじゃろうからその時に頼んだぞ」


その言葉を最後に視界が真っ暗になる。


目を開けてる感覚はあるのに何も見えない。耳を澄ましているのに何も聞こえない。


広い暗闇と深い静寂の中にいるようだ。

自分の鼓動すら聞こえない。


結構な時間を夢意識世界で過ごした気がする。向こうではどれくらいの時間が経って、俺はどんな状況で目を覚ますのか。


死んでから蘇るってのは人類史で俺が初めてかもしれないが感覚としては寝て覚めるのと変わらないのかもしれない。


段々と視界が白みがかっていく。それに何か聞こえる、しかも聞き覚えがある───ああ、トラブルシューター時代によく世話になったやつだ。


兎にも角にも。


俺は無事?に目を覚ました。


俺のかたわらにはめぐるがいて、目覚めた俺と目が合うと一瞬ビクついたようだったが「廻」と呼びかけるとすぐさま抱きついてきた。


「心配させおって………」


離れそうにない。何も言わずとも今の廻の気持ちは分かる。しばらくはこのままでいいか。


撃たれたはずの背中には痛みや違和感がない。自分では見えないから分からないが傷が癒えているのだろう。


自分はともかく、廻の顔をみると気になる部分があった。


「その顔の傷、どうしたんだ?」


廻の頰には擦り傷が出来ていた。


「大したことない。気にするな」


「あの眼帯野郎がやったのか?」


「気にするなと言っただろう。それにその男ならそこで倒れておるから心配するな」


廻は無邪気な笑いを見せる。


擦り傷以外は特に怪我はなさそうだ。廻の無事も分かったし………気になるのは────


「何でこんな騒がしいんだ? 俺が目覚める間に何が起きていた・・・・・────」


見渡す限り何らかの事後であるのが分かった───目覚める寸前に聞こえていたのはパトカーのサイレン音だった。しかも1台ではなく数台が俺たちのいる場所を取り囲むように停まっていた。


「────それに、何で全員倒れてんだよ」


パトカーに乗ってきたであろう警官たちがそこら中に倒れていた。全員気絶しているのかピクリとも動かない。


俺は廻の顔を見たが何故か目を逸らした。


「何か知ってるんだな」


「………頼むから聞かんでほしい」


廻の体は震えている。


パチパチパチ───


背後から手を叩く音が聞こえた。


「はい、感動の再会はそこまでだ」


俺は守るように廻を強く抱き締める。


声の先には中年の男がいた。ベージュのコートの下にはスーツを着込んでおり、口に葉巻を咥えていた。


「あれ………神室木かむろぎさん?」


知ってる顔だった。


「おう、その通り。万波組ばんぱぐみの連中が信楽港ここでデカイ取り引きをするってタレコミを聞きつけてやって来た警察の神室木さんよ────」


大きく吸い込み、葉巻の煙を吐く。


「────そういう悪童・轍一生わだちいつきはこんな所で何やってんだ」


「何って………こいつを助ける為にここにいたんですよ」


神室木さんは鼻で笑った。


「今まで寝てた奴が言うセリフじゃあねえだろうが。それにこんな修羅場にガキ2人が来るんじゃねえ………帰れ」


「いや、でもこの状況について説明してくれませんか?何で皆倒れてるんですか」


「帰れ、と言ったんだ」


「でも───」


「さもないと俺の権限をフルに使って現行犯逮捕してやろうか?」


それは困ると思い、廻の様子を確かめる────もう廻は震えていない。ここから動けそうだ。


遠くからパトカーのサイレン音がする。


それを聞き、「やっと来たか」と神室木さんは呟いた。見つかると面倒になりそうだな。


「ここは俺たち大人が始末つける。子供は夕飯の時間だからな、まっすぐ帰るんだぞ」


「分かりました………神室木さん、また会えますか?」


「ああ? そんなのお前次第だ。それに俺はもう会いたくない、まだ死にたくはないからな」


そう皮肉を言った。


それはそうだ。


前にいた町では、日々問題に首を突っ込んではトラブルを起こす姉さんの後処理をしていた俺だが、その後処理すら第三者からすればまたトラブルなのだ。


その第三者こそが警察だった。俺が問題に関わるごとに神室木さんは警察としての立場で介入してきたのだった。


俺が修羅場を生み、神室木さんが修羅場を治める───神室木さんにとって俺はトラブルメーカーなのだ。


「廻、歩けそうか?」


「………ああ」


ゆっくりと腕を解き、廻は離れる。


「せいぜい見つかんねえようにな。補導されてもフォローする気はねえぞ」


「………その、ありがとうございます」


「はあ?」


神室木さんは目を丸くした。


「この場で何があったのかは分かりませんが………こいつを助けてくれたのは神室木さんだと思ったんで」


「ふん、勝手な想像で礼なんて言うな」


サイレン音は徐々に近くなってくる。


「………行け」


軽く一礼して俺は廻と歩き出した。


依然として廻は黙ったままだ。


何があったのかは気になるし、廻が何か知っているのは確かだが今日はもう帰ろう。明日になれば廻も何か教えてくれるはずだ。


「まずは港を抜けてから何処かでタクシーでも拾うか」


「………」


ダメか。さっきから目も合わせてくれないし足取りも重いな………あんまり口にはしたくないが仕方ない────


「これだけは言っておく………俺はお前を信じてる。だから隠す事に後ろめたさを感じる必要はないからな」


きっと何か理由があるんだろう。


「………」


黙ったままだが廻は俺の手を強く握った。


ぼそっと何か呟いた気がしたけどサイレン音でよく聞こえなかった。しかし強く握る廻の手からは言葉以上の想いを感じた。

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