第5話 桔梗が原駅前②
俺の唯一の
歳は3つ離れていて見てきたものは大して変わりはないが俺とは違う。
その秀才っぷりにより飛び級に次ぐ飛び級を繰り返し弱冠14歳にして(詳しくは知らないが)外国の大学を卒業していた。
当時まだ小学生だった俺は『頭いいなー』くらいのレベルの理解力だったので今思えばとんでもないバケモノなのだと改めて感じる。
大学卒業後に帰国した姉さんは「もうやる事はないから」と言っては家事に専念し、まだ小学生だった俺の世話をしてくれた。
その姉さんの才能が爆発したのは小学4年生の頃だった。母親は俺の出産と同時にこの世を去り、家を空け気味の親父と幼い俺を見兼ねて『どうにかせねば』と奮起したらしい。
つまりはその時に才能が開花したのではなく、やろうと思えばいつでも出来たのだ。
全く恐ろしい。
奮起した姉さんは海外にいる際、何かの特効薬の開発に一役買ったらしくその報酬金を家計に回していた。
『
そう言い、姉さんは俺を強く抱きしめ家を出て行った。当時13歳のセリフとは思えない。
それから数年後、姉さんは俺にその時の心情をこう説明した。
「あの時、あんたの側にいても良かったけど惨めな生活させるなんて私は許せなかったのよ。たった1年の犠牲で報われるならそっちを選ぶわ」
それを聞いた当時15歳の俺は姉さんなりの愛情を感じた。家の為ではなく、俺の為に姉さんは尽力したのだから。
そんな事を思い出してみると宇田川さんが言ってたように本当に名前には魂が込められているのかもしれない。
流星の如く己の信念を貫き通す姉さんの姿は俺の心に熱く残り、
まあ、そんな性格ゆえに帰国してからの姉さんは暴走していた。俺が中学2年生の時、姉さんと行動をする事が多くなり、その都度トラブルによく巻き込まれていた。
出来過ぎる秀才ゆえに無駄を省きたくなるようで行く先々で小競り合いが絶えなかったからだ。
しかし、世の中ってのは大半が多数決でその場の善悪、良し悪しが決まる仕組みになっている。そうなれば姉さんの考え方というのは自然と少数派になるのだ。ましてや姉さんのあの性格ならば無理もない。
故に姉さんはトラブルメーカーなのだ。そしてその傍らにいるのがトラブルシューターの俺である。
しかし捉え方を変えてみると、姉さんは元々ある問題に対して解決策を提示しているに過ぎないので俺からすれば姉さんも立派なトラブルシューターなのだ。
トラブルと聞けば眉をひそめる人が多いが、俺にとってそう感じる事は一度もなかった。
兎にも角にも。
そんな俺が目の前の揉め事に首を突っ込もうと近づいてわかった事があった。
罵声を浴びせられている帽子を被った1人は女だった。長髪の真っ赤な髪やボディラインを見てそれがわかった。
そうと決まれば
俺が人混みをかき分けて声を掛けようとした矢先────「そこのあなた、この状況をどう見る?」と野次馬の中からわざわざ来たばかりの俺に指を差して言った。
それと同時に女を囲っている男たちも視線を俺に向けた。
「どうって………まあ、女が複数人の男に囲まれてるっつう危ない状況だろう」
その返答に「ふーん」と一言。
「そこのガキ、こいつの知り合いか?」
「だとしたらお前もタダじゃすまねえぞ」
大柄な男と小柄な男が俺を睨みつける。
どうやらただの揉め事って訳じゃなさそうだ。明らかに私怨が絡んだ雰囲気じゃねえか。
「兄貴。野次馬も増えてきたし早く済ました方がいいかと」
小柄な男が媚びへつらう感じにサングラスの男に話しかけた。
「馬鹿野郎。俺らは
兄貴と呼ばれる男は視線を女に向ける。
「てめえがあの
その言葉に女は微笑む。
「ふふふ………どうせ殺すんでしょ?」
「ああ、殺してやる。てめえのタレコミのせいでデカイ取り引きが台無しになったからな。組長もお怒りだ」
「あら、そうだったかしら。まあ過ぎたことを持ち出すのはやめましょう。それに今はやることがあるでしょう?」
女の顔は帽子を深々と被っているせいで見えないがその口元は不敵な笑みを浮かべていた。
「後でとは言わず、ここで私を
「………脅してんのか?」
「そう聞こえたのならそうなのかもしれないわね。泣く子も黙る万波組ですもの………群衆の前で殺人なんて簡単よね?」
おいおい、思ったよりも重い展開になってきたじゃねえか。グラサンのおっさんの部下なんて今にも掴みかかりそうな勢いじゃねえか。
「てめえを
「殺せば組の英雄か………それなら私を躊躇なく殺せるわね」
「そういう事だ。金を掴ませりゃ法律なんてのはどうだって出来るからな」
「ならいいわ。かかってらっしゃい………ただし、私を殺すというのなら………あなた達も相応の覚悟をしているのよね」
「出来るもんならやってみろよ」
その言葉を聞いて
もちろん俺は読唇術を会得していないがたった三文字、『馬鹿ね』と言ったのは理解できた。
「ええとね、そこのあなた………さっきの回答は半分正解。囲まれた私ではなく、囲んだこいつらが危ない状況であるのよ。そしてこれから目の当たりにするのは私による圧倒的な
その言葉を皮切りに手下の男たちが動き出した。
───────
──────
─────
一瞬の出来事であった。
襲い掛かった2人の男たちは見事に返り討ちにされた。そのついでに兄貴と呼ばれる男もやられるのかと思ったが2人を持ち帰らせる為の足として無傷でその場を去ることになった。
「ね、言ったでしょう。圧倒的だって」
少し自慢気な態度だった。
「志々目さん、でいいんでしょうか」
「ええ、それでいいわ」
「ほら、これ」
志々目さんの落ちた帽子を拾い上げようとすると、彼女は俺の手を握って止めた。
「それくらい自分で拾うわよ、こう見えてもあなたより年上なんだから」
「余計なことしちゃいましたか………でも見てましたけど志々目さん強いですね」
「ふふ、あんなもので強いって言うなら全力の私は人類最強かもね」
「でも良かったんですか、1人だけ無傷で返して。ああいう奴らって必ず報復に来ますよ」
「いいんじゃないかしら。私って小まめに掃除するよりも後で一気に片付ける派だから」
要するに掃除できないタイプって事なのか。
でも服装は清楚な感じがある。
黒のハンチング帽。
白のチョーカー。
黒のジャケット。
白のシャツ
黒のベルト
白のパンツ。
黒の靴下。
白のヒール。
オセロみたいな組み合わせだがスラっとした体型によく似合っていると思ってしまう。
「何よジロジロ見て。そんなに私のプロモーションが良かったのかしら?」
「その服装は宣伝だったんですか」
プロポーションだろ。
「細かい事は気にしない。ま、野次馬もいなくなったし私も帰るから後はよろしくね………
「あれ、名前言いましたっけ?」
「だから細かい事は気にしちゃダメよ」
まあいいか。俺だって名前知ってるからな。
「それじゃー、また」
「ええ、縁があればまた何処かでね」
そう言って志々目さんは何事も無かったのようにその場を去っていった。
「宇田川さんといい志々目さんといい、今日は変な出会いが多いな」
いや、むしろこれが今の現神町の姿なのかもしれない。そんな可能性を勝手に秘めさせておく。
それにしてもさっきのは凄かった。
右中段突きと胴廻し回転蹴り───スラっとした体型の志々目さんがたった2発でその場を鎮めたんだから。
グラサンのおっさんは大して驚いてなかったけど内心は命拾いしたと思っているんだろう。
いやー志々目さん、お姉さんキャラって感じで綺麗な人だったなあ。ま、ミーティア姉さんほどじゃあないけどあの紅い瞳は本当に綺麗だった。
「うごぉ!」
突然、脇腹に衝撃が走る。それも結構強めだったから驚きと痛みで変な声を上げてしまった。
すると頭上から声がする。
俺よりデカい人間がいるって訳ではない。
状況からして片膝ついて脇腹を抱える俺を誰かが見下している。
「おい、貴様。探すのに手間は省けたが帰郷するなり何をしておるのだ」
女の声。
男として17年間も生きていれば女性から話し掛けられるというのは喜ばしい事なのだが………今日だけは違う。絶対に面倒ごとが起きる。
いや、もう起きているのか。
女は俺の返答を待たずに続ける。
「急いで来てみれば野次馬だらけ。まさかと思って話を聞けば『あそこにいる奴がヤバそうな大人2人を瞬殺した』とな」
そりゃあ確かに俺だと思われる説明だ。
しかし説明が雑すぎるぞ。
人選ひどいな。
「待て………それは俺じゃない。さっきまでここにいた志々目っていう女が────」
次は脳天に衝撃が走った。
どうやら拳骨を食らったらしい。
「ええい、言い訳など見苦しいわ! 女が出来る訳なかろう。そんな漫画みたいな展開を信じるのは小学生までだぞ」
「じゃあ、あそこに座っている人に聞け」
そう言って宇田川さんが座っている方向を指差す。
「んー………誰もおらぬぞ」
「え?」
慌てて見てみると確かに誰もいなかった。
あの人いつの間に帰ったんだ……しかし厄日だ。
「貴様という奴は一度では済まず二度までもこの私に嘘をつくとは………」
なんだ、俺を知ってる感じの言い方だな。
追撃が止んだので俺はやっと顔を上げる。
頬に衝撃が走った。平手打ちだった。姉さんにもされた事ないのに。
「都会の空気が貴様をこうまでしてしまったと思うと私は悲しいぞ、
目の前には小さい女が立っていた。
いや、女の子だった。
赤髪に長めのポニーテールを下げ、クリッとした目に控えめの胸囲、見るからにして中学生くらいの年齢だろう。
「おい貴様、今ちょっとばかし失礼な事を考えていなかったか?特に胸を見て」
「いえ全く………ってか何で俺の名前を知ってるんだ?」
俺って意外と有名人なのか?
まさか
「ふう………久しぶりであるから仕方がないか。それに私だけ貴様の話を聞いておったからな」
「誰から?」
「轍ミーティア真生、貴様の姉からだ。同時に私の姉でもあるが」
「え? つまりお前は俺の妹なのか?」
「最後のは嘘だ。それくらい仲が良いという例えに過ぎん」
俺はとりあえず立ち上がる。
「えーと、悪い。まずは名前を教えてくれよ」
女の子は、やれやれ、と言った素振りをする。
俺からすれば初対面みたいなものなのに何故そんな顔をするのだろうか。
「ではよく聞くのだぞ………
「待て」
「どうした。話の途中であるぞ」
「今なんて?」
「おいおい、そこまで私のバストに驚かなくてもよいだろう。私はまだ成長期なのだぞ」
「そこじゃあない。今、
「ああ、言った」
「マジで?」
「大真面目だぞ。両家の父親が昔から認めておるのだからな」
知らねえぞ、そんな話。
「どうやら貴様は何も聞かされてなかったようだな。こんな場所で話すことでもないからとりあえず私の家に行くぞ」
「お前が姉さんの使いであるのはよく分かったが何でお前の家なんだ」
「姉さんは私の家に住んでおったのだよ。だからほら、続きはそこで話すぞ」
くいくい、と俺を手招きし逢瀬廻は歩き始めた。
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