第6話 逢瀬の家
あれから20分ほど歩いている。
その道中、何度か話しかけてみたが「後でな」と言うだけだった────話すなら歩きながらでもいいだろう。
まあ向こうからしてみれば親父や姉さんが知らせてこなかった分を今から俺に説明しなきゃだから色々と頭の中で整理しているのかもしれない。
そういえば、生まれも育ちもこの町だと言っていたな。つまりは昔俺がいた頃に会っているのかもしれない。
小学2年生の時に引っ越したからな。その時までの記憶ってのはとても曖昧だ。
「着いたぞ」
俺の目の前にあったのは「時代劇かよ」ってくらい大きく立派な屋敷だった。
さっきから歩いていて気にはなっていたが、まさかここがこいつの家って………
「おーい、帰ったぞー」
逢瀬廻は長屋門の向こう側に声を掛ける。途端にガコッと
「お嬢、今日は遅かったですね」
逢瀬廻は親指を突き立て、後ろにいた俺を指差す。
「なーに、野暮用ついでに
長屋門の向こうから出て来たのは銀髪の青年だった。見るからに俺より年上だ。落ち着いた感じがより一層そう感じさせる。
「はじめまして。
「あ、はい………よろしくお願いします」
恥ずかしながら気圧されてしまっていた。
「そう緊張感するでない。ここは既に貴様の家でもあるのだぞ」
「急に言われてもだな」
今まで住んでいた場所にこんな立派な屋敷や使用人なんていなかったから慣れない慣れない。
しかしそんな事はお構いなしに逢瀬廻は門扉を
「さ、
神室木隗にそう言われやっと俺も門扉をくぐった。
「神室木さん、会って早々ですけど1つ質問いいですか?」
「何なりと」
「血縁者に警察の人っていたりします? 実は知り合いにいるんですよね」
「ほう、それは大変珍しいですね………血縁者にそういう方はいませんね。きっと偶然でしょう」
「……そうですか」
「お気になさらず。それよりもこの後、お嬢とお話しされるのですよね。きっとその時に私の話も聞くでしょうから質問はその後にでも」
「分かりました」だなんて言って俺は早歩きで逢瀬廻を追い掛けた。
兎にも角にも。
神室木隗は既に夕食の準備を済ましていたようで逢瀬廻との会話は食べながらという事になった。
「美味いであろう隗の作った
「ああ………」
どれも美味だった。そのせいでまともなコメントが出来ない。逢瀬廻は「美味い」だなんて言ってるがそんな言葉が安っぽく感じるほどに感動している。
「いつもはもっと質素なのだが、今日は貴様が来るということで無理を言って隗には腕を振るってもらったのだ」
「歓迎会って感じでもないけどな」
「そう言うでない。都会人はやはり大人数ではしゃぐのがよいのか? 俗に言うパーリィピーポーなのか貴様も」
ちょっとばかし逢瀬廻の目が強張る。
「いや、違う違う………こんな風にもてなされるとは思ってなかったからよ」
「何を言うか。考えれば分かるであろう………こうする程に貴様の存在が逢瀬家にとっては大切なのだ」
結構嬉しい事を言われているんだろうけどイマイチ実感が湧かない。
「まあよい。その言葉の意味もこれから私が話す事で理解できよう」
「そう、それを待ってたんだよ」
逢瀬廻は箸を一旦休め、茶をすする。
ズズズズ────
「何処から話そうか」
「え? 俺が指定するのか」
「質疑応答形式でいこう」
「そうなのか………じゃあ───」
さっきからずっと「なあ」とか「あのー」とか逢瀬廻に対する呼称が迷子だったので先ずはお互いの出会いについて聞くことにした。
「俺たちはいつ頃で会ったんだ?」
既に考えていたのか、逢瀬廻は即答した。
「貴様が6歳、私が3歳の時だ」
「3歳って物心つき始める前じゃねえか」
「だが貴様は既に物心あったであろう。なのに何故覚えておらんのだ」
ぐっ………それを言われるとなあ。
「思い出せないから聞いているんだろ? 具体的に何処で出会ったんだよ」
「あれは確か近所の
やけにハッキリしてんな。それに物心がつく前なのに何で覚えているんだ。
「それから2年間はほぼ毎日貴様とは遊んでおったのだぞ。小学校に行っても友達がいないとか言ってな」
「あっ………」
それを聞いて思い出した事があった。
あの頃、毎日遊んでいた小さな女の子がいた。ええと………その子のお母さんと俺の親父が仲良くて………
でも確かその時の女の子って────
「昔、髪色は黒だったろ?」
それを聞いて逢瀬廻は少し嬉しそうな顔をした。
「そう。生まれながらにしてこの赤色だったのでな。母上が昔は世間体を気にして幼いながらに黒染めしておったのだ」
「だからか………昔はそんな話し方じゃないし髪色も違えば思い出すのは難しいぞ」
「ああ………言われてみれば私は貴様が知っていた頃よりもかなり変わったからなあ。思い出すのに時間がかかったのは無理もないか」
やっと、なんつーかこう………和んだ感じの空気になった。重い箸も軽くなるってもんだ。
「ええと、じゃあ
「
「は?」
「私のことは親しみと愛を込めて
「親しみは分かるが愛って………」
「
「それだ。それも聞きたかったんだよ。いつ何処で俺たちはそうなったんだ」
その質問に対しては何故か即答しなかった。
きっと答えは分かっているのだろうけど、言いたくないような、言いづらいような、そんな顔をした。
「それは………言えぬ。それだけは貴様が思い出さねばダメなのだ」
喜んだり凹んだり忙しい奴だな。
「べ、別に嫌って訳で聞いたんじゃねえぞ。ただ言われるままに『はいそーですか』なんて出来る問題じゃないだろ」
「それは重々承知であるがこれだけは譲れぬ」
この件に関してはこれ以上は口を開く気は無いようだ。後で神室木隗にでも聞いてみるか。
「言い出しっぺは私なのに詳しく言えないとは我儘な女だ」
自分を諭すように
「ではこちらから今日中に言っておかねばならぬ事を先に伝えておこう。質疑応答の続きはそれからでよいか?」
「ああ」
廻はビシッと俺の目の前に二本指を見せる。
「いえい」
ピースサインなのか?
「話すことが2つあるという意味だ」
でも今、いえいって言ったろ。
──────
─────
────
先ず、1つ目は『明日からについて』。
俺は廻が通う私立
手続きは全て親父と姉さんが済ましていたらしい。なので明日から廻と登校する事になった。
そして2つ目は『この町について』。
幼少期に引っ越した俺は知らなくて当然だったがこの現神町には古い
この町で起きる悪事という悪事はその狼によって妨げられ駆逐されるらしい。
説明の中では一体どこまでの悪事が対象なのかはハッキリとしていなかったがそういう組織がこの町にあるとの事だった。
現代にゃ警察組織があるってのに、まるで自警団だな。
何でその話を持ち出したのか分からなかったがそれを語る廻の目は真面目だった。
都市伝説のような眉唾物の話を俺に信じろというのだから聞いている時の俺の表情は何とも言えなかっただろう。
その話を終えた頃、隗が来て荷解きをするように頼まれた。すっかり夜なのでそれもそうかと思い、廻に誘導されるままに渡り廊下を歩き、母屋から少し離れた場所に移動した。
「ほら、入るがよい」
何も考えずに扉を開ける。
そこには見覚えのあるケースが置いてあった。擦れた跡が至る所にある真っ黒なキャリーケース………俺がよく使っていたものだ。
親父が勝手に送ったのかもしれない。
しかし、それ以上に気になったのは内装だ。
「何だよこれ」
「見たままの通りだが」
「いや、この離れの外装からしてここの内装って梁があって畳が敷いてあってさ………質素な感じだと思わせるだろ」
なのに。
ピンクの壁紙に沢山の人形────
それにめっちゃいい匂いがする────
しかもよく見りゃフローリングかよ………
「何だこのキャピキャピしたのは」
「ああ、ここは姉さんの部屋だったからな」
確かに。見覚えのある服が掛けてある。
「それはいいんだが、ここに住むの俺?」
「ダメなのか? このシスコン」
「シスコンじゃねえ! 惚れ惚れするほどに姉さんが好きなだけだ」
まさかそれをシスコンっていうのか?
「それはそうと、さっさと荷解きは始めるのだ。隗が既に風呂の用意をしておるようなのでな」
「ああ、そうなのか。まあ姉さんの部屋ってんならまだ我慢できるか」
俺は部屋の真ん中に置いてある自分のキャリーケースに手を掛けた。
親父が勝手に送ったから何が入っているかは開けてみるまで分からない。しかし大まかの予想はついている。学校から帰った最後の日、俺の私物はこのケースと共に消えていたからな。
ケースを開けようとした時、違和感を感じた。
ケースからではなく背後から。
「おい、何してんだ」
後ろには下着姿の廻がいた。
「何って………風呂の準備であろう」
「ここはお前の家かもしれないが流石に脱衣所で脱げ」
「これが日課なのだ。湯上りの火照った身体にはこれくらいの露出面積がよいのだぞ────」
なんだよ露出面積って………
「────今歩いて来たから分かると思うがあの渡り廊下の風通しは最高でな、気分が良くてついつい毎晩ここに戻る時は鼻歌交じりで歩いてしまうのだ」
「ここに戻るって────」
「姉さんと私は相部屋だったのだぞ」
「つまりこの部屋って」
「ああ、よろしくな
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