第18話 シラヌイ事件

俺と廻は部屋に入るなり着替え始めた。


こうして安全地帯にいると色んなことを思い出してしまい、なかなか処理が追いつかない。


下着姿の廻が目の前にいるが取り乱すほどに気にはならず「さっさと寝るか」なんて言ってやって寝かしつけた。


そんな俺はタクシーで寝たせいなのか、なかなか寝付けない。


俺より眠っていたはずの廻は既に寝息を立てている。まあ、廻も廻で誘拐スタートだったから疲れたのだろう。


今日の出来事を思い返す────まず、俺には【死を断つ】という力があること。そして【生を失っている】ということ。


前世の俺が麟業屋実果槌りんごやのみかづちという神様と契約しちまった結果だ。


【生を失っている】のは【死んでいる】とどう意義なのかは分からないが、俺は今の自分が生きていると感じている。麟業屋は「そのうち分かる」としか言わなかったから本当に分からねえ。


そして【シラヌイ事件】────麟業屋が最後に言っていた事件名。


枕元を探り、スマホで調べることにした。


インターネットで検索をかけると何件かヒットする。とりあえず1番上から順に見ようと開いてみると何故かサイトに繋がらなかった。


他のサイトも同様に見ることができなかった。


「一体どうなってんだよ」


ピコン────通知音が鳴った。


消音にするのを忘れていた。

慌てて廻を見たが起きていないようだ。


「あっぶねえ」


スマホを確認する────メッセージが1件届いたようだ。


差出人は不明。


中身には一言だけ『これは真実か?』と。


意味が分からず悪戯か迷惑メールかと思ったがよく見ると写真が1枚添付されていた。


「………新聞の写真?」


それも昔の新聞だった。


見出しには────


【突如起きた大殺戮事件、解決か】と。


記事が擦れていたり日焼けで黄色くなっているのを見るとかなり古い新聞のようだ。


写真を拡大すると日付は今から約百年も前のものだと分かった。


百年────そういえば麟業屋との契約では百年後の今世で生き返るとか言っていた。


まさか、これはシラヌイ事件の記事?


俺が殺されたという事件なのか。


昔ながらの言葉使いで書いてあったが現代とかけ離れている訳ではなかったので何とか読むことができた。


内容はこうだ。


────────────────────


警察の発表によると────

6月13日に信楽港近くの廃工場で発見された2つの死体は自警団【月天狼】のリーダーである生月天いくつきてんと判明したが、もう片方に関しては男性というだけで身元が分からなかった。2人とも腹部や胸部を刺されており、失血死とされた。互いに争った形跡があり決闘の類で相討ちになってしまったのではないかと推測される。


また同日【月天狼】の拠点地である【千条屋敷せんじょうやしき】から48人の死体が発見された事に関しては、争った形跡はなく全員喉を裂かれており、実行には綿密に練られた計画と熟練した技術が必要であると警察は推測し、月天狼に恨みを持つ複数犯の可能性が大きいとした。


殺害された生月天と交際関係であった加々見かがみねねは唯一の生き残りであった。警察に保護されるが取り調べに対しても口を聞けず、翌日には消息不明となった。


加々見ねねの捜索から3日目の朝、比良坂山の山中で首を切断された加々見ねねを警官が発見。


彼女の身体には【不知命】と肉を抉って彫られた跡があり、手には血錆ちさびのついた小太刀が握られており、千条屋敷の死体の傷口と一致し、それが使用された凶器であると警察は発表。


そこから加々見ねねが主犯とされ、身体に彫られた【不知命】という文字から【シラヌイ事件】と名付けられた。


近隣に住む住人は加々見ねねが主犯である事に否定的であったが、警察が主犯にした理由として、屋敷にいた大勢の人間を無抵抗で殺せる技術を持っているのは現神町内でも生月天か加々見ねねしかおらず、当日現場から離れた場所にいた生月天では犯行は不可能とされたからだ。


犯人が特定したとして、警察の捜査は終了。


生月天といた身元不明の男と加々見ねねの関係性が不明のまま事件は幕を閉じた。


────────────────────


…………なんだよこれ。


前世の俺と交際してた女がシラヌイ事件の犯人だって?


それに50人近くを小太刀1本で殺害ってどんなバケモンだよ。


俺は……この加々見ねねを殺す為に今世にいるのか。その殺人鬼がこの現神町にいるってのかよ。


『殺人』────その言葉で今夜のことを思い出す。貫かれた胸が痛む気がする………気がするだけだ。もう怪我は治ったのだから。


だが、あの怪人レインコートが加々見ねねならば必ずまた襲ってくるだろう。今日は志々目さん達がいたから良かったが、廻といる時にまた襲われちまったら退けられるか分からない。


………待てよ。


新聞の写真と共に送られてきたメッセージのことを思い出す。


『これは真実か?』


文面が疑問形であるからして、このメッセージの送り主はこの記事の内容について何か疑いがあると受け取れる。


しかし何故記憶のない俺に………というか、なんで俺に送ることが出来たんだ?


兎にも角にも。


メッセージの差出人はこの記事の情報の真偽が分からないのは確かだ。つまり俺にも同じことが言える─────何が真実なのか。


「返信……いや、やめておくか」


差出人は真偽が分からないとは言え、シラヌイ事件を追っている。俺が何も知らないことを悟られるのも知っているフリをするのも何か面倒になりそうな気がした。


差出人には悪いが無視させてもらおう。もしかしたら無作為に送ってきた可能性もあるからな。


スマホを枕元に置く。


その瞬間────再びメッセージが来る。


「……!」


気を抜いた一瞬だったので驚きで軽く跳ねてしまった。


廻を見るがやはり寝ている。


「………ほんと眠り深いな」


そんなことよりも、恐る恐るスマホを確認する。


差出人は不明のまま、さっきと同じようだ。


しかし文面を見て、俺は戦慄した。


『見つけたぞ』


それだけだった。でも十分だ。


これは無作為ではなく、俺に送られてきていると分かった。


そこから連続してメッセージが送られてくる。


『安心しろ』


『まだ手出しはしない』


『ただし近いうちに』


『確実に』


『徹底的に』


『無慈悲に』


『お前を殺す』


『震えろ』


ここでメッセージは止まった。


記事を見た時点でダメだったのだろうか。


一体どういう仕組みで俺を特定したのか。


むしろこのメッセージ自体がまだ釣りなのだろうか。


こんなの悪戯にしちゃ度が過ぎる。


『まだ手出しはしない』とあったが、それが何よりも警戒しちまう。


今夜はまだ大丈夫なのか?


なら明日何か起きる?


まだっていつまでなんだよ。


嘘かもしれない。


そう疑心暗鬼になってしまう。


「………考えても仕方ない、か」


俺を不安がらせる作戦なのかもしれない。精神的に疲弊した時を狙っているとすれば、今ここで神経質になる必要はないだろう。


過信ではないが、致命傷でも元に戻れる力があるのだから今日のところは身体を休めておこう。


やっと寝れると思えば、また問題。

トラブルシューター冥利に尽きるぜ。


やっと瞼を閉じる。


────寝るとするか。


そして夜は更けていく。




アラガミファングス

第一部【死獅リバース 】完

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アラガミファングス【第一部 死獅リバース】 祢津右善 @NezUzeN

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