第17話 月夜に彷徨う
逢瀬家前────
俺はどうやら
願掛けしてみるもんだな。
眠る
「
長屋門の向こう側に呼びかけた。
すると閂の外れる音がし、門は開いた。
例の如く
「いや、三日っつうか三時間もないくらい。多分着てるもんがボロボロだからだと……」
「それでも十分。何があったか知らないけど若いうちは無茶するものです」
あんな無茶は2度としたくねえよ。
「それに
「結構結構、
すると後ろから眠そうに目を擦りながら廻が歩いてきた。
「おう……今帰った…ぞ」
「お帰りなさい、お嬢」
「今日は…このまま……寝させてくれ」
「分かりました。一生くんは?」
寝起きだからなのか、正直まだ体がダルい。
「俺もこのまま寝させてもらいます」
「うん、そうした方がいいかもね。じゃあ今着てるものは悪いけど脱いだら部屋の前に置いといて下さい。お嬢もですよー」
廻が聞こえているのか分からないが「ふあぁい」と返事のような
「やれやれ………じゃあ一生くん、お嬢と一緒に部屋まで行ってて下さい。軒下に落ちたら大変ですからね。タクシー代は私が払いますから」
「分かりました。ほら、廻行くぞ」
俺はふらふらと歩く廻の手を引き、敷地内へ入った。
やっとゴールってところか。
登校初日だってのに………ま、結果良ければ全て良し。お互い無事に帰れたんだからな。
しっかし
………はあ。
もう明日起きたら考えよう。
─────
────
───
「全く………心配したんですよ。私が信楽港を離れてから随分と帰りが遅いもんだから」
「帰りがけに巷で噂のレインコートってのに絡まれたんよ。そこでまた一悶着あって長引いちまったのさ」
「あのタイミングで出会うとは運が良いのか悪いのか………それにしても生き延びたのが幸いです」
「大丈夫だって。最悪、アタシが対峙すればよかったしねー。でも
「筆頭達って……未左もいたんですか」
「ん? どうかしたの?」
「あ、いや。信楽港でお嬢を助けた時に轍一生と一緒に未左がいたので」
「あいつも忙しいよなー」
「あなた程ではないでしょ、
「これでもアタシは伸び伸びとやってるの。むしろ隗くんの方が忙しいでしょ。毎日こんなデッカい屋敷の管理や逢瀬廻の身の回りの世話なんて……アタシならやらないけどね」
「まあそこは適材適所ということで………そろそろ私は失礼しますね。隠もアジトへ帰りなさい」
「ほーい」
隠はタクシーに乗り込み、去って行った。
隗も少し月を眺めた後、屋敷へ戻った。
─────
────
───
信楽港からそう離れていない場所。
嗚呼………なんて良い夜だ………
【何か】は町中をフラフラと歩いていた。
すれ違う人など気にもせずにその場に立ち尽くしては夜空に浮かぶ月を見ていた。
今日の月は実に良い………
白くも黄色くもなく、油絵で描いたような複雑で重厚な色調を感じさせる。
きっとアイツも見てるんだろうなあ………
アイツなら何て言うだろうか………
あれ、ちょっと待てよ……
アイツって誰だよ………
誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ………
あーダメだ。思い出せない。
【何か】は再びフラフラと歩き出す。
というか何でこんな所にいるんだっけ。
何が目的でこんな場所に。
さっき周りがうるさかったなあ。
あの音は嫌いだ。それにあの色────
赤────
あんなの見せられちゃったら抑えたくても抑えられなくなる。
すると【何か】は建物の路地に誰かが隠れているのに気付く。
「誰? おじさん?」
「………」
あれ? 聞こえなかったのかな?
「ねえ」
「………」
「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」
「うるせえぞ! 怪我したくなきゃあっちに行け!」
怒られた。
何か悪いことしたのかな………
「でもおじさんの方が怪我してるよ?」
「ああ? してねえだろ」
「ここ」
【何か】は顔を指差す。
「これは眼帯だろ。これは怪我じゃなくてオシャレで付けてんだよ。ほら」
おじさんは眼帯をめくった。その下にはしっかりと眼球があって淀んだ眼をしていた。
汚い────そう感じた。
「何で付けてるの?」
「だからオシャレだって言ってるだろ」
「よく分からないけどそれを付けたいんだね。じゃあ手伝ってあげる」
取ってあげた。
でも
あれ、嬉しい顔をしていない。
なんでだろう。
そんな痛そうな声を出しちゃいけないよ。
潰してあげた。
「騒いじゃダメだよ、もう夜なんだから」
あれ………
ダメだ。見ちゃダメだ。
おじさんの顔から滴り落ちるそれを見ちゃダメだ。
目を閉じた。
でもダメだった。
見ていなくても臭いで分かってしまう。
鉄の臭いが。
ダメだ。嗅いじゃダメだ。
………あれ。
………懐かしい臭いがする。
「おじさん」
近付くと逃げるようにして地面を這う。
「ねえ、待ってよ」
何で逃げるの。
何でそんな目で見るの。
それに────
「何でアイツの臭いがするの?」
おじさんは相変わらず後ずさりするだけ。
でもすぐに行き止まりだった。
「ねえ教えてよ」
おじさんは金魚みたいにパクパクしていた。
あれ?
おじさんの喉が潰れてるみたいだ。
だから喋れなかったのか。
「じゃあこうして」
おじさんの震える手を取り、滴り落ちたそれを指につけてなぞってみた。
「ほら書けるでしょ。だからね、ほら。教えてよ」
おじさんは何もしなかった。
ただ震えるだけ。
何でだろう。
「………ああ、足りなかったんだね。乾くと書けないもんね」
でも大丈夫。そこにいっぱいあるから。
おじさんの指をそこに突っ込んだ。
そしたら打ち上げられた魚みたいにビクビク跳ねて動かなくなっちゃった。
まだ何も教えてもらってないのに………
でもこんな時間に寝てる人を起こすのは悪いことだからそっとしておこう。
「あ」
思い出した。
アイツの名前────
殺さなきゃ。
「おじさんありがとう、そしておやすみ」
月夜に照らされながら【何か】はまた歩き出した。
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