第16話 姉妹


神室木かむろぎさん、倉庫内に倒れていた15名全員の搬送準備が整いました!」


若い警官が駆け寄って来てはそう言った。


「おう、ご苦労さん。首尾はいたのか?」


「それが………あの中にはいなかったようです。特徴としては眼帯をした男らしいですが」


「まあいいだろう。この拠点は潰したからな」


「………あのー」


「どうした?」


「いえ、あの人数を相手にしたのに怪我はないのかと思いまして」


「アホ。あんな奴ら相手に怪我なんてするか………化け物なら話は別だけどよ」


「はは……それでも神室木さんなら返り討ちにしそうですけどね」


若い警官は苦笑いする。


「冗談はよせ。それよりも早く持ち場に戻らねえと叱られんぞ」


そう告げると警官は駆け足で倉庫内へ戻っていった。


ったく………痛えなオイ。


右腕を摩る。


本当に骨の折れる仕事だった。まさかのまさか、あの状態から技を使うなんて思いもしなかった。


すると、


カラン────


コロン、カラン────


下駄の音が聞こえる。


辺りは多くの警官や取材班、野次馬で溢れかえっているがそれらの隙間を縫うようにしてこちらにそれが近付いてくる。


カラン、コロン、カラン、コロン────


「はいはい、公務員はどいたどいた〜。宇田川うだがわさんのお通りだよ〜」


「………来たんですね、大狼たいろう


大狼はドカッとパトカーのボンネットに座り込み、持っていたキセルを咥え込んだ。


「懐かしい臭いがしたんでね、ついつい釣られて来たらこのザマさ」


「へえ、懐かしいんですか」


「それで………どうだったんだい? さっきから右腕を隠してるけどさ、結構ヤバイでしょ?」


コートで隠していたがやはり見抜かれたか。普段から抜けてる雰囲気を出してる癖に勘はいい。


「いやはや、お恥ずかしい。2発食らっただけでこの始末ですよ」


コートを捲り上げ、折れた右腕とひしゃげた右手を見せた。


「腕の骨折ならまだしも、指がこれじゃあ葉巻も吸えんです」


「なーに、左腕が残ってるだろう」


「片腕じゃあ満足に吸えませんから」


再び右腕をコートで隠す。


「何があったんだい」


十六夜落いざよいおとし………しかも力一杯のを食らいましたよ」


「ありゃりゃ。じゃあそれを防いだ時に手首から先を」


「ええ、結構痛かったですよ。まあ首の骨が折れるよりはマシですけど」


「んで腕の骨折は?」


「ここにいた女の子を助ける際に」


轍一生わだちいつきだけじゃなかったのかい。見られちまったらまずいだろう」


「そこに関しては平気ですよ。その子はおぼろ流の、知らなくはないですよね?」


「ああ、あそこの子かい。確か今は逢瀬あわせって苗字だったかな………しかしそう考えるとこれもまた運命なのかねえ」


キセルを外し、ぷかぁーと煙を吐く。


「2人はどうしたんだい?」


「応援が来る前に帰しましたよ」


「あらら────」


大狼は何か思い出したようにこちらを見る。


「ここに来る途中、知らない獣の臭いがしたけどあの子らは無事帰れるかねえ。襲われてなきゃいいけど」


「そうですね、轍一生ひとりなら大丈夫でしょうけど彼女を守りながらとなれば────」


「ウチの勘が正しければ、轍一生はまだアレには勝てないねえ」


「まあ心配いりません。護衛として未左と未右を向かわせました────筆頭がいれば大丈夫でしょう。それに爪の許可も出しておきましたから」


「そうかい、なら安心だよ」


「ところで大狼たいろう


「なんだい?」


「先日のバスジャックの件ですが────」


大狼は「あ」とだけ言い、立ち上がった。


「───犯人とバスを消したの、大狼でしょ」


「さ、さあね。神が現れる町と書いて現神町あらがみちょう、きっと神隠しにでもあったんじゃないのかい?」


「白々しいですね────あれの処理大変だったんですから。それにあの姉妹が高速道路をズタズタにして、おまけに監視カメラに姿が映るし………警察って身分をフルに使わなきゃ今頃は全国、世界中に私たちのことがバレますからね」


「まあそう言うんじゃないよ────その為に長年アンタを警察内部に潜らせて月天狼がてんろうの存在を隠しているんだから」


「だからって何でもしていい訳じゃないですからね」


「あー、分かったって。暫くウチは表に出ないようにするよ。未左と未右にはアンタから注意しときな」


そう言って大狼は振り返り、再び人混みの中へ歩いて行く。


「そんじゃ、これからも頼むよ────三狼衆みろうしゅう神室木陣かむろぎじん


「………御意ぎょい


──────


─────


────


兎にも角にも。


両足がやっと真っ直ぐになり、右腕も元どおりになり、左腕もくっついて来たので立ち上がる事にした。


「もう立てんの?」


「ああ、自分でもビックリだよ」


墜落してから5分しないうちに人としての形に戻れた。横になっている間、自分の肉体がどうやって元に戻るのか見ていたが俺の【力】ってのは『回復』って言うほど便利なものではないようだ。


例えば、腕が切られたり燃やされたりして傷口から新たな腕が生えてくるような緑色の大魔王的な要素はなかった。


ガラスのコップを粉々にした映像を逆再生したように俺の肉体は元に戻っていったのだ。


変態野郎レインコートはアンタの首をちょん切るつもりだったようだけど………もしそうなったらどうやって元に戻ったんだろうねえ」


「知るかよ。つーか知りたくもねえ」


「なーに、知っておいた方が今後の為になるだろ?」


「今後の為?」


「また襲いに来るだろーからさ。自分の【力】の弱点を知らなきゃ対策練れねえだろー」


「弱点、か。今はとりあえず万能ではないっていうのには気付けたかな………それよりも────」


俺は振り返る。


「まさか志々目ししめさんが噂の月天狼がてんろうだなんて驚きですよ」


「あら、隠すつもりは無かったのよ。聞かれたら『はい、そうです』と言ったわ」


いやいや、普通に聞ける質問じゃないだろう────まあ撫城弥琴なでしろみことなら気にせずに聞くんだろうけど。


志々目さんは狼の面を取り、素顔を見せる。


「では改めて自己紹介するわ。私は志々目未左ししめみさ、表では探偵業、裏ではこの面をつけて月天狼として活動しているわ」


「次にこのうるさいのが────」と志々目未左はもう1人の女に視線を向けた。


「はい!はい! 私は志々目未右ししめみう20歳はたち。表では………んー、あんまり人に言えない仕事してて、裏では未左と同じく月天狼として活動中だぜ!」


と志々目未右も面を取る。


「………双子、なのか?」


話し方や振る舞いには大きく差がある一方、2人の顔は寸分違わず同じ顔だった。


「そーそー。正確に言うと未左の方が5分だけ早く産まれたから姉なんだよねー」


「まあ見分けるのは難しいけど話せば丸わかりだから」


志々目未左は「ほら」と俺に近づく。


「気を失ってるだけだから」


志々目未左はめぐるを背負っていた。


「何で志々目さんが」


「今はもう『未左さん』と呼びなさい。ややこしくなるわ」


ってことはもう片方は『未右さん』って呼ばなきゃダメなのか。


「………じゃあ未左さん、何で廻を連れてるんです?」


「空から降ってきたのよ」


「何ですかその飛行石チックな流れは」


「ホントのことよ。現に轍くんも降ってきたじゃない」と言い、志々目未左は廻をゆっくりと地面に寝かせた。


「ウチらが到着した頃にはアンタは死んでて、さらにその子は連れ去られようと既に空中だったんだよ」


「じゃあ2人が廻を助けてくれたんですか?」


その質問に2人は同時に腕を組んで見合わせる。


「私がその子をキャッチして────」


「うちがアンタをキャッチした────」


『そういう事にしよう』と最後はハモった。


………何の双子芸だよ。


「てゆーか、それだと連れ去ろうとしたレインコートが廻を落としたってことだよな」


「いやいや、あの野郎はガッチリその子を連れ去る気だったぜ」


「ん?じゃあ誰が廻を?」


「私が説明しよう────」


未左さんが言うには、彼女たちがレインコートから廻を取り返そうと掴みかかる瞬間、死んでいた俺は胸に刺さったポールを抜いてはすぐにレインコートに一投したそうだ。


当たりはしなかったものの、それに驚いたレインコートは廻を放してしまい志々目未左がキャッチしたのだ。


その後、俺はケモノの如く飛び出してはレインコートとビルへと突っ込み、程無くしてレインコートのひと蹴りで俺は空高く舞い上がり、そのまま一緒に上空へと連れていかれたのだ。


「まあ、そんな感じでウチがアンタを受け止めにわざわざ夜の町を走っていたわけ」


「落下先がここでよかったわ。あまり人目につくと怒られちゃうからね」


2人は狼の面をつける。


「じゃあ轍くん、今日はここでお別れね。私たちはこれからアジトに戻らなきゃだから」


「そうですか。じゃあ俺たちも帰りますね」


変態野郎レインコートはもう来ないと思うけど帰りにゃ気をつけなよ!」


そう言って志々目未左と志々目未右は高速道路の柵を乗り越えて消えていった。


2人を見送った後、俺は横たわる廻をおんぶして側にあった非常階段を下りた。そこから少し歩くと車通りも多くなり、すぐにタクシーを捕まえることが出来た。


やっと一安心ってところだな。


「見たところお客さんたち学生だけど………それに君、制服がボロボロじゃないか」


やべ……言い訳を考えてなかった。


こんな時間に女子中学生をおんぶした高校生をタクシーに乗せるのには抵抗あるだろうし、それに加えて俺の制服は穴だらけ。


「妹を助ける為に悪人と戦ってこうなったんだ。デッカい妹だから仕方なくタクシーを使って帰ろうとと思って」


俺は一体何を言ってるんだ。


「………ふーん」


ああ……怪しんでるなあ。明らかに如何いかがわしい目で見ている。それに俺の言い訳が下手すぎる。


ここは一旦、引いてから言い訳を練って他のタクシーを見つけようかな。


「………ま、乗りな。私も若い時は人に聞かれたくない事情の1つや2つはあったもんさ」


運転手は、くいっと帽子を上げると顔を覗かせた。


女の運転手なんて初めて見るなあ。

まあタクシーなんて言うほど使った事ないからな、ただの経験不足なのかもしれない。


「ありがとうございます」


「どこまで行くのさ?」


しまった。住所が分からん。


「えーと、朧流古武術って道場を開いている────」


「なんだ、逢瀬さんのところか」


「知ってるんですか?」


「知ってるも何も朧流と言えば逢瀬家、逢瀬家と言えば朧流ってくらいこの町じゃ常識さ。行き先はそこでいいんだね?」


「はい、お願いします」


「そこそこ時間が掛かるからお兄ちゃんも寝てるといいさ。着いたら起こしたあげるよ」


「俺は眠くないんで大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」


「ふふ、まあ遠慮なくいつでも寝ていいからね────さて、出発だ」


バタンと扉が閉まり、間も無くしてタクシーは走り出した。


廻は気絶に加えて、そのまま眠ってしまっているようだ。


廻の寝顔を見てから俺は改めて自分の体を確認した。さっきまで腕が千切れてズタボロだったのに既に何事も無かったかのような健康体────麟業屋から得た【死を断つ力】のおかげだ。


しかし気疲れはあるようだ。タクシーの微妙に揺れる感じが段々と眠りを誘ってくる。


それもそうか。


本当に長い1日だったからな………2回死んで、1回死にかけて、2回神様に会った。それに2分くらい落下した。


それもこの数時間で。


流石にもう寝ていいだろう。それによ、麟業屋に会わずに目覚めたいもんだ。


次に俺が目を覚ますのは逢瀬家前でありますよーに。


俺はどっかの神様にそう願ってみた。

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