第15話 Falling sky
星の海────夜空に輝く無数の星々を見て、どっかの誰かがそう例えたのだろうか。空を見上げてるのに海って例えるところが俺は好きだ。なんせ朝昼晩、時間を問わず空を見るのは好きだからな。
だって吸い込まれそうになるあの感覚が好きで仕方ないからだ。
昔、銭湯の煙突や鉄塔に登ってよく姉さんに怒られたもんだ。親父は怒られて半泣きになる俺を見て笑ってたっけ。
姉さんも親父に俺を叱るように促していたけど聞く耳は持っていなかった。逆に『覚悟があるならやれ』と俺に言っていたくらいだ。
父親としてそのコメントはどうかと思うかもしれないが成長する度にその時の言葉の意味が分かってきた。
『覚悟した時ってのはもう止まれない』って俺は解釈している。覚悟が無いから引き返せる、逃げ出せる。覚悟があったから小さい頃の俺は危険を
それほどに空から近い場所には惹かれるものがあった。
そんな思い出話は置いといて、結論から言えば────最悪な目覚めというのは俺の予想を遥かに上回った。
すぐにその意味を察せれば、本当に覚悟は出来たのだがその時の俺は肝心な事を忘れていた────
もし『気をつけて』となれば、何かが起こる寸前で目覚めるのだろうけど『覚悟』ということは俺が目覚めた時点で何かが起こっていると大体分かるだろう。
段々と意識が戻り始めた矢先、目を開けるよりも前に俺は冷たいものを感じていた。それも強く、頭の先から足先まで、冷たい何かが俺を包みこむようだった。
目を開けると先ず見えたのが無数の光。
星の海とまでは行かなかったが、あちこちに無数の光の集合体や光の列が縦横に動いていた。
マジかよ………何したらここにいるってんだ。
正面に街明かり、背面に月明かり。
俺は現神町へ吸い込まれるように落下していた。
これならまだ線路上で寝かされて目覚め瞬間に電車に轢かれるとかの方が良かったかもしれない。
『覚悟』ってのはこういう事だったのか。
麟業屋め、どのみち回避する方法ないんだから教えてくれたってよかったじゃねえか。
………いや、どのみちだから何も言わなかったのかもしれない。このまま地上に激突して俺はまた夢意識世界へと行くのか?
そしたらまた麟業屋に笑われちまう。
「へいへい、ビビってんのかよ」
正面の街明かりに気を取られていた俺は気が付かなかったが俺のすぐ真横には怪人レインコートがいた。
さっきはフードを深々と被っていたので分からなかったが怪人の顔はお面で隠されていた────しかも猿のお面。黒の長髪で編み込まれている。その髪がなびく様子を見るとかなりの速度で落下していることが分かる。
「お前がやったのか………」
「え? なんて?」
落下のせいで風を切る音が俺の声を遮っていた。
「何で俺が空中にいるんだよ! つーか絶対お前のせいだろ!」
「あー! そうだよ!」
「何とかしやがれ!」
俺は掴みにかかったがレインコートはするりと避け、距離を取った。
「本当に野蛮だねー! もう足場がないから安心してたけどまだボクを捕まえようなんて!」
足場がないから?
てゆーか、それよりも!
「この状況を打破しようと考えてるの?」
「あったりめえーだ!」
死ぬわけにはいかない。
………もう27回は死んでるけどな。
「君が死なない方法があるとするなら海にダイブするくらいじゃないかな? ま、それでもダメだとボクは思うけども」
冷静な口調で言いやがって。
「ほら、考えなって。激突まで残り1分って所かな。ボク達は今時速200キロで垂直落下中だよ、凄いよね1秒で50メートルは進むんだから」
やけに楽しそうだ。
そりゃそうだよな、俺をこうしたくて高い所から落とした訳だし。
しかし何も思いつかない。
落下先がプールでもエアクッションでもこの勢いじゃあダメだろうと本能が告げている。
それに時速200キロって………地面が豆腐だったとしても助からねえだろうな。
「ねえ!ねえ!」
無邪気に話しかけるな。
「胸にぽっかりと穴が空いていたのにたったの2分足らずで復活って凄いね!」
2分? そんな短い時間で回復したのか。
いや、早いのか遅いのか平均なんて分からない。
「じゃあさ────」
レインコートは恐ろしいことを言った。
「首を切断したらどれくらいで復活するのかな?」と。
夏休みの自由研究じゃねえんだぞ。
むしろお前の力を知りたい。何で翼もジェットもないのに空飛べたんだよ。てゆーか、これからお前がどう着地するのか見たいわ。
「その前に何で俺がお前に殺されなきゃならないんだよ!」
「そりゃあ、ボクの邪魔をしたからさ。せっかくあの子と楽しもうと思ったのにさ。急に君がボクを殴ったり叩きつけたりするからさ────」
そう言ってレインコートは両手を広げてると俺の視界から消えた。空気抵抗を高めて一瞬だけ俺の背後に回ったのだ。
そして俺の首根っこを掴む。
「だから結構怒ってるんだよボク」
さっきまで子供のような無邪気な口調ではなく、冷たい殺気のこもった声になる。
こっちが本性か。
「離せ!」と暴れてみたが思ったように体が動かせない。それにこいつ、結構力が強い。
「安心して、飛ぶのも落ちるのも慣れてるからさ。鼻や胸から吹っ飛ばないようにしっかり調整するって」
「ここ」と言いながら俺の喉仏を優しく摩る。
「寸分違えずスパッとやってあげるから苦痛もないよ。あ、君への配慮じゃなくてボクってグロいのダメだからさ」
そうしているうちに、街明かりは次第に大きくなっていく。周りのビルの看板や走る車がはっきり見えるほどに。
「さっきはポールだったからなー………そうだ!次は標識にしよう」
レインコートの掴む力が強くなる。
どうやら俺の真下は建設中の高速道路のようだ。明かりは点いているが人は視認できない。誰もいないようだ。
「よーし、カウントダウン開始」
10、9、8────と数え始めた。
また死ぬのかよ。
「4……3……」
ガ───ギシャ────シャ────
何か聞こえる。
「2……1……」
ガシャ──ガシャ──ギシャ────
────ガシャン!
──────
─────
────
兎にも角にも。
俺は助かった。
いや、『死なずに済んだ』と言った方がいいのかもしれない。だってそれじゃあ無傷で生還したみたいじゃないか。
「そんな状態になっても意識があるなんてどうなってんだよコイツ」
女の声がする。
まだ体は動かしづらいがなんとか顔を上げる。
視界は良好とは言えないが、目の前には黒いウェットスーツみたいなのを着た奴が立っていた。フードを被っていてよく顔が見えない。
何故か手足には金属で出来たデカい鉤爪のようなものを装着していた。
「………お前がやったんだろ」
「あー、命の恩人にそんな事を言っていい訳?」
「俺じゃなきゃ死んでたぞ」
「あんたを助けるにはこれしかなかったんだよ。もう一回飛んでみるか?」
………と言うことは、俺がどういう肉体なのか分かってるって事なのか。
「ったく、ショック死しててもおかしくない怪我だってのに………ほら」
女は無造作に俺に向かって何かを投げた。
「くっつけときゃ治るでしょ」
俺の左腕だった。
自分の体をよく見ると左腕は肘から先が無く、右腕はあさっての方向を向いていた。おまけに右足はバキバキに折れ、左足なんて取れかけていた。
少しずつ身体が元に戻ろうとしているようでミチミチと音を立てながら傷が治っていくのが分かる。
「いやーごめんね。あんな簡単に腕が千切れるなんて知らなくてさ」
『ついつい』みたいな勢いで女は言ったがそんな事は知らなくていいし、知っていた方が恐怖だ。
「そんで咄嗟に左足掴んだらそっちも二の舞になりそうだったから思わず投げちゃったんだよ。『受け止めろ』だなんて言われていたけど生きてたからいいでしょ? ね?」
これは俺の予想だが、時速200キロで落ちてくる人間を受け止めるのは無理と考えた結果、掴みにかかったんだろう。
ガシャギシャと金属音が聞こえた矢先、垂直落下していた俺の体は急激に真横へ吹き飛んだ。
一瞬すぎて全てを見聞きするのは出来なかったが目の前にいるこの女が高速道路を突っ走ってきては俺とレインコートに突撃して来たのは確かだ。
その衝撃の直前、首根っこを掴んでいたレインコートは俺は放し離脱。そこから俺の視界はグルグルと回りだした。
まあ想像するに俺の左手足を掴んで勢いを殺そうとしたが俺の体が耐えきれず損傷したって所だろう。
どこからスタートしたのか分からないので位置エネルギーは置いておくとして時速200キロの人間が持つ運動エネルギーってのはどれほどのものなのか。
手足が千切れたくらいでいいのか?
まあ誰もこんなサイコな実験出来ねえだろう。
グルグルと回った後、俺は中央分離帯に直撃し今の場所にいる。
「…ふぅ」
一息ついた女は被っていたフードを取る。
その下には狼を模した面を付けていた。
「狼………ってことは、まさか噂に聞く
「そーだよ。噂に聞くって、ウチらも結構人気者になったんだね。ま、君なら知ってて当然か
何で俺の名前を………てゆーかこんな流れ前にもあったな。
「何でって顔してるね。もしかして
「誰だよ未左って」
すると、その女の真後ろのクレーン車が突然動き出した────クレーンやキャタビラが、とかじゃ無くて機体全部が持ち上がるように。
「後ろ!」と俺が叫ぶと既にクレーン車は宙に浮いていた。こちらに向かってくる。
女は振り向くと同時にいなすようにしてクレーン車の軌道を両手の鉤爪で変えた。
火花が散り、金属同士がぶつかり合う轟音。
クレーン車は俺がもたれ掛かる中央分離帯にぶつかり崩れ落ちていった。それの衝撃と同時に俺はその場にうつ伏せで倒れ込んだ。
自力で起き上がれるほどの力がまだない。
「あっぶねーなー」
女の視線先にはレインコートがいた。
「あれを投げたのかよ………」
なんつー怪力だ。
それをいなした女も相当だけどな。
「残念だったな
煽ってはいるが虚勢だと俺には分かった。
なんせ女の両手は震えていた。それは恐怖ではなくクレーン車の軌道を変えた時の影響だろう。不意を突かれたのもあり相当な負担が掛かっているのが分かる。もしかしたら折れているのかもしれない。
「どいつもこいつもボクの邪魔を…… そんな誰も守れないような男に何の価値があるんだ……!」
誰も守れない?
「さーてね、ウチだってこの男の価値なんて知らないよ。ただ未左が守れってんでこうしただけ」
「くそ! せっかく見つけたっていうのに」
レインコートは悔しがっていたが理由は分からない。その時、俺が考えていたのは『何故俺を殺そうとしたのか』だった。墜落前、『邪魔をしたから』と言っていたが今のレインコートの様子を見ると明らかに他の理由がある。
「やんのかよ? やらないのかよ?」
「………帰る」
「は?」
「今日は帰る。この町にあの子がいるというのが分かっただけでも十分だからさ」
そう言ってレインコートは地面を蹴り上げてフワフワと宙に浮く。
「逃すかよ。お前は月天狼で最重要人物として指名手配中なんだよ」
「君達じゃボクは捉えなれない」
「やってみなきゃ分かんねえだろ!」
女は襲いかかろうとしたが突然の強風によりレインコートはバサバサと何処かへ飛んで行ってしまった。
女は舌打ちし、レインコートが消えて行った方角を見つめる。
すると高速道路の遠くから音がする。
ガシャギシャガシャ────
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