第14話 二度目
まあ、きっと見なくてもこのポールは俺の胸に刺さっていただろう。だから得っちゃ得なのか。
しかしうまく声が出せねえ。
だから廻に伝えたいが伝えれない。
今日は晴れ予報だったし駐車場にレインコート着た奴なんている訳ねえ………あれが撫城弥琴が言っていた『レインコート姿の何か』なのは間違いない。
それに撫城弥琴は『逃げろ』とも言っていた。
レインコートの下は全裸のヤバい奴だから『逃げろ』って意味ならただの変質者だが………俺は見ちまった。手に持っていたこのポールを全力で俺に投げつける
普通刺さるのかコレ。
一体どんな力で投げたらこうなるんだ。
早くこれを抜かないとヤバい………
貫通してるようで傷口の出血は少ないが心臓に近いから死ぬかもしれない。さっきから口から出る血の量が尋常じゃない。抜いた直後はヤバイだろうがそこから回復が始まるはずだ。
抜けりゃ【力】のおかげで死なずに済むだろうし蘇るまでの待機時間は必要なくなるはずだ。
「めぐる"………れを"……抜け"…」
これが精一杯だった。
聞こえたかは分からないが廻は俺を見ていた。だが廻は何もしなかった。
「…………ぐはっ"……」
再び血を吐いてしまった。
せっかく言えたのに。
廻は一向に俺を心配そうに見るだけだった。それに何か迷っている顔をしていた。
「………すまぬ、
「………(何で謝るんだ)」
声にならない分、目で訴えた。
しかし廻はただ「出来ぬのだ」と言うだけだった。
するとレインコート姿の何かはふわりと近寄ってきた。
『ふわり』────風に舞うビニール袋みたいにふわふわと漂うように。
「なーんにも分かっちゃいないねえ」
俺はよく分からなかったが廻はその言葉の意図を何故か理解したらしく「やめろ」と言った。
「ダメだよ、ちゃんと言ってあげないと彼の為にならないでしょ。さっきボクは上から全部見てからね」
上から見ていた?
レインコート姿の何かはその場でピョンと飛び上がり、その場に滞空した。
ふわふわとレインコートが揺れている。
「何だ此奴は………」
廻は驚いている。
まさかとは思ったがさっきのは見間違いじゃあなかった。こいつは浮いている。
「おいおい、ちょっと浮いてるくらいで驚かないでよ。
「おい貴様!」
廻は声を荒げた。だがレインコート姿の何かは気にもせずに話し続ける。
「あの葉巻咥えてた人、クール気取ってたけど右腕折れてたんじゃないかな………それにその子の頰の傷、君が付けたんだよ」
意識朦朧としているが視線を廻に向ける。
廻は歯を食いしばり、拳を強く握り締めていた。それを見て、言っていることが嘘でないのが分かる。
「死んだはずなのに動く………そんな設定は空想でしか見たことないけど思ったより元気だったね。きっとその子はこう考えているのかもしれない────『もしポールを抜いて死なれたらまた暴れるんじゃないか』って」
死んだはずなのに動く?
どういう事だ。俺の力は【死を断つ】、つまりは死んだら蘇る────だから蘇るまで動く訳ないだろう。
暴れた記憶なんて一切ない。
レインコート姿の何かは俺の反応を気にせずに話し続けていたが段々と視界も暗くなり周りの音も聞きづらくなってきた。
最後に「この子は頂いちゃうね」と聞き取れた。
また廻が連れていかれちまうのかよ………また守れないのか………この力は何の為に………
────────
──────
────
兎にも角にも。
「ちょっと早すぎんか?」
うるせえ、来たくて来たんじゃねえ。
「それにしても派手に殺られたのう」
………見てたのかよ。
「安心せい、いつでも見ておるわ」
いつでもは安心出来ねえよ。つーか早く俺を蘇らせてくれ────廻がまた攫われちまうんだ。
「それは出来んのう、お前さんの致命傷具合で蘇るまでの時間は変わるからの」
ちっ………結局待たなきゃダメなのかよ。
「それにしてもお前さんよ」
なんだ。
「まさか奴にあってしまうと不運だったのう」
奴って、さっきの────
「巷では怪人・レインコートとか言われてるらしいのう。もう分かっておると思うが奴もまた【力】の持ち主なんじゃ」
そりゃあ、空飛んでたらそう思うわ。
「ま、そんな話も含めて前回の続きとしようかのう………ほら、いつまで寝てるつもりじゃ」
目を開けるとまたあの真っ白な空間にいた。
前回同様に俺は木製の椅子に座らされた。
「なあ
「さっきレインコートが言ってた事が気になるのだろう?」
まだ何も言ってないぞ。
「阿呆。そんな顔しておるわ」
「なら話が早い。そのレインコートが言ってた事は本当なのか? その、俺が暴れていたって事」
麟業屋は即答した。
「ああ、本当だ。お前さんは死んでいる間に動き出したんじゃ」
あの廻の反応を見た時から確信はしてたが、正直信じたくない気持ちもあった。
だってあの頰のかすり傷、俺が付けたんだぜ。それなのに廻が事実を隠していたって事は俺に気を使って────
「怖かったんじゃろう」
「怖かった?」
「お前さんが暴れていた自分を見ることは不可能じゃから説明した所で伝わりづらいかもしれんがの」
「待てよ。何で現実世界の出来事を知ってるんだ? その時、麟業屋もここに居ただろう」
麟業屋は「ちっちっ」と指を振った。
「神様を
「じゃあ一部始終、見ていたんだな」
「そうじゃ」
「何で俺は動いたんだ? 知ってるんだろ?」
麟業屋は「その前に儂から1つ」と言い、詰め寄ってくる。
「身体は何故動く?」
誰でも答えれるような当たり前な質問に戸惑う。
「え、それって………脳が信号を送ってるって話、じゃないよな」
「では脳は何故動く」
「何故って………生きてるから?」
「30点、じゃな」
麟業屋は、やれやれといった表情だ。
急に生命学的なのか哲学的なのかよく分からない話を振ってきて何のつもりなんだ。
「命があるから生きている、生きているから身体が動くのじゃ。命とは魂のこと。魂がある限り生きている」
「じゃあ致命傷を受けて立ち上がれなくなって意識がなくなって死ぬ────それでも生きてるって言うのか?」
「それは
その言葉でピンと来た。
俺の【死を断つ】力────死なない、死に向かわない………肉体が傷つけられても元に戻ろうとする。器にヒビが入ろうと砕けようとも燃え尽きようとも元に戻るのなら魂は彷徨わない。
だって戻る場所があるのだから。
「まあ、そういう解釈でよい。じゃがまだ何か足りない」
そう、確かに足りない。意識のない俺の体が動いた理由には決定打が足りない。
それは誰の意思で動いたのか。
しかし大方の予想はついている。
「前世の俺か」
「その通り」と麟業屋。
「記憶は忘れても消える事はない、魂に刻まれておるからのう。ただお前さんは何らかの理由で前世の記憶を思い出せないだけなんじゃ」
「つまり、俺の意識が肉体を離れていたから忘れているはずの前世の記憶が肉体を動かしたってのか?」
「そんな所かのう。きっと現世のお前さんの意識が前世の理性や認識を妨げておるんじゃろ」
じゃあ、俺が今ここにいるって事は────
「今、現実世界の肉体は何をしておるか分からんのう。お前さんが
「死んでも蘇るから別に死んでいいって訳じゃねえのか」
「前回、力の過信はやめておけと言ったであろう。失ったもの以前にその力自体にもデメリットがある場合もあるんじゃ」
【力】は麟業屋との等価交換の末、手に入れるものだが………じゃあ、あのレインコートが宙に浮いていたのも何かの【力】なのか。
「それについては教えられんのう」
「立場ってやつか………まあ別にそれは言わなくていい。その怪人レインコートも何か達成する為に俺の前に現れ、
それに俺や廻の事を上から見ていたと言っていた。つまりは信楽港を抜けた後も俺たちを尾行してたって事になる。
「そうじゃのう。きっとレインコートの奴もお前さんに何かしら因縁があったんじゃろ」
「因縁か………俺は何も知らないってのに殺されたのかよ」
「今に始まった事ではないだろう。もう既に27回ほど死んでおるのだから」
麟業屋は当たり前かのようにその数字を口にしたが身に覚えのない俺にとっては驚愕の事実であった。
「27回って………さっきと今を引いても25回はその前に死んでるのか?」
「そうじゃよ。大半は去年末なんじゃがな」
去年末って………
「
「待て待て、俺が倒した人数なんてこの際どうでもいい。25回も死んだのに何で覚えていないんだ」
「大半、と言ったじゃろうが。それでも23回はその日に死んでおるんじゃがな」
それだったら25回も23回もそんなに変わらないだろう。別に1回や2回………
「……あ」
23回の死は何故か納得してしまった。それよりも俺が考えなきゃいけないのって────
「気にすべき事は数字ではなくて何故死んだのかじゃ。1人で大人数を相手にしたんじゃから死んでもおかしくはない────じゃが残りの2回は? 人間にとっての死はいつか訪れるものであって人生に1度しか経験できん稀有な体験。お前さんはそれらを忘れておるんじゃ」
「でもよお、事故とかで死ぬ瞬間が分からない場合だってあるだろう」
急に後ろから撃たれたり、車が突っ込んできたとか。
「『何で死んだかを知る』────それもお前さんがやらねばいけない事の1つじゃ。何でもかんでも儂が教えると思うな」
この調子じゃレインコートとの因縁についても教えてくれなさそうだな。
もし蘇ってまたレインコートがいたら聞いてみるか………またポールを突き刺されんのはごめんだけどな。
「そう簡単にいけばいいがのう」
微笑みながら麟業屋は言った。
話は変わるがこの一連の話や出来事を思い返して分かった事があった。
それは俺の肉体が暴走する理由。
目が潰れては見えない────
喉が潰されれば話せない────
足が無いなら歩けない────
筋肉や骨が無いなら立ち上がれない。
意識もあり生きているが、どこか肉体が壊れているならその部位は機能しない。
しかし、それ以前に肉体が死んでいるのなら『認識』出来ない。目に映る物、耳に入る音、触れられた熱や圧、口にある味、鼻にくる匂い────全ての感覚を機能しない。
暴走という風に表現していたが、もしも五感が機能していたのならそういう風にはならなかったのかもしれないと考えた。
俺という意識が
それにもし理性があったのなら
きっと意識なき肉体は何かをきっかけに動いているに違いない。それは前世の俺にしか分からないけどな。
「五感が働かない………なるほどのう」
考え終わる俺を待ってたかのように麟業屋は入ってきた。
「では、きっと第六感で動いてるんじゃないのかのう」
「第六感?」
急にスピリチュアルなものを。
「いやいや、お前さんの考えに助言しようと思ってな。ジジイの親切だと思え」
ジジイ?短パン小僧が何言ってんだ。
「たまーに『幽霊が見える』って人間がおるじゃろ。それと似たようなものをお前さんは持っているのかもしれん」
「霊感ってやつか。でも今まで俺は感じた事も見た事もねえよ」
「前世の話じゃよ。例えば、意識を失った肉体には魂と前世の記憶が残る。しかし致命傷を受けた肉体はただの肉の塊、蘇るまで見る事も聞く事も出来ない────しかし第六感は違う。それは生まれ持ったものであり、肉体ではなく魂に宿る感覚なんじゃよ」
なるほど………もしも霊感なら寝ていても感覚的に気配を察する事が出来るし誰にも聞こえない声が聞く事が出来る。
「魂で感じ取っておるんじゃろう。前世のお前さんはその第六感で何かを察知して動いたんじゃな」
「じゃあ今も……」
「何かを察しては暴れておるかもしれんのう。何せ事故ではなく故意に殺されたんじゃから修羅場に肉体を残してきたようなもんじゃろ」
「俺はあとどれくらいで戻れるんだ」
「なーに、安心せい。ちょうど頃合いじゃ」
すると前回同様に視界が歪み、ぼやけ始める。だんだんと薄暗くなり頭がボーッとする感覚になった。
「記憶のない憐れなお前にヒントをやろう────『シラヌイ事件』を追え。さすれば何かに巡り合うだろう」
最後に「では覚悟して目覚めるんじゃぞ」と麟業屋の言葉が聞こえた。
『シラヌイ事件』……なんだそりゃ?
事件というのだから前世の俺が殺された事を指すのだろうか。
そして『覚悟して』か。
五感を封じられ、第六感のみで動いているであろう俺の肉体は何処にいるかも何が起きているのかも予想がつかない。
きっと前回は運が良かったんだろう。
しかし今回はどこだ。
最高のシナリオとしては誰かがポールを抜いて放置、そして復活するのがいい。
しかし駐車場のフェンスに打ちつけられた学生を見てポールだけ抜く通行人なんている訳がない────強靭過ぎる、つーか狂人だわ。
こういう場合は最悪中の最悪を考えるのがいい。目覚めた時のショックが軽減されるからな。
だがあの場所からの最悪がなかなか思いつかない。
先の見えない事ばかり考えても仕方ないのは分かっているし、俺が今考えた予想なんてのは絶対に外れるだろう。
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