アラガミファングス【第一部 死獅リバース】

祢津右善

第1話 月夜に戯れる


カラン、コロン、カラン、コロン────


ガシャ、ギシャ、ガシャ、ギシャ────


ガシャ、ギシャ、ガシャ、ギシャ────


私、未左みさ未右みうの3人で道なき道を歩き続けて数時間。


静かな山中に似つかわしくない足音を立てながらのお散歩にも飽きが出てきたってもんだ。


「このペースだとあと2時間ちょっとかね」


ため息まじりにそう呟いた。


すると聞こえていたのか未右が反応する。


「だったらもう走りましょー。それに一度してみたかったんですよ」


「ちょっと、何が『一度』よ。前もそう言って負けたじゃない」


「それは去年の話だからいいの! 育ち盛りのうちは日々成長しているんだから………それにほら────」


相も変わらず妹の未右はわがままで、姉の未左は落ち着いてるねえ。型通りの姉妹って感じがするよ。


「────今日はがあるから」


ガシャリ────そんな音を立てながら未右は両手足を自慢げに未左に見せる。


「未右、あんたねえ………」


未左は呆れた表情をする。


「へえ、ツメ持ちなら私に勝てるってのかい?」


その私の言葉に未右は得意げに頷いた。


大した自信だねえ、確かにツメさえあれば前回以上の結果は望めるだろうけど。


『爪』────私がこの2人に餞別として渡した両手足の装甲。月の光に照らされて黒く妖しく鋭く光るのを見ると我ながら良い出来だと感心してしまう。


戦闘・機動力に特化させているから未右と未左の身体能力が合わされば三狼衆みろうしゅうにも引けは取らないだろう。


私は歩みを止める。


「ふむ、なら1年ぶりに遊んでやろうかい」


「おお! やったー!」


未右は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。


確かその爪は50キロくらいあった気がするんだけどねえ。若いってのは元気でいい。それに代わって────。


「………」


「なんだい未左、黙ってるなんて乗り気じゃないねえ」


「え、いや………別にそういう訳では。 ただ…」


「ただ?」


「私たちが勝った場合は何かあるんでしょうか?」


「ハハ、そんなことかい。遊びに何かを賭けるってのはどうかと思うが、万が一、いや億が一でも勝てたら……この腰の物をやるよ」


その言葉に2人の瞳はキラキラと輝かせる。


「腰の物って………」


キバのことですか!」


「そういうことさ」


可愛いもんだねえ。2人は私の腰に刺してある日本刀に釘付けだ。まあ勝てる訳ないんだけどね。それにあんたらがこれ・・を抜いた瞬間に絶対に死ぬから渡す気なんてサラサラない。


「よし、やるわよ未右」


「なにさ、急にやる気出して」


おうおう、燃えてる燃えてる。


未左には大人の落ち着きっぷりを感じていたが何か見返りを求めるあたりがまだまだ子供っぽいじゃないか。


「で、ルールは?」


「で、ゴールはどこにします?」


「落ち着きなって。ルールは何でもあり。ゴールは………そうだねえ────」


即興ながらに未右と未左に説明をした。


ルールは【何でもあり】としたがスタートからゴールまでの道筋はちゃんと決めさせてもらった。この子らには山中を抜けて無造作に町中を走らす訳にもいかないからね。


コースは日本のお偉さんがたくさん作ったこの国の血管である高速道路にした。仮に傷んでも税金で何とかしてくれるだろう。


そんで肝心のゴールは高速道路を降りた先にある黄泉継よみつぐトンネルの出口。そこに立っていた者が勝者。


「────ま、ざっとこんな感じだ。何か異論はあるかい?」


「大丈夫ですが……あの────」


未左が私の後ろを指差す。


「────既に未右がスタートしました」


「ありゃ? いつ頃だい?」


「ゴール地点を告げた辺りです」


「正々堂々のフライングかい。ま、何でもありと言ったのは私だからね」


「では私も────」


軽く跳ねて一呼吸してから未左もスタートした。瞬く間に姿は小さくなり視界から消えていった。


あのペースなら未右はもっと先にいるんだろうねえ。


「遊びと言ったが本気でいかせてもらうよ」


大人気おとなげないって思うかもしれないだろうけど、むしろ大人ってのは遊びに全力を出すものさ。


「いっち、にー、さん、しー」


屈伸。


「にー、にー、さん、しー」


伸脚。


「さん、にー、さん、しー」


アキレス腱。


────よし、いい感じに温まった。


「では行こうかね」


不慣れなクラウチングスタート。高速道路を下駄で走るってのは如何いかがなものか。


「位置について、よーい………」


今のあの子らなら本気で走って約20分でゴールってところかね。高速道路とはいえ、時速80キロの車如きじゃあの子らを視認することは難しいだろうねえ。


────私なら15だけど。


「どん!」


────────


──────


────


兎にも角にも。


この天地がひっくり返るほどの見返りを賭けたのオチをいってしまえば………もちろん、私の圧勝。あの子らには大人の遊び心ってのを見せつけてやった訳だ。


4歩目で未左、7歩目で未右に追いついて11歩目で休憩。そこで暇をつぶしてからトントン拍子でゴールイン。


15分ならぬ15歩でゴール。まさに有言実行。さすが私。未左や未右にしろ、時間・・に縛られている時点でまだまださ。


そして今はこうしてゴール先で満月を眺めながら一服している。やはり月夜にはキセルがいい。いつの時代にも風情は大切さ。


「おーい、そこの人!」


下の方から呼びかけられた気がする。


そう、気のせいだろう。


「電柱のてっぺんに腰掛けている人!」


………あれま、そりゃ私のことだ。


「おやおや、気づいちまったかい」


まったく、人が悦に浸っているっていうのに。


それにしても妙だねえ────私にとっての4歩は常人には耐えられないはず。目覚めるにはちと早すぎないかい。


「何でそんな所にいるのかは分からぬが私たちを助けてくれたのはお主であろう? 感謝するぞ」


お主って……古風な話し方をするお嬢ちゃんだねえ。


「ああ、そうさ。それにもっと安心していい。悪人どもはもういないからね」


お嬢ちゃんは辺りを見渡すと納得した顔で言う。


「確かにそうであるな。バスすら無くなっているではないか」


それも気付いちまったかい。


未右と未左の2人には悪いが余計な詮索をされる前に私だけでも帰ろうかね。


「お嬢ちゃん、ひとつ頼まれて欲しいんだが、もうすぐここに物騒な2人組が来る。そいつらをここで待ってておいてくれ。 そして、その子らには『大狼たいろうは帰った』と伝えといてほしい」


「………ふむ、承った。お主は命の恩人であるからな。しかしそれだけでよいのか?」


「そうだねえ………じゃあ最後に歓迎の言葉でも言っといてくれ。その2人はここに来るのは初めてだからね」


お嬢ちゃんはニッコリと笑い、「承知した」と一言。


なんともまあ、健気で可愛い子じゃないか。


「────それじゃあ、また縁があれば」


そう告げると私はその場を去るようにして月夜に溶け込んだ。

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