衝撃の事実⑵
「本題に入るぞ。さっき、茶羅が千夏は人間と龍のハーフだって言ったろ。あれは本当だ。千夏の父さんは水鏡島の龍で、やしゅろの看板娘だった千夏の母さんと結ばれた」
「お父さんが、龍……」
お父さんの記憶はほとんどない。これまではそれが普通だと思っていた。唯一覚えているのは、高く抱き上げられたときの、力強い腕とあたたかな笑顔。
「その名は
「素敵ね。恋愛結婚だったんだ」
檜山さんが頬に手をあてる。
「だが、問題があった。それは種族が違う結婚だということだ。龍と人は交わってはいけない掟があった。水と油のように。その結果、人間の肉体のなかに、龍の魂と人間の魂がねじ込まれた。七宝神社側と水鏡湖に住む龍たちの合議の結果、千夏の身体の中に二つの魂を封じ込めることにした。片方は昼の世界を生き、片方は夜の世界を生きることになった。七宝神社当主が―――おれの父が千夏に、そんな術をかけた」
「だから、千夏ちゃんは、夜になると意識を失ってしまうということか。その時間は龍の子の方の時間だから……」
雄津さんは、苦いものを一緒に飲み込んでしまうように、一息でお茶を飲んだ。
なるほど、具体的な方法はよく分からないけど、その説明なら一応の納得できる。あたしが病気や体質だと悩んできたものは、リュークによるものだったのだ。
秀人はふっと、苦笑いをした。
「実はな、千夏とあいつは双子の姉妹なんだよ」
「ふたご!?」
それは新情報だ。
「どっちがお姉ちゃんで妹なの?」
茶羅が金の瞳を輝かせている。
「あいつが姉で、千夏が妹だ」
双子の姉。お姉ちゃん。
―――『待って、おねえちゃん!』
あ、れ。
あたしの声で、誰かをおねえちゃんと呼んでいたような。行かないで、と叫んでいる。
それになんだか、頬に涙が滑って伝って、収まらないや。
「千夏がつらい思いをするのなら、もう聞かなくていい。また、忘れることだってできる」
秀人はあたしの頭をポン、と撫でて呟いた。
これまで秀人があたしの記憶を消してきた方法はわからない。だけど、その理由は察しがついた。秀人のお父さんの指示もそうだけど、あたしのつらさやさみしさを、きっと、彼は消してくれていたんだ。優しさで。
「あたしのお父さんとお母さんはいまどこに?」
「水鏡島の立ち入りを禁止されているだけで、元気に暮らしているそうだ」
「そっか……」
よかった。生きててくれて、よかった。
あたしは涙を乱暴に拭って、じっと秀人を見つめた。なんでも背負ってきた幼なじみ。
それは今日でおしまいだ。
「お姉ちゃんに、会わせて」
部屋中の視線があたしに集まった。茶羅のきらきらと輝く目、雄津さんと檜山さんの静かに見守る目、秀人の驚きの目。
「本当に? 危険かもしれないんだぞ」
「それでも、あたしは会いたい。世界で一人しかいないお姉ちゃんに会ってみたいよ」
秀人は難しい顔をする。
「あいつは千夏をよく思っていない。何をされるか、分からねえよ」
「そのときは、さ」
あたしは、秀人に笑いかけた。目のふちにまだ溜まっていた涙が一筋、零れ落ちる。
「あたしのこと、守ってくれるよね?」
これまでのように、人知れず活躍するヒーローのように。
「っ! ばーか! どうなっても知らねーからな!」
秀人は顔を赤らめて、そっぽを向いた。雄津さんと檜山さんがぱちぱちと拍手をする。
茶羅が満面の笑みを浮かべて、両腕を広げた。
「決まりっス! さあ、名前を呼ぶっスよ」
「いや今は呼ばねえよ」
秀人が容赦なく否定し、茶羅はずっこけた。よかったね、仲間入りができたよ。
「な、なんでっスか! あとはもう会うだけっスよ」
「今呼んじゃったら、千夏があいつに会えない。このままだとどちらか一方の意識しか、一つの身体に存在できないようになってる」
とん、と秀人が人差し指で、あたしの額を突く。
「会うのは夜になってから。あいつが起きる時間になってからだ」
「でも、その時間だと千夏ちゃんは起きていられないわよね?」
と、檜山さんがもっともな質問をする。
秀人は『いい質問ですね』と言いたげに、得意げな顔をした。
「ええ、そうです。だから、これから千夏には夜まで意識を保てる術をかけます。あいつを抑えきれるのは難しいし、完全にはかけられないけど……」
あたしは思わず秀人の胸元をつかんだ。そんなことが可能なら、これまで夜に放送する面白そうなテレビ番組のたびに、かけてもらえればよかった!
「なんだよ! じゃあかけるぞ」
「う、うん」
檜山さんがせき払いをした。
「私たちが見ていてもいいのかしら?」
「構いません。誰でもできることではないので」
「そう」
あたしは秀人の胸元から手を外し、正座をした。
秀人は虚空に手を伸ばすと、錫杖を取り出した。シャン、シャン、と鈴が鳴る。空気がぴんと張り詰めた。錫杖があたしの頭、そして胸元に振り下ろされる。
「光の世界に生きる者よ。汝にかけられた呪縛を、今宵僅かに解き放たん。汝が姉と時を共に過ごせることをここに約束しよう。神龍の名において」
パキン! 何かのガラスが砕けるような音がした。
秀人はまた錫杖を鳴らすと、空間に裂け目が生じた。錫杖は裂け目に飲み込まれる。秀人が柏手を一つ打つと、ぴんと張り詰めた空気が元に戻った。
「はい、これで終わり」
「なんだか、君は色々ととんでもないことをしなかったか?」
雄津さんは眼鏡をかけ直して、食い入るように秀人を見つめた。
「それ以上追及すると、記憶消しますよ」
「脅し文句がこわすぎる」
「そんなことはさておき。千夏、身体になにか変化はないか?」
あたしは頭をぐるぐると振ってみる。さっき、ガラスが砕けるような音がした以外には、なにも変化がない。秀人にそう言うと、深々とため息を吐かれた。
「よかった。この術をかけるのは、初めてだったんだよな」
「は、初めて!? 手慣れすぎていて、そうは見えなかった」
あたしたちは驚愕した。医師免許のない医者のようだ……
茶羅が頬を膨らませた。
「ちぇー。嫁に会えるのは、夜にお預けっスか。それまでつまらないっス」
「おい、いつからお前の嫁になった。言っておくけど、あいつはとんだじゃじゃ馬だからな。自分より強いやつの言うことしか聞かないような龍だぞ」
「えー! 最高じゃないっスか。龍は強い子孫を残すために、本能で強いパートナーを求めるっス! ますますなんとしてでも会いたいっスね!」
秀人の忠告に、ますます茶羅は燃え上ってしまった。
お姉ちゃん、強いんだ……。あたしの脳内で、筋肉ムキムキの少女が浮かぶ。
檜山さんが白魚のような手で、湯呑を手遊びに弾いている。
「千夏ちゃんがお姉ちゃんに会いたいのは分かる。でも会ったとして、問題の解決には繋がるのかしら? 現状の問題は、千夏ちゃんとその龍の子のボディシェアでしょう。昼と夜にしか生きられないのを解消するとして、その先は? 千夏ちゃんと龍の子の共存の道は、龍の子が協力的にならないかぎり、難しいのではなくて? 身体が一つの限り、この問題はずっとつきまとうわよ」
雄津さんが肩をすくめる。
「ごめんね、瞳は容赦なくて……」
「お見事です。ここまではっきり言ってくれると、むしろ気持ちいいですね」
秀人が苦笑いをする。
「えー、また面倒くさいことを話してるっス。オレ、ついていけないっスよ~」
茶羅がまた飽きて、集中力をなくし始めた。
檜山さんが、卓上のトランプを手に持って、口元を隠す。
「大丈夫。みんなで親睦を深めてゲームをしながら、これからのことを一緒に考えましょう。ほら、トランプで遊ぶという口実で、座敷を借りたのだから、ね?」
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