七宝神社(1)

 七宝神社しっぽうじんじゃの丹塗りの鳥居前で、秀人があたしたちを待ち受けていた。


「お待ちしていました。ようこそ、七宝神社へ」


 秀人しゅうとは折り目正しく、正装姿で礼儀をする。他の神社のことは知らないが、七宝神社では浅葱色の着流しと、黒の袴をはくのが神主の正装だ。とぐろを巻いた昇り龍が、着流しの背に朱色で描かれている。

 馬子にも衣裳というのは失礼だが、服で人物の印象はかくも変わる。いつもどこかけだるげな秀人の背はしゃんと伸び、凛としたたたずまい。

 雄津さんと檜山さんもその雰囲気にのまれて、言葉を一瞬失った。


「やっぱ、不思議なくらい似合ってる」

「うっせ」


 言葉を交わすといつもの秀人で、ほっとする。

 それにしても、部活が終わったばかりなのに、わざわざ正装に着替えたのはなぜだろう。正装に着替えるのには、十五分はかかる。秀人をよおく観察してみると、頭のてっぺんの髪が乱れ、呼吸が乱れている。

 お客様の前だからって見栄を張っているのかな。


「俺は千夏の幼なじみの、瀬名せな秀人といいます。どうかお見知りおきを」

「檜山です。千夏ちゃんにはとても素敵なお友達がいるのね」


 檜山さんがあたしにウインクした。その動作は流れるように自然で、テレビの中の女優さんみたい。檜山さん、案外お茶目なんだな。


「これはこれは。雄津です。大学で龍を研究しています。このたびは急な申し出にも関わらず、神社内を案内してくれてありがとう」

「いえいえ」


 雄津さんはかしこまってお辞儀をした。秀人は雄津さんのことをさっと一瞥してから、頭を下げる。値踏みをするかのような眼差しだ。

 何を考えているんだろう。もし、彼が二人に失礼を働くようなことがあれば、止めよう。


「まさか、神式で出迎えてくれるなんて。写真撮ってもいい?」

「いいですよ」

「ていうか、この神社って、狛犬の代わりに龍なんだね!」


 雄津さんが興奮冷めやらぬ様子で、鳥居の両脇の龍を指さした。白の龍が向かい合い、鳥居をくぐる者を見つめている。だるまみたいに、目の部分を書き出したら、いまにも動き出しそう。


「この龍も背景にいれて、撮っていい?」

「あらそれはいいわね。なら、私も」


 記念撮影が始まった。秀人は感じのいい笑顔を貼り付ける。檜山さんに指示され、鳥居の前に立つ。丹塗りの鳥居と、浅葱色の装束のコンストラストと、白の龍が鮮やかだ。

 カシャリと、スマホが音を噴く。なんとなく、この機に乗じてシャッターを切ろうかな。

 スマホを構えると、秀人は表情をくるりと変えて、不愛想な猫のような顔になった。

 なんだよう。


「二人で写真撮る?」

「えー? いいですよ。見慣れているので」


 檜山さんが気を利かせてか、秀人とあたしの写真を撮ろうとしてくれる。見慣れているから、珍しくもなんともない。家のアルバムには、あたしと秀人が映っている写真がいっぱいある。

 秀人は何も言わなかった。あたしと撮られることに飽き飽きしているはずだ。


「ありがとう。フォトジェニックに撮れたわ。秀人くんさえよければ、ツイスタグラムに載せてもいい? 顔出しNGなら顔はぼかすわ」


 ツイスタグラム! 美味しそうなごはんや、「エモい」写真がたくさんあるアプリだ。


「申し訳ありませんが、当神社は写真をインターネットに載せない方針です。載せないでくれると助かります」


 え~もったいない! 参拝客が増えるチャンスなのに。


「それは残念ね」

「僕は研究の資料として写真を撮りたいんだけど、それもダメかな?」


 雄津さんが頬を掻きながら尋ねる。

 秀人は表情を変えない。


「構いませんが、撮った写真はこちらが確認させていただきます」

「分かったよ」

「それと」


 秀人は雄津さんの龍のペンダントに目を留めた。


「そちらのペンダントはどこで購入しました? ウチの島ではないですよね」

「ああ、うん。渋谷の雑貨屋。いろいろな雑貨屋を渡り歩いて、もとの原産地は分からないらしい。国産なのは確かだって」

「そうですか。手に取ってみてもいいですか?」

「いいよ」


 秀人は雄津さんから龍のペンダントを受け取った。陽光の下で中身を透かし、龍の形状を記憶するようにじいっと観察している。

 そして小さくつぶやいた。


「なるほどね」

「何かわかったのかしら?」


 もったいぶった動作に、檜山さんが焦れたように問いかける。


「ああいえ、大したことじゃないんですが」


 秀人はまた感じのいい笑みを貼り付けて、龍のペンダントを指さした。


「神域の龍が苛立ってしまうので、このペンダントは作務所で預からせていただきます」


 鳥居の脇に作務所がある。来訪客の受付や、神社で働く人の控室にもなっている。秀人が作務所の窓を叩くと、一人の巫女さんが出てきた。手には小袋を持っている。

 白い着物と赤の袴は、一般的な神社の巫女さんと一緒だ。ただ白の背にはやはり、緋色で龍が描かれている。


「どういうことかな?」


 雄津さんが笑顔に警戒をにじませる。言外に返せと手を出すが、秀人は応じない。


「龍は気性が荒く、龍に似た造形物を見ると敵対行動を示すことがあります。ですので、当神社に参拝される方には龍、もしくは蛇などの形を象ったものは作務所で預かり、持ち込まないようにお願いしております」


 作務所の近くの注意書きの立て看板には、確かにそう書かれている。龍、もしくは蛇の形をした物体の持ち込み禁止。また、龍が好む宝石や酒類の持ち込みは禁止。ここまでするのかってくらいの禁止事項。

 物心つく前から、この注意書きがあったから、あたしは特に思うことはないが、初めて訪れる人はそりゃあ戸惑うよね。


「ふうん。そちらの方針に従うよ」


 雄津さんはまだ半分も納得していない様子だが、龍のペンダントを預けることを了承した。巫女さんが微笑んで、龍のペンダントを小袋にいれる。そして一礼して、作務所に戻っていった。

「恐れ入ります」

「郷に入っては郷に従えだからね」


 秀人も一礼する。ひらりと手を振る雄津さん。


「でもまるで、龍が実際に生息しているみたいな書き方だね」

「参拝する方に、楽しんでいただくための演出です」


 この文言を言い続けてきた秀人の笑顔は崩れない。


 龍を信じるか? 

 幽霊、UFOを信じるのかと同じような質問だ。子どもは実に半分が信じている。あたしも小学生の時は、龍の背に乗って、島全体を空から見下ろすことを夢見ていた。

 だが中学生になれば、現実を知る。

 いくら夢を見れど、空を見上げていれど、龍はいなかった。SNSが普及し、空も人工衛星が監視している時代に、龍は現れないとなれば、さすがにその実在は信じなくなる。サンタクロースとおんなじだ。

 数百年前の人々は、この地で龍が空を舞い、恵の雨をもたらしたと記録している。人々は深く感謝し、龍が棲まう水鏡湖の近くに社を構え、龍を神として崇め奉った。その社が七宝神社のスタートだ。島民からのお布施や寄付で、江戸時代ごろには今の大きな社殿を建てたそうだ。

 あたしのおじいちゃんやおばあちゃんの世代までは、龍を信じる信心深い人が多い。今は、名ばかりやその場しのぎとして、神頼みのときに龍神に祈ることが多い。

 龍はいない。

 その事実を受け止めるまで、この年までかかってしまった。

 秀人はどう思っているんだろう。彼は龍を祀る七宝神社の跡継ぎで、まるで龍が存在しているかのように振舞っている。あたしよりも誰よりも現実主義者の彼は、何を思ってあの浅葱色の正装を羽織っているんだろう。

 最後尾のあたしから、先頭の秀人の表情はわからない。鳥居から本鳥居までの石段を一列で登っていく。

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