七宝神社⑵

 秀人が写真撮影で立っていた鳥居は、ここから先が神社だぞと知らしめるためのものだ。本鳥居は本殿までの入口を示すもの。石段をこつこつ登っていくと、すぐに本鳥居に到達する。

 本鳥居の両脇にも白の龍が二頭いる。ただし、こちらのもののほうが、入口の鳥居の龍よりも迫力がある。

 最後尾のあたしも登りきった。本殿がでーんと姿を構えている。

 雄津さんと檜山さんは並んで、まじまじと本殿を見ていた。

 本殿はとてもカラフルだ。本殿の屋根には、龍の彫刻がごてごてと彫られている。なかでも目立つのは、東西南北に配された四頭の龍だ。東には銅の龍、西には赤の龍、北には金の龍、そして南には青の龍。四頭の龍は、金銀財宝を取り囲み、外敵を警戒して牙を剥きだし、炎を吐き出している。


「写真を撮ってもいいよね?」


 雄津さんは食い気味に、秀人に詰め寄った。

 秀人はうなずく。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 礼を言うなり、雄津さんはジーンズのポケットから素早くスマホを取り出した。本殿の全体で一枚、地面に膝をついて一枚、屋根の龍にフォーカスして一枚、賽銭箱のあたりまで駆け寄って、ズームをして一枚。そして、本殿奥のご神体で一枚。


「神体の撮影はご遠慮願います。後出しのようで、すみません」

「ああごめん……写真がだめなら、スケッチしてもいい?」


 秀人は虚を突かれたように、目を瞬いた。


「スケッチ、ですか」

「うん。僕は元美術部でね。どうかな?」


 雄津さんが上目遣いでにっこり笑う。あざとい。秀人は根負けしたように、ふっと表情を緩ませて笑う。彼本来の笑みだ。


「あんたは本当に龍が好きなんですね。いいですよ」

「恩に着るよ」


 雄津さんは背負っていたリュックからクロッキー帳を取り出した。鉛筆をナイフで削ると、手早く形を捉えて、輪郭をなぞっていく。鉛筆運びに迷いがなく、とてもその様子は滑らかだ。


「椅子座ります?」

「大丈夫。すぐ終わるから」


 秀人がパイプ椅子を持ってこようとするのを、片手で制して、雄津さんは描き続けた。ものの五分ほどで、描き終わる。雄津さんはクロッキー帳と実物のご神体を見比べると、ひとつ頷いた。


「時間取ってもらって悪いね」

「雄津さんすごいよ! まるで魔法みたいにスラスラ描いちゃった!」


 あたしは雄津さんに駆け寄った。クロッキー帳のご神体は、実物を写し取ったかのようにそっくり! 美術の教科書に載っている、仏像の絵画みたい。

 雄津さんは照れながら、鼻の頭を掻いた。


「そんなにまっすぐに言ってもらえると、参っちゃうなあ。」

「色は塗らないんですか?」


 ご神体は二頭の龍が太い円柱に絡み合った像だ。青の龍と赤の龍が、牙を剥きだしにしあい、尾を絡み合い、もみくちゃになっている。雄津さんのスケッチでは、鉛筆で白と黒と灰に着色されている。二頭の龍には、矢印でそれぞれ色の指定が雄津さんの文字で書かれている。色をつけないのはもったいないと思った。


「色鉛筆はあるけど、うまく表現できなさそうでね」


 雄津さんは、秀人の方を見た。秀人は腕を組んで、スケッチを見下ろしている。その表情は渋い。雄津さんの絵の腕前に感心している一方、ここまでリアルだと、写真を許可しなかった理由にあまり意味がないことに、自分の判断を後悔しているのだろう。


「そうですね。勘弁願いたいです」


 きっぱりとした口調で、秀人は宣言した。

 次期神主としての決断。


「だよね」

「着色しなければ、思う存分描いていいですよ」


 そう断って、秀人は軽く咳払いをした。雄津さんがスケッチを終えたことで、説明に入ろうとしている。


「七宝神社では四つの施設があります。こちらの本殿と、水鏡湖に向かう小道にある祠、蛇を祀った社、そして宝物庫です」

「宝物庫ですって?」


 檜山さんが少し弾んだ声を出した。雄津さんはクロッキー帳を利用してメモっている。


「ええ。七宝神社に代々伝わる文書や、絵画などが展示されています。雄津さんたちは、先に博物館に行ったんですよね」

「うん」

「行ったわ」

「なら話が早い。博物館に仔竜のはく製のレプリカがありましたね。当宝物庫には、そのオリジンが保管されているのです」


 雄津さんはクロッキー帳を地面に取り落とした。鉛筆がコロコロと転がる。


「本当かい!? じゃあ見ることも」


 秀人はいつになく、にこやかに笑った。こいつ、心の中で絶対舌を出している。


「いいえ。貴重なものなので、非公開です」

「ご無体な!」


 雄津さんが膝から崩れ落ちた。人が膝から崩れ落ちるところは、初めて見た。檜山さんはどうどうと背中をさすっている。


「すみませんね。規則だから」

「大丈夫大丈夫大丈夫。コンディション抜群のときに、球数制限で、大事な甲子園での試合に登板できないエースはこんな気持ちなのかな……」


 そのたとえはあたしには理解することができないが、とても残念がっているのは分かった。

 秀人は再度咳払いをすると、説明に戻った。


「えー宝物庫は、実際に中を案内するとき説明するとして。本殿について説明しますね。一般的な神社に比べると、カラフルで驚いたんじゃないでしょうか。水鏡島では移動手段が船しかなく、本土との交流が盛んになったのは江戸時代からです。それまでの時代は独自の文化が発展し続けました。本殿が色鮮やかなのは、水鏡島独自の文化に由来します」

「なるほどねえ。南国調あふれる雰囲気は、首里城をどことなく連想させるわ」


 檜山さんが納得いったように、日傘をくるくると回した。

 首里城って、沖縄県にある大きなお城だっけ。社会の授業で聞いたような。


「本殿の屋根の装飾の説明に入りますね、本殿に彫られた竜たちは、昔の島民が目撃した龍の言い伝えをもとにつくられています。なかでも、目立つのは東西南北の四頭の龍です」

「僕もそこが一番気になってた。なんだかゲームの世界みたいだ」

「そうですね。この四頭の龍が囲んで守っている財宝に注目してください。彫刻では宝石や金銀とし描かれています。ですが実際の財宝については分かっていません。あくまでモチーフのようです」


 もちーふ?

 あたしが怪訝な顔をしていると、檜山さんが『絵を描くうえでのテーマ、題材いったところかしら』と耳打ちしてくれた。

 なるほど? それでもよく分からないので、友達にあとで聞こうかな。


「龍は誰から財宝を守っているの?」

「それも所説あります。他の龍、もしくは妖怪、そして人間と言われています」


 人間……。


「数多の龍の物語を紐解くと、龍退治の物語があります。英雄が、英雄の証を得るために、龍に挑み退治する。金銀財宝を守る龍を殺し、その財宝を得る……」

「メジャーなものは、日本ならばヤマタノオロチ伝説。神様だけど。高天原(たかまがはら)から追放されてしまった、スサノオノミコトはヤマタノオロチという怪物を退治する」


 それは授業で習った覚えがある。暴れん坊のスサノオノミコトは天上から追放され、下界に下る。降り立った出雲ではヤマタノオロチという怪物が暴れていた。ヤマタノオロチには八つの頭と尾があった。スサノオノミコトは、酒を八つ準備し、ヤマタノオロチをべろべろに酔わせたあと、退治した。スサノオノミコトは、生贄になっていた、クシナダヒメノミコトを救い出すことに成功したのだった。


「西洋の物語では勇者はドラゴンを倒すことで、名を上げる、美人を手にしたり、地位と名声を得ているね。ドラゴン側からしてみたら、人間は憎い敵なんだろう」

「詳しいですね」


 秀人が感心したように、雄津さんを改めて見つめなおした。秀人が人をほめるのは珍しいから、本当に感心している。


「日本には龍を祀る神社が多く、七宝神社もそのひとつです。我々は龍を主として仕えている……ということになっています。あと、他地域の龍や妖怪は、水鏡島に攻めてくる外敵を表しています。具体的に言ってしまえば、」


 秀人は声を潜めた。


「本土の人間のたとえですかね」


 また、人間だ。


「幽霊や妖怪よりも、怖いのは人間って言うからね」


 雄津さんが意味深にうなずいた。檜山さんの顔色は変わらない。あたしよりも、長く生きている二人にはこの意味が分かるのだろうか。

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