時を忘れていた誤算
「今日はお腹いっぱいだよ~」
「お腹の意味でも、内容でもね」
雄津さんと檜山さんは、それぞれ満足そうに歩いている。
七宝神社では、秀人は意外なほどに丁重に中を案内してもらった。(雄津さんの龍のペンダントも無事に返してもらって、今は雄津さんの胸元で揺れている)
日も暮れかかり、現在はやしゅろへと歩いている。
二人のキャリーケースとリュックサックは、やしゅろへと送っている。散策中はいたって身軽だ。
あたしは後ろで並んで歩く、雄津さんと檜山さんの横顔をちらりと見た。もうじき水平線上に、夕日が沈む。その光景は、言葉にできないほどに美しい。だからきっと、カップルにうってつけのデートスポットなんだと思う。
特に水鏡湖と夕焼けの組み合わせは絶景中の絶景だ。
ちなみに夜になると島の灯りは消えて、夜空を飾る満天の星も美しいようだ。
「部屋に戻ったら、写真を見直そうっと」
「僕もスケッチを見直そうっと」
「旅行先にまで、ノーパソを持ってくるのはどうかと思ったけど。書き甲斐があってよかったわね」
「ボイレコで録音ってなると、秀人くんには身構えられそうだったから、筆記にしといてよかったよ」
……カップルの会話なのかなあ。あたしの知らない単語が出てきて、分からないや。部屋は別々で予約されてるし、仲の良い友人同士とみるのが自然かなあ。
あたしは思い切って、二人に聞いてみることにした。
「あの、お二人は付き合っているんですか?」
雄津さんは苦笑した。檜山さんの表情は変わらない。
「あはは、はっきり聞かれたのは久しぶりだな」
檜山さんは雄津さんの手の甲をつねりあげた。
「痛たたたたた」
「いたって普通の大学の友人よ」
檜山さんはあくまでクールだ。
「ねー」
「ねー」
雄津さんの言葉を、真似して繰り返す檜山さん。
あっ、友人同士なのか! あたしのなかで何かの風が吹いた。
こういうのは、物語が好きな友人が好みそうだ。
大人になって、男女でフランクに仲が良いのは、なんだかすごく貴重なのではないだろうか。
「千夏ちゃんこそどうなの?」
と、瞳さん。
「どう、とは?」
心当たりがない。なんのことだろう。
「秀人くんと。幼なじみなんでしょう? 恋に発展したりしないの?」
「まさか!」
あたしは大爆笑してしまった。
秀人とは幼なじみにすぎない。というか、向こうに恋愛感情のようなものが見えない。あいつはモテるから、しょっちゅう告白されていると聞くし、言わないだけでそのうちの誰かと付き合っていると思っていた。
それに、好きなタイプをなにかの拍子で知ったとき、「手を引いて色鮮やかな世界を見せてくれた、笑顔がまぶしく、意志が強い子」と言っていた。
これってやけに具体的だから、特定の相手がいると思うんだけどなそして、あたしと共通項があると言われると……ないな! だって食欲にいつも負けるし、テスト勉強をする気になんてならないから、意志は強くないし。色鮮やかな世界云々はまるで心当たりがないし。
唯一、当てはまるのかな?と思えるのは、笑顔だけど、それだけじゃな……。
と、雄津さんと檜山さんに話した。
「秀人くんは、片思い中なのかな」
「これは……周りはじれったいでしょうね。というか、かわいそうね」
それぞれの反応が返ってきた。やっぱり、誰かに片思いをしてるよな。
普段から世話になってるし、あたしにできることがあったらしたいと思っている。
うん、今度、幼なじみとして相談に乗ると言ってみよう。
二人とコイバナをしていたら、いつしか太陽がその輝きを海へ落としていた。
もうすぐ、夜が来る。
あ、と思う間もなく、意識がぐらりと揺れて、あたしはばたりとその場に倒れた。
おしゃべりに夢中で、時間の経過を忘れてしまっていた。しまった! いつもなら時間を気にして然るべきなのに。
悔しいなあ。最後まで、雄津さんと檜山さんをやしゅろまで案内したかったな。
「千夏ちゃん!」
檜山さんに肩をゆすられる。冷たい手が、額に触れる。
もう目が開かない。体を動かす気力もない。眠りのカーテンは、あたしをすっぽりと覆い、行動不能にしようとしていた。
「これは一体!?」
雄津さんたちが不安がっている。あたしの口から説明するべきなのに、舌が回らない。
「だ、だいじょうぶれす……」
「命に関わらないんだね?」
「ふぁ、い」
「ちょっと失礼」
ふわりと身体が宙に浮く。力強い腕で抱き上げられ、硬いものに押し付けられる。これは背中? 雄津さんの背中なのかな。
カチリ。島の時計が午後の六時をさし、ボーンボーンと鐘の音が島中に響き渡る。
みんな、おやすみ。また明日。
死ぬわけじゃないから、そんなに心配そうな顔をしなくていいのに……。
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