突然のパリピ来襲!?(1)

「行かないで!」


 あたしは自分の悲痛な声で目覚めた。全身が汗びっしょり。何かを掴もうと、右手を虚空に伸ばしていた。見慣れた景色。自分の部屋のベッドだ。

 いったん落ち着こう。あたしは水鏡島に住む中学二年生。あたしのおじいちゃんとおばあちゃんは民宿のやしゅろを経営している。いまは東京からのお客様が二人! よくつるむのは秀人しゅうと美花みか綾奈あやな。よし、思考回路はオールグリーンだ!

 なんだか大事な夢を見ていた気がする。誰かの瑠璃色の瞳がちらつく。

 って、そうだよ。昨日は途中でぶっ倒れてしまったんだ! 雄津さんと檜山さんをやしゅろに案内する途中だったのに。最近は、八時くらいまで起きていられるのに一体どうしてだろう?

 っていかん、それよりも雄津さんたちに謝らないと!

 雄津さんの部屋と檜山さんの部屋は隣同士で、どちらも二階だったはず。でも朝っぱらから訪ねるのは、迷惑かなあ。いやでも謝りたいし……

 とりあえず着替えて、朝ご飯を食べておばあちゃんにも謝らないと。話はそれからだ。謝罪行脚で胃が痛い。

 あたしがパジャマを脱いで、パーカーに袖を通したとき、パリン!と細かなガラスが砕けるような音がした。


「うわあああああ!」


 そして、男の人の悲鳴が同じ階から聞こえた。雄津さんのものだろうか。

 服をおざなりに着ると、あたしは廊下を疾走した。

 どうか、どうか、無事であってください!


「雄津? 雄津? どうしたの?」


 雄津さんの部屋の前にまで行くと、檜山さんがドアをドンドン叩いていた。


「檜山さん!」

「千夏ちゃん。どうしよう。雄津の叫び声が聞こえて、全然、ドアが開かなくて、こちらの声も聞こえていないみたいなの」


 落ち着き払っている檜山さんが取り乱している。こんなときこそ、あたしが冷静にならなきゃ。


「檜山さん、ちょっと下がっていてください」

「千夏ちゃん?」


 安全なところまで、檜山さんに下がってもらった。

 おばあちゃんごめん。

あたしは深く息を吸い込む。イメージしろ。全身に風をまとっているイメージを膨らませろ。狙うのは、もろくなっている蝶つがい。そこに、全体重を乗せたキックをお見舞いしろ―――!


「ぶっっ飛べ!」


 ドゴオッ!と鈍い音。蝶番が折れて吹き飛ぶ音だ。これでドアが開いた!


「雄津さん、無事!?」

 そのままあたしたちは雄津さんの部屋に突入した。小声で、檜山さんが『嘘でしょ……』とつぶやいていた気がするが、そんなことより雄津さんだ。


「あ、あぁ瞳、千夏ちゃんか」


 雄津さんは腰を抜かして畳にへたりこんだまま、情けない顔でこちらを振り向いた。

 よかった! 無事だ。

 だがそれよりも、雄津さんがわなわな震える指で、一人の若者を指さしていた。いるはずのない第三者が立っている。年齢は雄津さんたちと同じ大学生ほど。脱色された茶髪は念入りにセットされ、ピアスを耳にいくつも空けている。パリピというか、渋谷をぶらついていそうな若者だ。

 そいつは、しげしげと自分のてのひらをグーパーグーパーして、独り言ちている。


「ふうん。封印を破って、初っ端がこの姿とは驚きっス。さーて、この肉体はどんな作りになんスかね?」


 雄津さん、檜山さんの知り合いだろうか? 二人は渋谷の大学に通っていると言っていた。そのわりには、二人とも険しい顔で若者をにらみつけている。知り合いじゃなさそう。


「雄津、いったい何が起こったの」

「僕にもよく分からないよ。何かがパリンと砕ける音がして、土ぼこりが立ち込めたと思ったら、この人が突然現れた。千夏ちゃん、これってドッキリかなにか?」


「違いますよ! こんな悪趣味なことは絶対しません」

「じゃあ、どうして。貴方、いったい何者なの。どこから入ってきたの」


 檜山さんが若者を凍える眼差しでにらみつける。

 若者はいたって気に首をかしげる。敵意はなさそうなのだが、得体が知れなさすぎる。


「んー? まだオレの正体分かってない系? アレっスよ」


 若者は部屋の座卓を親指で刺した。やしゅろの一人部屋のつくりはみんな同じだ。この部屋は和室。和室には海を臨める窓辺のそばに、ゆっくりくつろげる座卓がひとつある。

 その座卓の上には、雄津さんのノートパソコンと、昨日使っていたスケッチブック、スマホ。そして―――龍のペンダントは砕け散り、残がいと化していた。

 え、まって、それってどういうこと?


「だーかーらぁー」


 若者は雄津さんのことをビシリと指さした。ビクリと固まる雄津さん。呑気に天気の話をするように、さらりと衝撃的な事実を口にした。


「オレはフミヤのペンダントに、封印されていた龍っス!」


 この人は何を言ってるんだ?

 ????????

 部屋を?マークが乱舞するのが確かに見えた。全員が無防備なまま、宇宙空間に放り出されたようだった。あたしと雄津さん、檜山さんは無言で目配せをし合う。全員の脳内は一つの言葉で統一される。

 だって、龍って。どう見ても、渋谷の街頭インタビューで見る若者だよ。どう見ても人間だよ。うろこも角もないし、足も二本だ。

 雄津さんが眼をクイと上げる。


「ええっと、どうして君はこの部屋に突然現れたのかな? やしゅろのマスターキーを持っていたというわけ?」

「やしゅろ? ますたーきー?」


 若者、ええい! ここではチャラ男でいいや。チャラ男はきょとんとしたが、両手を広げて自己主張し始めた。


「だから。アンタのペンダントの封印が解けたから、オレは出てきたんスよ。あの坊主が厄介な術を施したけど、この島は龍がパワーアップする気で満ち満ちていて、こんなのお茶の子さいさいっス。つーか、フミヤ、他人行儀にするなよな。アンタと一年前に出会ってから、ずっと一緒だったスけど?」

「えっ」


 雄津さんが絶句した。心当たりがまるでないといった表情。


「ずっと一緒って?」

「渋谷の雑貨屋でオレを見つけてくれたとき、オレがフミヤの心の中に念を送っていたから、それが届いたものだと思ったス」

「……雑貨屋? その特徴を詳しく言ってみて」


 雄津さんがチャラ男をじっと見据えている。優しそうな人だけど、こんなに厳しい表情もするんだな。

 チャラ男はそのお店の特徴を指折り数えながら言う。


「その雑貨屋の名前は『上遠野かとおの工房』。夫婦経営っス。センター街から外れた裏路地にあるっス。上遠野夫妻が作った雑貨以外にも、外部で仕入れた雑貨も販売しているっス。オレが封印された龍のペンダントは、いろいろな店を転々としたせいで、元々の作り手が分かっていないっス。オレはガーネット風のネックレスと、エメラルドの宝飾品の近くに置かれていたっス」

「なるほどね」


 雄津さんが腕を組んで、深く息を吐きだした。目を閉じて、こめかみを揉みだす。


「彼が言ったことは全て事実だ。信じられないことだけど……」

「雄津は私にも、そのペンダントは『上遠野工房』で買ったと話していたわ」


 二人は難しい顔をした。龍のペンダントが割れたら、チャラ男が飛び出してきて、その正体は龍ですというのは、フィクションの世界だったとしてもぶっ飛んだシナリオだ。


「フミヤがペンダントを買って一年経ったっス。この一年間、オレはずっとフミヤと一緒だから、どんなことでも分かるっスよ。例えば、バイトの掛け持ちで出席日数が足りなかった講義の単位をもらうために、フミヤは一肌ぬ―――むぐむぐ」

「ストップストップ! 彼がこのペンダントに宿っていたことは本当のようだ。僕が保証しよう」


 雄津さんはチャラ男の口を塞ぎ、爽やかに笑う。よく分かんないけどタンイって、悪魔に魂を売ってまで欲しいものなのか? 


「その詳細は後でじっくり聞かせてもらうわ。それで貴方がそのペンダントに宿っていた不可解な物ということは確かのようだけど、龍という証拠はあるのかしら」


 檜山さんが雄津さんに釘を差しつつ、チャラ男にぶっこんだ。チャラ男はよくは思わなかったようで、頬を膨らませた。かわいいなんて思っていない。


「不可解なものって! ヒトミひどいっス! フミヤと恋人なら、オレが龍ってこともすんなり受け入れて欲しいっス!」

「あのねえ。まず、私と雄津は友人同士で恋人ではない。それに、雄津が龍を研究しているからといって、うさんくさい不可解な存在を信じるわけではないの。そして、私は自分の見たものしか信じないわよ」

「そ、そんな~~~」


 チャラ男は涙目になる。なんだか可哀そうになってきてしまった。あたしはぐすぐすと涙ぐんでいるチャラ男と目線を合わせると、頭を撫でる。


「ねえ、なにか龍だという証拠はないの?」

「ぐすっ、ぐすっ。うう、ありがとうっス……って、そうか! 見つけた!」


 突然、チャラ男があたしの脇の下に手を通して、持ち上げた。女子中学生を軽々と持ち上げてしまう腕力が、備わっていることに驚くが、それよりもまずは降ろしてほしい。


「きゃあ!」

「こらこら、じたばた暴れないで! 証拠ならこの子っスよ!」


 雄津さんと檜山さんは、チャラ男の突拍子のない行動に、動くのが遅れた。檜山さんが口元に手をあてて、地べたに這いずる虫を見るかのような目で見る。


「まさか、信じてもらえないからって、女子中学生を人質に取るつもり?」

「コミュニケーションは取れそうだったと思っていたのにな……」


 雄津さんが携帯で「一」「一」「〇」と押そうとしたが、突如土ぼこりがたちのぼる。畳の底から突き上げた土ぼこりは、部屋中に充満する。あたしたちはゴホゴホとせき込んだ。


「換気をするんだ!」


 雄津さんの一言で、瞳さんはハンカチで口元を抑えながら窓に走る。あたしは未だチャラ男に持ち上げられたままだ。部屋の窓を開け離すと、少しずつ土ぼこりは引いていき、視界が戻ってくる。

 部屋の惨状はひどいものだった。畳を突き破って、土ぼこりが発生した畳は外れ、部屋中に土がこびりついている。

 おばあちゃんに見つかったと想像すると、ぞっとする。


「どうっスか? これがオレの土の力っスよ! あとスマホは没収させてもらったッス」


 チャラ男は得意げに胸を張る。チャラ男の足元には小さな砂塵の渦が回り、そのなかに雄津さんと瞳さんのスマホと、それにあたしのスマホがくるくる回っていた。

 瞳さんは忌々し気にチャラ男をにらみつけた。


「一体、どんな手品を使ったというの。いい加減、千夏ちゃんを離しなさい」


 そうだそうだ! 離してほしい。なんだかくんくんにおいをかがれていて、気持ち悪い。


「くっ、手強いッスね。こんなの種も仕掛けもなく、ただ龍の力を使っただけっスよ」


 雄津さんがはっと顔を上げる。秀人の説明を思い出したのだろう。東西南北に配された四頭の龍を。


「東に配する土属性か……!」

「水鏡だとそういう伝わり方なんスね。そうっス。オレは土属性を司る一族の龍っス」


 龍。本当に?

 雄津さんは眼鏡の奥から鋭い視線を投げかける。


「君が龍だというのなら、どうして人の形をとっているんだ?」

「それは簡単なことっス。オレの全長はこの部屋に収まらないからだよ。暮らしていくうえで、人の形を取ることは、龍にとって珍しいことでもなんでもないんスから」


 チャラ男があたしを抱える腕に力がかかった。


「この子も、人の形を取っているけど、龍のにおいがプンプンするんだ。人間の目は誤魔化せても、オレの目は誤魔化せねえよ」

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