突然のパリピ来襲!?(2)

「この子も、人の形を取っているけど、龍のにおいがプンプンするんだ。人間の目は誤魔化せても、オレの目は誤魔化せねえよ」


 場の空気が凍る。

 えっ? この人(龍) は何を言っているんだろう。

 あたしは人間だ。一三年間人間として生きてきた。翼も持たず、牙も持たず、特殊な力もない。むしろ龍を見ることを夢見てきた。ただの人間だ。


「何言ってんの! あたしは人間だよ」

「ふーん」


 あたしは首をよじらせて、チャラ男はにらむ。チャラ男は瞳を黄金色に光らせて、あたしの全身を眺めて―――ぺろりと舌で唇を舐めた。


「確かにチナツは人間だな。だが―――なるほどね、あの坊主たちが面倒な術をかけているな。へー。これはこれは。なかなかイイじゃんか。よくぞ隠してきたもんだな」

「意味不明。自分だけ悦に浸っていないで、結論を言いなさい」


 瞳さんがチャラ男の呟きに割り込んだ。


「あーごめんっス。ヒトミをイライラさせるつもりはないっス。でも、どうしたもんかなー。絶対龍だと信じてもらえる材料だし、う~ん、面倒なことは嫌いだし、一気に片をつけちゃおっと!」

「待て、何をする気なんだ」

「何って、こういうことっスよ!」


 天井が風圧で裂けた。轟!という渦を巻く砂嵐はこれまでの比ではない。雄津さんの部屋の壁は屋根ごとぶち破られ、朝の青空が中途半端に切り取られた隙間からのぞく。部屋の中はひっちゃかめっちゃかで、電球も割れて、座卓も横倒しになった。

 そしてチャラ男は、あたしをさらって部屋の外へ飛んだ。


「千夏ちゃんどこ!?」

「ここです! 外の非常階段から来てください!」


 非常階段から伸びる、梯子から屋根の上に行ける。すぐに、雄津さんが梯子を上って、屋根から顔を出した。

 そして絶句する。

 チャラ男は龍となっていた。長い胴体でぐるぐるととぐろを巻き、そのしっぽであたしの手首を拘束している。拘束はちっとも解けない。光沢のある土色の体躯と、黄金色の瞳を煌々と輝かせている。頭には日本の角がある。

 それはまごうことなき龍の姿だった。

 チャラ男―――いや土の龍は空をぐるりと一望して、下界を見て、感慨深げにぶるぶると身体を震わせた。


「嗚呼。ようやくだ。ようやく我が身体を取り戻したぞ。かつて人里に降りた折に、この身を封印された以来だ。年月を数えることに意味などないが、よもやよもや。我はとても気分がいいぞ!」


 土の龍はどおっと、口から土煙を吐き出した。

 この状況はマズイ。それが分かっているのだけど、あたしは感動で身が震えていた。龍は実在した!


「その姿、ぴかぴかの一〇円玉のような体色はもしや」


 雄津さんの腰は抜け、声が震えている。

「さてな。我は半世紀以上もの間、このペンダントに閉じ込められていた。お前のような若造は知らぬ」

「……」


 雄津さんはうつむいた。


「だが、我の一族はいまも北陸の一角を根城にしている。お前が見たというのは、我の一族の子どもかもしれぬな」


 雄津さんの頬を一筋の涙が伝った。その涙はとめどなく流れていく。


「人の子はいつの時代になっても涙もろいものだな」


 土の龍はフンと鼻を鳴らした。

 龍としての姿と力を、目にしてしまえば信じるしかない。

 否定したくても、壊された雄津さんの客室と、龍の形にぶち破られた天井もその証拠だ。あたしの手を戒めるつるつるとした熱い感触もそうだ。


「あのー」

「なんだ、我が伴侶よ」

「その伴侶って言い方なに? あといい加減離してよ」


 あたしは後ろ手に巻き付いたしっぽから、手を引き抜こうと身をよじったが全然抜けない。

 自分の目で見たことを信じる瞳さんも、信じざるを得ないだろう。もう正体を明かすという目的は果たしたはず。


「ああ目的は果たした。だが新たに目的ができたのさ」

 土の龍の黄金色の瞳に、あたしが映る。


「チナツ。お前を伴侶として迎える」


 え?


「あたしは人間だよ?」

「―――いいや、お前は龍だよ」


 土の龍は微笑みながら、さらにしっぽをあたしの身体に巻き付けた。

 苦しい。肺が圧迫される。


「千夏ちゃん!」


 雄津さんたちは、人質のあたしに危害を加えられることを恐れ、近づくことができない。スマホもあの砂煙で没収されたまんまだ。

 一体どうすれば。


「我は難しいことを考えるのは苦手だ。チナツを手に入れられれば、彼女も手に入るそうして、我が神域でゆっくりその術を解くことを考えればいい。なあに、簡単なことだ」


 土の龍の全身が波打ち、風が集まりだす。マズイ、こいつ飛ぶ気だ!


「さらばだ人の子ら。―――フミヤ、お前と過ごした日々はなかなかに楽しかったぞ」


 いい感じのセリフを残すと、土の龍は浮上し、空へ昇ろうとする。

 一か八か。全身に風をまとったイメージで! 拳を振り上げろ!


「てやっ!」

「ぐぬっ」


 空へ昇ろうとする大気の流れと、逆方向に風が発生し、土の龍は身体のバランスを一瞬失った。その隙に拘束が緩み、あたしの身体は宙に投げ出される。


「わわっ」


 だが、やしゅろの屋根へは着地出来ず、どんどん地面が近づいてくる。もうだめだ! あたしはぎゅっと目を瞑った。

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