チャラ男VS秀人

 だが背中が地面に叩きつけられる感覚はない。あたしの全身は誰かの腕に抱き留められて、無傷だった。


「ったく。とんだおてんばだな」

「し、秀人!?」


 あたしの幼なじみが、パジャマ姿で息を弾ませていた。どうしてここに。

 そっと地面に降ろされる。秀人はあたしの腕の跡に気が付いて、舌打ちをした。土の龍のしっぽが巻き付いていた跡だ。ヘアゴムの跡のように赤くなっている。


「アイツがペンダントに憑依していた龍か」

「知ってるの?」


 だから、神社の中に入れないようにしてたのか?


「ペンダントを預かった時、巫女さんたちに、封じ込めの呪をかけてもらったんだが、どうも逆効果だったみたいだな」

「てことはあんた、龍のことを……!」


 その事実が、あたしにとっては衝撃的で―――あたしが龍を探していたときに、どうして何も言ってくれなかったんだろう。秀人はあたしの頭をポンと撫でる。


「その話は後だ! あいつをどうにかするぞ」


 土の龍は自らの力を誇るようにぐるぐると旋回する。チャラ男の姿の面影はない。


「これはこれは。水鏡神社の次期神主様ではないか。昨日とは違って、寝間着のようだが、何用かな」

「水鏡島は他の地域の龍の立ち入りを禁止している。立ち去って頂きたい」

「ハッ。―我は久方ぶりにこの姿に戻り、とても気分が良い。特別に教えてやろう。我は北陸の一角を統べる地龍の一族の主の茶羅ちゃら。その娘を、我の生涯の伴侶として、故郷に連れ帰るのだ」


 茶羅は堂々と名乗りを上げると、やしゅろの屋根の上から地面に降り、あたしと秀人に接近した。

 秀人はあたしを背中でかばうと、きつく茶羅を睨みつけた。


「―――それを認めることはできない」

「なぜ? 人の子よ。お前に龍同士の恋愛に口を出す権利があるというのか」

「千夏は人間だ。そしておれの幼なじみだ。お前らのような異種族と関わらせるわけにはいかない」


 ぐわっぐわっぐわっ。まるでカモが一斉に鳴きだすような声。茶羅が大きな口を開けて、笑っていた。これが龍の笑い声。


「人の子よ。どうして、隠そうとする。先ほどから全く核心に触れようとしないじゃないか。お前がご大層に守っているチナツに、本当のことを教えてやったらどうだ」


 ……本当のこと?

 あたしは秀人の背中を見つめた。背中から秀人の表情を伺いしることができない。

 あたしに何か大切なことを隠している、黙っているというの? 


「秀人……?」

「千夏、大丈夫だから。こいつの言うことなんか気にするな。大丈夫だから」

「彼の言葉に嘘がないなら、秀人くんは本当のことを話すべきだよ」


 不意に第三者の声が割り込んだ。難しい顔をした雄津さん。その傍らには檜山さんもいる。茶羅に臆することなく、二人はこの場に立っていた。


「何も知らないあんたたちに、何が分かるって言うんですか?」


 秀人の顔は険しい。檜山さんは冷静に言葉を返す。


「何も知らないから、こうやって聞いているのよ。君が千夏ちゃんのために、何か秘密を抱えているらしい。こちらも出来ることがあれば、協力したい。だけれども、君が思い悩んでばかりで、何も言わないなら、分かりようがない。助けようがないのよ」

「だから――――あんたたちに何ができるっていうんだよ」

「僕らは君たちよりたった一〇年くらいしか、長く生きていない若輩者だけど、それでもその一〇年の経験が、なにか解決策を見いだせるかもしれない」

「……」


 秀人は頭をぐしゃぐしゃと掻いた。

 檜山さんはなおも、言う。


「それにこれは君の問題でもあるけど、彼女の―――千夏ちゃんに関わる問題なんでしょう。だったら、なおさら話すすべきよ。何も言わないのが優しさだと、私は思わないわ」


 瀬名秀人。これまで一緒に育ってきた幼馴染。同じ幼稚園で遊び、同じ小学校に通い、そして今は同じ中学校。知らないことがないと思えるほど、一緒にいたのに。

 秘密にされることが、こんなに胸にこたえるとは。さみしいよ。


「言って、話してよ、秀人」

「千夏……」


 あたしの方を振り向いた秀人が大きく目を見開いた。端正な顔がぼやけていく。

 茶羅が呆れたように言った。


「あーあ、泣かせてしまったなあ」

「う、うっ、うう」

「千夏……」


 秀人が困っているのが伝わる。あたしはめったに泣くことはないから、こんな反応をされても困るだろう。それでも抑えられなかった。話してほしかった。本当は龍が存在することだって、あたしに話して欲しかった。

 大切な幼なじみだと思っているから、やっぱり寂しいよ。


「秀人」

「……千夏」


 あたしはしゃくりあげながら、懸命に話した。


「黙っていることを全部、話して」

「それは―――お前を傷つけることになる、よ」

「それでもいいからッ! あたしに話してよ! あたしのことでしょ! もう隠し事なんてしないで……」


 あたしは激情のまま、秀人を抱きしめた。ああ、またこんなことをして困らせてしまうのに、止められない。中学になってあたしよりも背が伸びた彼は、もう一人の男だった。

 背中にあたたかな腕がまわり、抱きしめ返される。

 秀人はほんの少し困ったように微笑む。


「分かったよ。ぜんぶ、話すから。だけどその前に―――」


 秀人は一瞬にして表情を切り替えて、茶羅をにらみつけた。


「おお怖い怖い。我とて、無理やり我が伴侶に迎えるよりは、合意の上で迎えたい。事情とやらを話す邪魔はすまいよ。なんなら」


 ポン! とまた砂埃がたつと、茶羅はあのチャラ男の姿になった。秀人が目を丸くする。


「この姿の方がなにかと便利そうみたいっスね!建物も壊さないし、人も怯えさせないし! しばらくこのまんまでいるっス!」


 茶羅はにこやかに笑う。龍の姿と口調と雰囲気が全然違うな……。あの姿では威圧感があったし、やしゅろに被害をもたらしていたし、人の姿でいてほしいな。

 あたしは、破壊された雄津さんの部屋の惨状を思い出して溜息をついた。おばあちゃんにどう説明すればいいのだろう。

 秀人はあたしの気持ちを読み取ったように、茶羅にぶっきらぼうに言う。


「おい、お前、戻せるんじゃねえか?」

「へっ?」


 茶羅の間抜けな声。


「だからお前が畳に充満させた土ぼこりや、龍の姿になったときに突き破ったやしゅろの屋根を直せるんじゃねえか? 土属性なんだから」

「で、できるっスけど、さすがに簡単なことではないっスね……あ、千夏ちゃんが応援してくれるんなら、オレ頑張るっスよ!」


 と、茶羅は頬を染めた。秀人は面倒くさそうに後頭部をがりがりと掻く。


「じゃあおれの応援でも十分だよな。ほい、がんばれがんばれ~」

「え、ちょ、嫌っス! 次期神主坊主の応援なんかで頑張りたくないっス」

「あーがんばれーがんばれー。ついでに龍の姿に戻れにくい術をかけとくか。汝、借物の姿にその身を委ね、真の姿を忘却すべし……」

「やめるっスよおおおおおおおお」


 秀人は茶羅を羽交い絞めにして引き連れていった。

 残されたあたしたちはぽかんと顔を見合わせる。この短時間にいろいろと起こりすぎて、何が何やら。


「ぐー」

「ぐー」

「ぐるるるる」


 三人の胃が仲良く鳴った。(あたしは最後の音だ)腹が減っては戦はできぬ。あたしと雄津さんと檜山さんは、とりあえずおばあちゃんが作った朝食を食すことにした。

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