記憶操作
「な……そんな……」
あたしは思わず後ずさりをした。秀人は俯いて、奥歯を噛みしめている。己の行いが暴かれたことを恥じるように、強く。
雄津さんと檜山さんにも動揺が広がっていく。
「おかしいと思っていた。龍に関する論文は全部読んだのに、龍神の伝説があるはずの水鏡島についての論文が全くなかったんだ。それに、研究のためなら悪魔に魂を売り飛ばすようなあの先生が水鏡島にたどり着かないはずがない! 秀人くん、君は、一体何人の研究者の記憶を消去したんだ!?」
「だって!」
秀人が顔を上げて、きっと雄津さんをにらみ返した。
「にこにこ笑って観光してりゃいいのに、どうしてあんたたちは隠しているところに食いつこうとする! どうして、白日のもとに晒そうとする! そんなに龍が魅力的か! おれはあいつらが大嫌いだ! おれのッ、大切な人を苦しめている元凶が大嫌いだ! おれはただ、平穏な毎日を過ごしたいだけなのに!!」
「秀人!」
あたしはたまらず秀人を抱きしめた。荒々しい獣のような呼吸が鎮まるよう、祈りながら、背中を撫でる。
いつも飄々としている秀人。その裏でこんなにも苦しんでいるなんて、知らなかった。あたしは知らなかった。なんにも知らなかった!
「……本当は、おれだって記憶なんて消したくないですよ。だから、楽しい記憶はそのままにして、知られたくなかった秘密だけ消していました。だけど、それで許されることじゃない。特にあんたらは、いい人たちだ。まだ会って二日目ですけど、わかります。叶うことなら、普通に友達に、なりたかった」
「秀人くん、あなたが立場上仕方なく、島を訪れた人たちの記憶を消したことはわかったわ。そして、私と雄津の記憶を消すつもりだったということも……。一つ確認させて。その術を千夏ちゃんにかけていないわよね」
瞳さんの言葉に、秀人はあたしの腕の中で石になった。それが答えだった。
茶羅がフンフンと鼻をうごめかせる。
「チナツからはシュウトの術のにおいがぷんぷんする。全身を覆っているっスね。ああでも、あと別の人間の、シュウトと似ている術のにおいもするっス。ソレがチナツの身体に深く干渉してるっスね……そうだな、人間に分かりやすく説明するとするのなら」
茶羅はお茶菓子をおいしそうにぱくついた。
「そうそう。お札っスね。チナツの中に龍を封じるかのように、無数のお札が張り巡らさしている状態っス!」
「その通りだよ……」
秀人があたしの腕をそっと引き剥がし、ようやく顔を見せた。隠し通すことへの諦めと、真実を打ち明ける覚悟を決めた、見たことのない表情だ。
あたしはもう一周まわって、冷静になっていた。この先何を言われても、とんでもない事実を明かされることになるのだから。
しかしお札ときたか。心霊番組で見た開かずの間を思い出す。いまのあたしは開かずの間で、何かを封印しているということ? 突拍子もない妄想だ。
だが、待てよ。あたしの体質は特殊だ。朝の六時から夕方の六時まで意識がない。まるで、機械仕掛けに設計されたように。
まさか、「コレ」はリュークによるものなのか!?
あたしの目を見た秀人は力なくうなずく。あたしはヘナへなと畳に膝をついた。
「千夏には七宝神社神主―――俺の父によって特殊な術がかけられています。これはおれには解呪することはできない」
「あたしは朝の六時から夕方の六時までが生活時間で、夕方の六時をすぎると、意識を失って倒れてしまうんです。ずっと特異体質だと思ってきたけど、まさか……」
雄津さんが首を傾げて、異を唱える。
「待ってよ。千夏ちゃんが倒れたとき、腕時計で時間を見たから覚えているけど、まだ十八時前だったよ」
「本来ならば千夏の時間帯は決められているんですが、最近はリュークが緩んでいて、十八時前にあっちが目覚めることが増えました。父はまた封印が必要だと言うけれど……」
秀人は拳をぐっと握り、そして開いた。
「千夏のためになると思って、ここまで我慢してきた。だけどもう限界だ。お前はなんにも悪くないのに、生まれと神社のエゴでここまで縛られてきた。もう、終わりにしたい」
秀人……。彼が何を言っているのか、はっきりとは分からない。だけど、覚悟を決めた凛々しい顔つきから、もう何も隠すことなく共に戦ってくれるのだと悟った
秀人は雄津さんと檜山さん、茶羅にまで頭を下げた。
「突然こんな話に巻き込んでしまいすみません。あなたたちの助けが必要です。お願いします……茶羅、他所の龍に仮なんぞ作りたくないが、どうか、頼む」
檜山さんは雄津さんと目を合わせると、天女のように微笑んだ。
「私たちは最初に言ったように、協力するつもりよ」
「もちろん、協力するさ。ただし」
雄津さんははっきり言った。
「僕たちが島で過ごした記憶を消さないことを約束してほしい。自分の記憶は自分だけのものだから、さ」
「約束します」
秀人は激しくうなずいた。
茶羅は呑気に手を上げる。
「ハイハイ! オレはチナツたちとつがいになりたいっス!」
「はぁ? んなの却下に決まってるだろうが」
バチバチ、と秀人と茶羅の間に火花が走る。
チナツたち?
茶羅の言い回しが気になる。
あたしはたまらず、秀人に詰め寄った。
「ねえ、秀人。あたしの中には誰がいるっていうの?」
「それは―――」
「龍の女の子っスね! チナツは龍と人間のハーフっス! 人間の身体を一人と一体でボディシェアしてるんスよ!」
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