すべてを思い出して(2)
「ねえ、話をしたいよ」
「お前の戯言を、もう聞いているが」
「そうじゃなくてさ」
あたしは精一杯の笑顔を浮かべた。
「お姉ちゃんと、顔を合わせて話がしたいよ。生身の身体で会いたいよ」
「……」
「覚えてる? 昔、約束したことがあったよね」
「記憶していない」
あたしは水鏡湖を見渡した。月夜のなかで、水鏡湖を囲むように草が生えている。四月になれば、蒼の花が咲く。
「『いつか水鏡湖のほとりで、二人で花かんむりを作ろう』って約束したんだよ」
「……」
「来年になればまた、この湖のまわりはお花でいっぱいになるよ。そのときに、一緒に花かんむりを作ろうよ」
るりは無言で湖面を凍らせた。湖面がパキパキと薄氷に覆われていく。るりの姿も見えなくなっていく。
ああ、閉じこもるつもりか。また、あたしから逃げるつもりか。
あたしは鼻息を吐くと、拳に風をまとわせて、薄氷を殴った。バキッ!という音とともに、薄氷は砕けた。湖面から苦虫を噛み潰したるりの顔が現れる。
『え、何事?』
「怖い……」
「そこもまた素敵っス」
などと背後のざわつきは気にせずに、あたしはるりを睨みつけた。
「なんで、せっかく会えたのに逃げるの」
「無礼な。わらわは逃げてなど……」
「逃げていないのなら、どうして文也さんの提案に乗らないの。お姉ちゃんは自分の身体を得ることができる。時間に拘束されることなく、昼の世界を謳歌することができるのに」
「馬鹿馬鹿しい。ダイジャにかけられた術も、シュートだけでは解除できんだろう」
それを聞き、茶羅が勇んで手を挙げた。
「オレもオレも! オレもいるっスよ。まだ力を回復しているところっスけど、シュートの力と合わせれば、トータルでダイジャの力を上回るっス!」
それに、あたしも、るりだってリュークを持っている。四人で唱えれば最強だ。
「……分からない。なぜ、そんなに自信満々でいられるのだ。肉体から魂を切り離す術も、新たな器に魂を繋ぐ方法も確立されていないのに」
「ああ、あてはあるが、確実ではないな」
秀人の言葉に、るりは鼻で笑った。
「確実ではないことを、よくも本当のことにのたまえるものだな」
秀人は焦らず、いつものような皮肉めいた笑みを浮かべた。
「なあ、お前の言う不確実が、実現する可能性に賭けないか。おれは分が悪い賭けではないと思う。おれたちと、それに知恵を貸してくれる人たちがいれば、叶えられるぜ」
「賭けときたか」
るりも笑う。十代の少女が浮かべるものと思えないほど、邪悪な笑み。
「成功したら、わらわは龍の肉体を得る。ならば、失敗したらどうする? 小僧、お前は何を代償として支払うつもりだ」
「それは決まっている。おれは全ての力を失い、瀬名一族を追放されて、水鏡島から去る」
秀人も笑みを持って答える。あたしは秀人の狩衣の袖を引っ張った。
「ちょっと、そんなことを賭けていいの!?」
「大丈夫さ。おれは自信があるから」
「クククク……フハハハハハ!」
るりが瑠璃色の瞳から涙を流すほどに、大笑いをした。
「フフフ……生きていてこれほどまでに笑ったのは初めてだな」
「きっと、これから楽しいことはたくさんあるよ。お姫様」
るりに抜け目なくアピールをする茶羅。恭しく、騎士のようにひざまずいて見せる。
「娯楽に興じて、その賭けに乗ってやろう。わらわの寛大な気持ちに感謝するがいい」
るりに身体があったら、間違いなくふんぞり返っていただろうな。
「へーへーどうも。じゃ、まず時間縛りの封印を解くからな。二十四時間同居生活をやってもらうからな。どっちが身体を動かすかは相談して決めろよな」
「つまり……チナツもルリもどちらも愛せると」
『あなたはややこしくなるから、黙ってなさい』
前のように、頭の中からるりの声が聞こえるようになるのか。なんだか騒がしいような、本当の毎日が戻ってくるような。
あたしは湖面に手を触れた。互いの心臓の位置に利き手を置く。
「言っておくが、お前を認めたわけではない。お前の肉体を乗っ取る機会をいつでもねらっていることをゆめゆめ忘れるなよ」
るりは好戦的に言う。あたしも望むところだと、にやりと笑って見せた。
「上等。家主はあたしなんだから、言うこと聞いてもらうよ」
納得いかなければ、とことん喧嘩をしよう。
湖を覗き込むあたしと、湖面のなかのるりが見つめあう。秀人と茶羅はあたしたちを囲んでいる。文也さんと瞳さんは見守ってくれている。」
「蒼の一族の第一王女の名の元に命じる」
「ただの人間として命じる」
「七宝神社次期神主として命じる」
「北陸の一角を統べる一族の元王の名の元に命じる」
『時は満ちた。姉妹を縛る時の盟約よ。今こそ封印を解き放たん。光の時間と闇の時間の境を薙ぎ払い、一つの世界へと導かん!』
そして、あたしたちはまばゆい光の中に包まれた。
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