第17話 恋愛テクニック

「テメェ……ジーフ!!

 覚悟は出来てんだろうな!」


 顔を赤くして怒鳴るギガント・マックス。年齢的には少年のなだが、成人並みの体格を持つ男。

 ギガントがジーフクリードに掴みかかろうとしていた。掴むだけならまだ良いが、その手は腰に下げた剣を握ろうとしている。


 デレージアは思わず目を覆う。この馬鹿はバカだけに何をやらかすか、分からない。まずい、目を覆ってる場合では無い。ギガントを止めなければ。

 デレージアが持ってるのは真剣では無い。木剣。それでも竹光などとは違う。ズシリとしたロウクワットの木から削りだした品。刃物では無いが、一角兎ホーンラビットのような弱モンスター相手なら戦える武器である。

 真剣相手には頼り無いのは分かっているが。それでも……学友の少年が斬られるのは……見過ごせるものじゃない!


 ギガント・マックスが剣を鞘から抜こうとしながら、勢いよくジーフに近付いている時だった。

 大柄な身体が回転した。

 ジーフに向かって来たギガントがクルリと体の向きを変え、畑に突っ込んだのである。


「なっ?」

「坊ちゃん?」


 二人の御付きの男は慌てている。

 ジーフはアレ、何が起きたの? と目をパチクリさせる。


「よそ見をしながら走ると危ないぞ」


 畑に顔を突っ込んだギガントに言ったのは勿論、ナイト・マーティンであった。

 


 ナイトとジーフ、デレージアはその場を立ち去った。

 ギガントは「待ちやがれ、テメェら」等と吠えていたが、ジーフが二人の手を掴み強引にその場を離れたのである。

「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

「クサッ! 坊ちゃんクサイですよ」

「畑の肥料のニオイですね。こりゃ動物のフンを使ってるんだな」

「うわー、クッセェ! エゲツなー」

「オマエラ、とっとと俺を助けねぇか!」

「だって、クサイんですもん」

「近寄りたくなーい」

「オマエラ、俺にそんなこと言ったらどうなるか、分かってんのか!?」

「あああ、出たー!」

「平気でこんなセリフ言えんのが坊ちゃんのスゴイとこだよな」

「俺達いくら悪役ヅラしてても、さすがに恥ずかしくて言えねーもん」

「ここまでイヤな奴で悪役セリフを堂々と言えるなんて、魂消るぜ」

「そこにシビレル!」

「アッコガレルー!」

「うるせぇーっ!!!」

 ギガントがそんな戦士達とのやり取りに気を取られてるうちに、逃げ出すジーフなのだった。



「ここまで離れればいーね。

 ゴメンね、デレージアさん」


 と、ジーフクリードは掴んでいた金髪の少女の手を離す。ジーフとデレージアは足早に移動したので軽く息を切らしているが、ナイト・マーティンは落ち着いた態度、息も切らしていない。


「ワタシこそゴメンなさい。

 あの男はワタシに絡んで来たのに……

 アナタ達まで捲き込んでしまったようなモノね」

「ゼンッゼン!

 デレージアさんが謝る事無いよ。

 どう見ても悪いのはギガントの方でしょ」


 そんな事を言いながら歩く三人である。


「まぁ、考えようによっては良かったよ。

 柵の修理、アイツらがやってくれたんだもの。

 僕らなんにもしなくて済んだじゃない。

 とっとと学校帰ろう」


「……ジーフ、俺からも礼を言おう。

 ……先程は少しばかり頭に血が上って、キミが途中でおどけた事を言ってくれなかったら、俺は彼らに何をしていたか分からない。

 俺も精神修養が足りないな」


「ナイト……

 へへへヘヘッ

 何をしていたか分からない、なーんて言っちゃって〜、何してたって言うのさ。

 俺の右手が疼くんだ、ってヤツ?

 オマエはもう死んでいる、なんちゃってさー。

 うん、でも良かったよ。

 一瞬ナイトくんホントに怖い顔してたもんね」


 オドケた雰囲気でジーフが話すのにつられてデレージアも語ってしまう。


「うん。

 本当に……ナイト……怖かった。

 普段から愛想無くてコワイ顔してるけど。

 そんなのじゃなくて……

 あの時、ナイト……

 知らない人みたいに見えた。

 アナタのコトなんて数ヶ月前に引っ越してきたばかりで元々良く知らないけど……」


「でも……知ってる。

 分かってるつもりでいた。

 学校で毎日顔を合わせてた。

 ワタシより年下のくせに、何時も落ち着いていて。

 周りの事なんて全く気にしないような顔して、でも実は周りにも気を配ってる。

 ……そんなトコロが好き……

 助祭様の言う事になんかを全く興味が無いような顔をしていて。

 それでいて、ワタシより勉強が出来る。

 ……そんなトコロが好き……

 そんなそんな……ワタシのナイト」


「でも……あの時のナイトは違ってた。

 全く知らない人みたいに見えた。

 毎日会ってるのに。

 学校でいつも顔を合わせてるのに。

 ワタシの好きなナイトとは違って見えた!」



 それはナイト・マーティンの誰にも語れない秘密。少年は家族にすら何も話していない。打ち明ける事など出来はしない。

 

 彼は、あの時味わう事の出来なかった温かく柔らかな感触をこの世界で手に入れていた。

 目覚めると自分が赤子になっていて、そんな自分を二人の人間が見つめて居た。冷たく観察する視線では無い。何か凄く大事な物を見守る目。そんな目が自分に注がれているなんて事を信じられなかった。

 柔らかくふわりと女性が自分を抱き上げる。赤子である自分は女性の胸に抱かれていた。


 ふわっ ふわわわ ああああああん あぁぁあぁあああぁぁん


 何故か涙が、泣き声が溢れ出す。顔の中心が痛い訳でも無いのに。止める事の出来ないモノが自分の喉から絞り出され、目から零れていく。

 うるせぇ、と殴りつける大人はいない。

 優しく体が揺らされる。

「どうしたの~、ナイト。

 あなたの名前はナイトよ~」

「アリス、大丈夫なのか。

 この子、こんなに泣いて」

「大丈夫よ、アーサー。

 赤ちゃんは泣くのが仕事なの」

「そ、そうか……

 だけど、泣き声を聞くと俺まで泣きたくなるじゃないか。

 なんとかならないのか」

「アーサーったら。

 ほら~、ナイト~。

 変なパパでちゅね~」

 見上げると優しい二対の眼差しが自分に注がれていた。

 この人達を困らせてしまうのかもしれない。

 涙を止めなければ!

 と、思うけれど、溢れて来るものは全く止めることが出来なかった。

 

 だから!

 あの母親は自分が守る。

 あの父親は自分が守る。

 自分も含めたあの家族は必ず守り抜くのだ。



 

 ジーフクリードは目をパチクリさせている。学友のナイトとデレージアと三人で歩いていたのだが。一つ年上女子のデレージアさんがとんでも無い発言をかましたのである。


「ええっ?!

 デレージアさん、漏れてる。

 心の声、ダダ洩れだよ!

 ナイトの事好きって三回も言っちゃったよ。

 あまつさえ、ワタシのナイト、まで言い出しちゃったよ。

 それ、言って良かったヤツなの?

 やべーヤツじゃないの。

 エゲツナク乙女の秘め事なんじゃないの?

 それとも……ワザとなの。

 言うつもりは無かったけど、つい言っちゃった風に見せかけた告白なの。

 てゆーか、なんで僕の声聞こえないフリしてんの」


 デレージアは道を歩きながらも、自分の物思いに耽っていて全くジーフの言葉を聞いていないのである。

 そしてナイトはつぶやいているのである。


「そうか。

 俺は学校で普段から愛想無くてコワイ顔していて、周りの事なんて全く気にしないような顔していて、助祭様の言う事になんかを全く興味が無いような顔をしているように見られてるんだな」


「なんで?!

 なんでナイトくんは落ち込んでるの?

 そこ割とどーでもいートコ!

 重要じゃないトコロ!

 なんで重要なトコだけ聞き流してるの!

 ワザとなの?

 それもワザとなの?

 言うつもりは無かったけど、つい言っちゃった風に見せかけた告白を更に聞かなかったフリをして受け流す高度なテクニックなの?

 なんなの、二人とも。

 僕とほとんど変わらない年齢のくせにいつの間にか恋愛上級者気取りなの?

 誰も使わないような謎の恋愛テクニック使い放題なのーーー!!!」

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