第4話 アリスの昼

 ここはアディスアメーバシティ。

 王都からは離れているものの主要都市の一つと言われる。北に鉱山、東に在る海ヘの距離が程近く産業都市として栄えているのだ。

 当然、領主貴族の類も多く利権争いが密かに、あるいは大々的に行われているが、一般市民にはそんな事は知った事では無い。

 市民としては街が栄えていて、真面目に働けば金も手に入るなら言う事は無い。

 ついでに街にはやたら美味いメシ屋まで出来た。

 その名もロイヤルジョナゼリア。王都にあるレストランが一掃されて、ほとんどこのジョナゼリアの系列店になってしまったとゆー信じられない噂。店に訪れた人々は嘘では無いのかもと納得しつつある。値段は多少張るものの、美味し過ぎるのである。


 だが。

 現在、その市民達は騒めいていた。アディスアメーバシティの上空を巨大な影が飛行しているのだ。


「あっ、アレは何だ?」


「鳥だ!」

「飛空船だ!」


「いや、飛竜ワイバーンだ!」


 人々は怯え慄く。飛竜ワイバーンと言えば、巨大な体躯で空を飛び、口から炎を吹き出す、災害級モンスターではなかったか。

 モンスターは街のすぐ近くに着地しようとしているのだ。



「送ってくれてありがとう、ア・ナ・タ」

「なんて事ないさ」


 巨大なモンスターの背から、女性を抱え革鎧の男が飛び降りるのである。

 アーサー・マーティンであった。

 アリスを降ろすと竜の背に戻り、荷箱を両手に抱えて又飛び降りる。


「店まで持って行くんだろ、手伝おうか?」

「良いわよ、店の人に手伝って貰うから。

 それよりもアナタのお馬さんが目立っちゃってる気がするわ。

 もう街を離れた方が……」


 アーサーが見ると街の住人らしき人物が遠巻きにコワゴワとこちらを見ている。後方からは衛兵らしき人々も駆けて来るのだ。


「そうか。

 じゃあ、夕方には迎えに来るよ」

「お願いね、アーサー」


 妻に別れを告げると立ち去るアーサー・マーティン。


「行くぞ、リントヴルム」


 KuGYAAAAAAAAAAAAAA!!

 

 可愛らしい鳴き声を発し、去っていく主人のお馬さん。

 リントヴルムってお馬さんにしては少し変わってるわよね。翼があるし、たまに口から火を吹いたりするの。

 でも主人に懐いてるし、カワイイからいいわ。

 そんな事をつぶやくアリス・マーティンなのである。


 ここにもしもモンスターの情報に詳しいモノがいたら、叫んでたかもしれない。

「なにっ!

 リントヴルムだと?!

 それは…………

 北方の山脈に生息するドラゴン

 警戒レベル3としてはトップクラス、場合によっては警戒レベル4ともされるモンスター。

 その中で翼を持ち飛行できる物を飛竜ワイバーンと呼ぶ。

 そのドラゴン全てを従える竜の中の竜、竜王と呼ばれる個体の名こそが。

 リントヴルムっっ!!!

 間違いなく警戒レベル4、破滅カタストロフ級モンスター。

 しかし、その能力はほとんど確認できていない。

 その能力がもしも推測よりも高かったとしたならばっっ!!

 …………警戒レベル5、神々の黄昏ラグナロク級モンスターと言う事も……

 ………………

 それは幾らなんでも…………

 考えすぎだな。

 神々の黄昏ラグナロク級モンスターなど、神々と同等の存在。

 人間ではその力を測る事すら出来はしないのだから……

 考えすぎてはいけないぞ、なぁハンプティ、そうだろ……」

 

 そんなここには居ない男の葛藤など知る筈も無い、アリス・マーティンは荷箱を持ち上げ街の中へ入っていく。

 

 街の衛兵なのか、鉄鎧に身を固めた男がアリスの前へバタバタと走ってくるのだ。


「ハァッハァッ……御婦人、無事か?」

「フゥフゥ……モンスターが街外れに現れたと聞いて急いで走って来たのだが」


「鉄鎧が重すぎてな、遅くなってしまった。ハァハァ」

「全て鉄で出来た鎧だからな、20キロ近いんだ。

 フゥフゥ、いくら我々が鍛えていてもこんなの着て全力疾走できるかよ」


「あら、力持ちなんですのね。

 でしたら、この箱持つの手伝ってくれるかしら~?」


 ニッコリと鎧の兵士達に微笑むアリスなのである。



 さて、その頃ロイヤルジョナゼリア・アディスアメーバ店の厨房では騒ぎが起きていた。

 

「どう言う事だ、マネージャー!」

「……いや、落ち着いてくれ。

 バトルロミオ料理長。

 キミの顔はタダでさえ怖いんだ。

 そんな風に怒って、顔に青筋を立てたら、モンスターと間違われるぞ」


「余計なお世話だっ!」


 本来この支店の料理の責任者である筈の料理長。それがバトルロメオと呼ばれる中年男なのだ。にもかかわらず、マネージャーはトンデモ無い事を言い出したのだ。



「良いか、ここの料理長はワタシだ。

 このバトルロミオなんだ。

 なのに今日の特別ディナーを作るのがワタシじゃないとは……

 どう言う事なんだっ?!」

「だからコワイってば。

 普段から狂暴猪マッドボアに似てると評判なのに、

 そんな怒ったら狂暴猪マッドボアそのものじゃないか」


「俺の顔どんなだよ!

 普段からイノシシに似てると評判なのかよ!

 ハジメテ聞いたよっ!」


 今日はロイヤルジョナゼリア・アディスアメーバ店が特別な客を迎えるのである。

 ロイヤルジョナゼリアはアディスアメーバシティにおいてまだ歴史の浅いレストラン。現在すごい勢いで支店が増えつつあるとは言え、まだレストランとしての格は高くない。

 しかもロイヤルジョナゼリアはその基本方針として一般市民をも迎え入れる経営方針を打ち出していた。

 通常レストランを名乗るならば。

 貴族、王族しか迎え入れない。もしくはよほど裕福な商人等だ。

 それを打ち崩した。

 店の奥、もしくは二階に貴族用スペースを設け、一階を一般庶民に開放する。値段も天地程の開きを設定し、提供する料理も庶民向けは貴族向けと別物。簡単な一品料理、パスタにボリュームを持たせた物や、ライスにメインディッシュを乗せた物。貴族向けであるなら、当然フルコースが当たり前だ。

 

「俺はな、そんな店を作るのは無理だと思ってた。

 貴族連中が庶民と一緒にメシが食えるか、と怒り出すに決まってる。

 ところがこの店はやってのけた。

 フルコースのレベルの高さが貴族や王族をも唸らせたんだ。

 だから。

 俺もこの店に全てを捧げるつもりで、老舗料理店から抜けてここの料理長になったんだぜ」


「ああ、バトルロミオ料理長には感謝している。

 アンタのおかげで出来るコック見習いが多数来てくれたし、端くれ貴族も定期的に店に訪れる。

 この支店が順調に発展出来たのはアンタのおかげだ」

「だったら……何故バラマウント伯爵とサニー子爵の見合いの席の料理が俺のじゃ無いんだ!」


「……それは……仕方ないだろう。

 本社からの連絡によると今日はあの方が来るんだ」

「あの方?」


 その時であった。ロイヤルジョナゼリア・アディスアメーバ店の入り口が開かれたのは。


「お客様、まだ開店前でして」

「すいません、もう少々お待ちください」


 そんな店員の声がマネージャーの耳に聞こえて来る。


「ゴメンなさ~い。

 予定より遅くなっちゃった。

 アリス・マーティンよ~」

 

 その瞬間マネージャーは直立不動の体勢になっていた。


「キタッ!

 ついに来たっ。

 私もついにあの方の料理も見る事が出来るのか。

 しかも今日は調理する現場も見ることが出来る。

 おお、神よ、最高神オーディンよ。

 感謝します」


 バトルロメオ料理長も言わずにはいられない。


「お前?!

 俺の料理食っても感激した事なんか無いじゃんかっ!!

 しかも最高神オーディンに祈るほどなのっ?!?!」

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