第3話 アリスの朝
アリス・マーティンは平凡な主婦だ。
料理の美味さ、外見の美しさに関しては家族だけでなく、近所の村人も認める彼女。
だが。
辺境のごく普通の母親としては彼女は一点おかしな点があった。
「一点だけかよっ!」
それは…………
それは朝が遅い事であった。
「おかしくねーよ!
寝坊する母親くらい何処にだっているわっ!!」
そういう意見もあるだろう。
しかし、場所は辺境。開拓中の村なのだ。まして彼女は自分で家庭菜園を作っており、自家製野菜、果物に茶葉まで自作をしている。
本来であれば、日の出前に朝ごはんの仕込みを済ませ、野菜達に水をやり、しかる後朝日が射してくると同時に汗を洗い流して、自分自身に軽いメイクを施したうえで、珈琲を沸かし、その匂いと共に夫と子供を起こす。
ネボスケの旦那の前には、美しい妻が珈琲をカップに注ぎ込んでる姿が展開される。子供にとっては母親が美味しい朝ご飯を差し出して、いつもの優しい微笑みを浮かべる。
そうあるべきだろう。
「おおお、そうなのか。
……しかしいくら何でも完璧すぎないか」
アリスはそうありたいと思っているのだ。ホントウなのだ。ホントのホンキで明日こそそうしよう、と考えているのだ。決意のガッツポーズで拳を握りしめて眠りについたりするのである。
ところがだいたいにおいてそう思い通りにいかない。
身体を揺り動かされて、開かない目を無理やりアリスが開けるとそこにはナイトが立っているのである。
「母さん、学校行ってくる。
この家、外からだと扉に鍵をかけられない造りだから、気を付けて」
「むにゃー、ナイトじゃないのー。
夜は子供は寝る時間よ~」
「もう朝だ。
じゃ、行ってくるから気を付けて」
「え~……………………
タッイヘン!
ナイトの朝ごはん!」
「もう食べたよ。
昨夜のビーフシチューを温めた。
一晩経って更に美味しくなってた」
「そう~、えへへ~
牛一頭丸ごとあったからね~
使い放題だったの。
スジ肉は溶かし込んで、スネは大きく食べ応えあるようにしたのよ~」
「うん。さすがだよ、母さんの料理。
じゃ、行ってくる」
えへへへー。
最愛の息子にお料理、褒められた~。
幸せな気分になって布団に潜り込むアリスなのである。
「寝るのかよっ!
もう一回布団に潜り込むのかよっ!!
起きようとする気無いだろ、皆無だろっ!!!」
そしてナイトは家を出る。
彼の言った通り、扉には表から鍵がかけられない。内側から閂を下ろすような仕組みなのだ。
「母さん、また寝たな。
父さんもまだ起きて来ないだろうし……」
不用心に過ぎる。この辺境の村人に悪人はいない。押し込み強盗を働くような男など存在しない。その事は分かっている。
分かってはいるのだが……
生来の悪人など通常居るものでは無い。残酷な仕打ちも軽い犯罪も善良な一般人が行うのだ。
言葉で言うなら魔が差す。
貧乏な男の目の前に現金が見えたサイフが落ちていたならば……それをネコババしてしまう事を誰が責められるだろう。
それだけならば責める人間もいるかもしれない。しかしその男が病気の娘を抱えていたならば、娘を治すためにはどうしても金が必要だったならば。落とし主の分からないサイフをポケットにしまう行為を誰が声高に責める事が出来るだろう。
扉を開け放した家、そこに腹を減らした一般人が通りかかったならば。
ナイト・マーティンは周囲を確認する。
彼の鋭敏な感覚で周囲を観察しても、彼の行動を確認可能な存在は無い。
黒い髪と黒い瞳の少年。その少年の瞳が一瞬燃え上がる。
左手を持ち上げ扉を指す。
まだ指を指すようなポーズを取らないと、発動は難しい。イチイチポーズを取っていたのでは実戦では不便だ。何処かで特訓してポーズ無しに発動できるようにならなくては。
誰も確認できない。しかし、扉の内側にもしも人がいたならば。扉の閂が風が吹いたみたいに持ち上がり扉を閉めたのが見えただろう。軽く扉の周囲でホコリが舞い上がったのも。
都から来た役人が見たら言っていたかもしれない。
「バカな!
風魔法だと?
まだ成人もしていない子供だぞ。
……威力自体は小さいみたいだが……
そう言う問題では無いっ!
杖も魔石も持っていないのだぞ。
しかもあの少年、
私は魔法を正式に習った訳では無いが……
それでもっ!
我々の体内にもこの世界の何処にでも存在している。
その
そして発動させた力をどう行使させるかを現すのが
その程度の常識は知っている。
杖も呪文も無しに魔法だと。
無い!
あり得ない!
そんな事を8歳の子供がやり遂げる等、起きる筈が無いのどぅあぁぁぁぁーーー!!!」
そんな事は知らないアリス•マーティン、フツーの主婦はスヤスヤと眠っているのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます