第7話 アリスの前菜《オードブル》
バトルロミオ料理長は呆然としていた。
目の前には赤と白と青に輝く野菜。
バトルロミオは一本取り上げる。キャロットを添えられているソースに着け、口に入れる。
「こ、これは……ウマイ、ウマ過ぎる!」
「ねっ、美味しいでしょう。
バトルロミオ料理長、僕も感動してますよ」
マネージャーである。
様子を窺って隅に隠れていたバトルロミオを目ざとく見つけて、声をかけたのだ。
「そこに居るのは……
「ちげーよ!
アンタマネージャーだろ、料理長の名前忘れんなよ!!
ヒド過ぎるだろ!
俺の名前、ついに
あの女が用意した料理の残りが多少あると言う。試食してみないかと言われてバトルロミオは頷いていた。
「野菜スティック、とあの方は呼んでいた」
「
にしても……単純すぎるだろう」
形よく切られた野菜は確かに美しい。ホワイトラデイッシュ、キューカンバー、キャロット。白、青赤の三色。野菜はみずみずしく、彩りもありはする。だがタダの野菜だ。
しかし……バトルロミオはその横に添えられた物体の存在感に気が付いていた。
「これは確か……本部から廻って来た事がある。
マヨネーズソース。
ロイヤルジョナゼリアの秘蔵の品だと聞く」
「ああ、その通り」
バトルロミオは応える。マヨネーズソース。あの味から見て、おそらく主成分は鶏卵と酢。そこまではバトルロミオにも予想が着いた。
バトルロミオも手探りで似たようなモノを作れないか、試しては見たのだ。だがあのバランス。甘さと酸味、口に入れただけで咥内に広がる無限の幸せ。出来上がったのはあの旨味には到底及ばない品であった。
なのに。
現在口に入れたキャロットに着いたソースの味は間違いなく以前食べたマヨネーズソースの幸福を完璧に再現していた。
「……うぬぅ………………」
「バトルロミオ料理長、このソースも凄いぞ」
マネージャーが指差すのは二種類のソースのもう一つ。こちらは見た事も無いような品。
ブラウンの色あい、ネットリした感触。……あまり見た目はいいと言え無いが……
あの、マヨネーズソースと並び供されているのだ。こちらもおそらくは良いモノのハズ。
「最初、見た目はう〇こかと思ってしまってな。
口に入れるのに躊躇いがあったんだが、食べて見たらタイヘン美味しい。
う〇こなんて思ってしまって失礼だったよ。
う〇こなんてとんでもない感想だった」
「う〇こ言うな!
これから食べようとしてんだよ!!
食べようとしてる人間の前で連呼するなよ!
食事時にう〇こう〇こ言って許されるの幼稚園児までだよ!!
小学生になったらもう、食事時にう〇こう〇こ言ったら許されないんだよ!!!」
マネージャーが非常識なせいで時間を食ってしまったが。バトルロミオは意を決してキューカンバーを取り上げる。青々とした野菜。国によってはきゅうりと呼ばれる物だ。
「ああ、すまなかったな。
名前はミソソースと言うそうだよ。
そのままスープにも出来るそうだ」
等と言うマネージャーの言葉を聞き流して、キューカンバーをミソソースに着けて口に運ぶ。
「…………!!!……」
これはマヨネーズソースとは又違った味わい。素朴な塩見と深いコク。濃厚な香りが鼻に抜けて行く。
この複雑な香りは……おそらくは発酵食品。発酵食品をソースとして使用するのか。
キューカンバーの瑞々しさと併せて凄まじいまでの旨味。
バトルロミオはホワイトラデイッシュも手に取る。こちらは国によってはダイコンと言う呼び名で有るらしい野菜だ。煮て調理する事が多いが生でも食べられない事は無い。
ミソソースをたっぷり着けて頬張る。
たまらん!
ホワイトラディッシュの野性味あふれる食感と芳醇なミソの味わい。それらが口の中で混ざりゆく至福の瞬間。
「バトルロミオ料理長……
キミ、泣いているのか」
「…………?!……
アタリマエだ!
この味わいを前に感動出来ない男など、料理に携わる資格は無い!!」
「と、言ってもこれはまだ
まだまだあの方の料理はあるんだぞ」
「なんだと?!!」
バトルロミオは目から溢れるモノを止める事が出来なかった。拭っても拭っても、又溢れてくるのである。
「バトルロミオ料理長
普段、
現在のキミは…………」
「凶悪なモンスターだった
それがついに家庭を持ち子供が産まれ、自分のモンスター生を振り返り、
イチから
そんな事を決意している
「長いよっ!
家庭を持つのかよ!
子供産まれんのかよ!
オマエ子供産まれた
凶悪なモンスターがイチからモンスターとしてやり直そうとしたら、やっぱり凶悪だろ!!!
凶悪さ増すだろ!
それじゃダメじゃん、ダメじゃん、ダメじゃんかー!!!!!」
しかしマネージャーのセリフはある程度的を射ていた。
見たこともない料理。コレは牛のどの部位なのだ。牛タンだと、聞いた事も無いが、コリコリとした感触、油のしつこさが欠片も無い上品さ。
レバーだと。コレはおそらく内蔵。通常であればあっという間に痛んでエグ味がキツくなる。なのに現在取り出したばかりの様にピンク色をした物体。
口に入れると甘みさえ広がるのだ。
食べただけで心を揺さぶられるのである。
俺は、俺はイチから出直そう。料理人としての研鑽を新人の気持ちで積んで行こう。そんな事を考えていたのだ。
だが、しかし。
バルトロミオは思い出していた。自分自身の愚かな行動。
俺はなんてことをやらかしてしまったんだ。若手に指示してしまった。この料理に薬を混ぜろと。
今頃どうなっている。貴族の見合いの場はパー。この料理も大惨事を引き起こした原因として打ち捨てられる。
この料理がか、こんな神のような料理がそんな目にあっていいものか。誰がそんなことを…………
俺の仕業だったーーーー!!!
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