第8話 アリスの主菜《メインデイッシュ》

 バトルロミオは調理場の脇にある個室から、二階への道を走る。


「うわっ?! モンスターが走っている!」

「気を付けろ。

 アレは狂暴猪マッドボア

 凶悪なモンスターだ!」


 そんな声が聞こえるが、無視をする。

 本来であれば

「店の中にモンスターがいるかよっ!

 俺コックの格好してるだろ!

 白い調理着着た狂暴猪マッドボア見た事あんのかよ!!」

 と、思いっきり叫びたいのだが、現在はそれどころじゃないのである。


 やらかしてしまったのだ。とうに若手はバトルロミオの命に従って薬を料理に入れているだろう。

 あの料理が汚されていい筈が無い。

 さらに相手は貴族。あの料理を、さらには料理を出したロイヤルジョナゼリア、アディスアミバ支店にどんな行動に出ることか。

 過去の自分がしてしまった事ではあるが、愚かだったと言う他ない。


 もしも、貴族どもが激高していたならば。

 その場で自分が土下座をしよう。なんなら怒り狂った貴族に手討にされても構わない。


 そんな覚悟を決めてパラマウント伯爵とサニー子爵が居る部屋の扉を開ける。


 ところが。

 そこには涙を流す人々がいた。


「美味しいいいいい」

 気難しそうな顔をしていた筈のメリー嬢が泣いていた。


「旨いいいいいい」

 頭の回転の速そうなピーターが涙を零していた。


「なんというウマサだ」

 サニー子爵の目尻からもダラダラと流れる物があるのである。


「旨い、確かに旨い。

 だが料理程度に精神の全てを持ってかれてなるものか」

 現在は力を落としたとは言え、この地方の貴族の代表格であったパラマウント伯爵だけは涙を堪える。だが目の下が潤んできているのは誰の目にも明らか。


 バトルロミオは呆然と眺める。俺の指示した若手は何処にいる? この部屋の状況は何だ。


「すんません、すんませんんんん!!」


 バトルロミオ料理長に頭を下げたのは、彼が指示した若手料理人であった。


「オマエ、どうしたんだ?」

「オレ、オレ……

 あの料理を見てたらどうしても薬を入れる事が出来なくて……

 すんません!

 バトルロミオ料理長。

 料理長にこんなに世話になってるってのに、オレ……」


「…………!……」

「すんません。すんません。すんませんーーー。

 オレ、オレ……」


「いや……オマエは正しい!

 よく、よく留まってくれた。

 オマエのおかげで俺は一線を踏み越えずに済んだんだ。

 ……ありがとう!」

「…………バトルロミオ料理長……」


 バトルロミオは若手の身体を抱きしめていた。その目からは涙が零れているのだ。



「良かった。

 よく分からないけど……良かった」


 事情がまったく呑み込めてないマネージャー。だがなんだか上手く収まったらしい。全て円満解決か、そうマネージャーが思った時。


 バラマウント伯爵が立ち上がり彼に言い出すのである。


「マネージャー!

 この店の名はロイヤルジョナゼリアと言ったな」

「はい。

 ……その通りでございますが……」


「誰の許可を得て、頭にロイヤルと着けている?

 王族の許可なしにロイヤルと言う名前は使えない。

 その位は分かっている筈だな!」

「…………それは!……」


 今さら何を?!

 バトルロミオ料理長もマネージャーも呆れざるを得ない。

 勿論、ロイヤルと言う言葉は『王族の』という意味で有るし、その決まり事だって知ってはいる。

 だが、いつの時代の話だ。一般市民が貴族や王族の許可なしに商売すら出来なかった時代はとっくに終わった。現在ではロイヤルと名乗る店や商品等、珍しくも無い。その辺の屋台で売ってる菓子にすら使われているのだ。

 しかし伯爵ともあろう貴族に盾突く訳にもいかない。

 言葉を返しかねて黙りこむ二人である。


「パラマウント伯爵。

 失礼ですが……それはあまりにも。

 今の時代にそんな古いしきたりを持ち出されるのは……」


 替わって言葉を返すのはピーターだ。元々低い身分の貴族だが時流に乗って爵位を上げるサニー子爵の跡継ぎらしい発言。


「ピーター君。

 キミは黙っていたまえ!」

「………………」


 しかし伯爵に一喝される。パラマウント伯爵は現在でこそ力を落としているが王国の大貴族。本気の顔を覗かせると、その迫力は若いピーターに太刀打ち出来るものでは無い。


「無論、私とて分かってはいる。

 古い忘れられつつあるしきたりだと言う事はな。

 そんじょそこらの屋台と変わらぬような店がロイヤルと名乗るのは笑って見過ごすのもよかろう。

 だが、しかし!

 この店は違う!

 庶民とは言え、あれだけの人数を集客し、新しいモノに敏感なピーター君を魅了してのける。

 新しいモノ等に興味の無いウチの娘に人前で感動の涙を流させる。

 今後、庶民だけでなく貴族達にまで影響力の有る存在になる事は明白。

 ならば、私パラマウント伯爵は見過ごせんのだ。

 古き大貴族として、これだけの店が誰の許可も無くロイヤルと名乗る事を笑って許す事は出来はしない!」



 バトルロミオとマネージャーは衝撃を受けていた。

 頭の悪い貴族が、忘れ去られたような決まりでイチャモンを着けてきたと思っていたが、そんなレベルでは無い。伯爵は本気だ。彼らが頭を下げたくらいで納まる雰囲気では無いのである。


「……マネージャー、俺が土下座する。

 それで足りなきゃ、腹を斬る。

 それで上手く話しをつけてくれ」

「……ナニを言い出すんだ?

 バトルロミオ料理長、そんな事させる訳には……」


「しかし……他に方法はあるまい」

「……それは……」


 相手はパラマウント伯爵、現在では勢力を著しく削られているとは言え、この地方の大貴族である。方々に手を回せば、この店の営業許可を取り消す、その程度は簡単にやってのけるであろう。


「お父様、少し穏便に……

 この店の料理が素晴らしいのは、お父様だって分かるでしょう」


 パラマウント伯爵の娘メリーである。我の強そうなワガママ娘と言った雰囲気であったが、認めた物は素直に認める性質であるらしい。


 お嬢様ナイス!

 愛娘から言われれば、父親だって。

 とマネージャーとバトルロミオが喜んだのも束の間。

 パラマウントは伯爵位の威厳を持って断ずるのである。


「メリー、覚えておけ。

 幾ら古い決まり事であってもだ。

 王家の決めた決まり事を見過ごすようであっては……

 それは貴族と名乗れんのだ!」

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