異世界転生ファミリー

第30話 凄まじき存在

「……！！！……」

　ジーフクリードはビクッとした。ナイト・マーテインが目の前にいる。同学年の学友、たまに怖い雰囲気になる少年だが、少し前までは柔らかい雰囲気を醸し出していた。

　ところが、一瞬で今まで知る中でももっとも恐ろしい雰囲気に変ったのである。

「……どっどどどどど、どうかした？

　ナイト……もしかして僕怒らせるような事言っちゃった？」

　さっきまで言いたい放題言っていたジーフ少年なのである。

　発言のどれかが地雷踏んだのかも。

　どれだろ、やっぱし……昔の女性？！

　触れちゃいけなかった！？

　触れられたくない秘密の女性関係に触れてしまったの？！

　うわー、悪い事しちゃった！？

「…………危険だ！」

「えっ？

　なに、ナイト？」

「危険がせまっている！！！」

「どう言う事だ、少年？」

　ただ事ではないナイトの様子にハンプティも近づいて来る。

　その後ろでは男達が働いている。呪われた装備に操られた戦士達が柵を直しているのである。

「テメェら、なんでアイツの言うなりになってやがる。

　先に俺を助けねぇか！」

「そういわれてもなー」

「お上には逆らえませんぜ」

　ギガントが何か言ってるが、彼は排泄物塗れ。近づいて嫌がられてるのである。

「クサッ！

　昼間着いたニオイをせっかく落としたってのに、ナニやってんすか」

「クセになったんですか？！

　う○こ塗れになる楽しさに目覚めちゃったんすか」

「んなワケあるかーーーっ！！！」

「まずいまずいまずいまずいーーーーーっ！！

　近付いとる、近付いとる、近付いとるんじゃーーーっ！！！！」

　ナイトの耳にだけ聞こえる声。魔剣『嵐を運ぶもの（ストームブリンガー）』が騒ぎ立てるのである。

　数百年生きていたと自称している邪険、その中で最も危険な相手が近付いてくると言っている。

「落ち着け、何が来るのか分からないのか」

「知らん、分からん。

　分からんが…………この気配は怒っとるんじゃ。

　怒り狂っとるんじゃーーっ！」

「……何か出来る対策は？」

「逃げろ！

　逃げろ、逃げろ、一目散に逃げるんじゃー」

「ナイト、どうかした？

　僕もしかしてホントに悪いコト言っちゃった？

　そんな震える程、怒らせるようなコト言っちゃったの？」

「……ジーフ、俺は震えていたか？」

「う、うん。

　そう見えたけど」

　震える？　自分が恐ろしさのあまり震える？

　そんな記憶は無い。

　いつ死んでも構わない。生きていても死んでも大して変わらない。そう考えていた頃は身体が震えた事など無かった。それが今、震える程怯えていると言う事は……

「俺は死にたくないと思っているのか……」

「ええっ！？

　あたりまえじゃない、なに言ってんの、ナイト。

　それとも自殺を考える程ヒドイ事が過去の女性との間にあったの？

　ドロドロでボロボロの爛れた過去なの。

　まだ子供なのに大人の女との間にいったい何があったのーっ！？」

「……ジーフクリード、逃げた方が良い。

　いや、この村が吹き飛ぶほどの力の持ち主だったか。

　なら逃げても一緒か」

「……ナイト？」

「少年は冗談が下手だな。

　その言い方ではまるで……

　この村を吹き飛ばすほどの危険な力の持ち主！

　が何処かに存在していて、それが現在この近辺に近付いてきているかの様な発言に聞こえてしまうぞ」

「どうやらその通りだ」

「ええっ？！

　なにそれ？

　どーゆーコト？

　村が吹き飛ぶのーっ！！！」

「ふっ、つまらんコトを。

　いいかね、確かにこの村の周辺にはいわゆる強モンスター、分類上警戒レベル2のモンスターが多数確認されている。

　その上だ！

　警戒レベル3の物までどうやら存在していると推定されつつある。

　……私が少なくとも一体は実在を視認したのだが……体調を崩して証拠を押さえる前に村人の胃袋の中へ納まってしまった。アレは私にしては珍しい失敗であった。

　そんな訳で警戒レベル3、災害級モンスターの存在は間違いない。

　しかし！

　警戒レベル3のモンスターが多数いれば確かにこの村は甚大な被害を受けるだろう。それでも村そのものが吹き飛ぶなどと言う事は在り得ない。

　もしも！

　村そのものが吹き飛ぶようなことが在るとするならば！

　それは……警戒レベル3では無い。

　警戒レベル4、破滅（カタストロフ）級モンスター！！

　しかし！

　警戒レベル4のモンスターなどと言うモノは！

　伝説の勇者が魔王アシュタロッテを退けて以来この10年、現れた事は無いっ！！

　それが現在この時、なんの前触れも無くこの辺鄙な村にいきなり現れる等と言う事は起こり得ないっ！

　在る筈がのぅわぁぁぁあああいいいいのどぅわあああああああああああ！！！！！」

「珍しい事象なのは分かった。

　しかしここしばらく起きていないからと言って在り得ないと言うのは論理的飛躍のように感じるな」

「……ハンプティさんってば、なんで自分で話して自分の話した内容に興奮して絶叫してるのさ。

　ナイトはナイトで冷静に反応し過ぎ！」

　しかしそんな学友の言葉を既にナイトは聞いていない。

　ナイトにも感じ取れてしまったのである。

　大気をビリビリと震わせる、凄まじい魔力（マナ）。ナイトの身体の震えが大きくなったのは、ナイト自身が震えているのか、それとも大気の振動が伝わっているのか。そしてその凄まじきモノが徐々に近づいてくうのが感じられるのである。

　おどけた雰囲気のナイトの学友は倒れ伏した。耳を抑えてうずくまったかと思うと横になった。おそらく既に意識は無い。見る限り外傷は無い。

　この力の圧を受け気絶したのだろう。

　周囲を見るととっくにギガントと彼に雇われた戦士も地面に倒れ伏している。

　都から来たと言う役人もうずくまる。

「なんだ、これは？！

　大気が圧力となって……

　地震なのか……いや地面は揺れていない。

　もしやこれは、火山の噴火？

　火山が噴火する直前、近くの民が大気の唸りを感じたと言う。

　それがこれなのかっ！？」

　ブツブツと言っていたと思ったら、その役人も意識を失なった。

　火山？

　自分の家が在る方角、村はずれの更に遠方に高い山脈は見えるが、火山活動を確認した事は無い。

　二人とも心配では有るが、駆け寄ったり介抱してやる事は出来ない。二人の意識を吹き飛ばした凄まじき存在が近付いて来るからである。

　既にナイトには視認出来ている。歩いて来る存在。地面に二本の脚を乗せ、交互に動かし歩いて来る。

　それは人間かのように見えた。

　それもナイトの良く知る人間であるかのように見えた。

　だが、違う。

　普段のとぼけたような眉。眠そうな目つき。常に軽い笑いを浮かべた口元。

　威圧感の欠片も無い雰囲気。

　ナイトの知っているその人間とは異なり過ぎている。

　それに……おそらく強いであろう、とは思っていた。

　戦っている場面は見なくても、秘めたる力は相当なモノであろうと想像していた。

　にしても……これはあまりにも……あまりではないか。

　ハンプティ・ダンディでは無いが、在り得ないっ！、と絶叫もしてみたくなる。

「ナーイートーッ！」

　それは怒っていた。

　近付いて来る人影。その貌を月明りが照らす。それはアーサー・マーティンの顔をしていた。

「お前、許さないぞ！」

　ビリビリと大気を震わせながら、凄まじく濃厚な怒りの魔力（マナ）を辺りに振り撒きながら。

　ナイトの父親はそう言った。